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食道楽 参

 「まだ……の様ですね」

 

 これで何度目の確認だろうか。プレとフォコは言ってた通り、しっかりと茹で上がっていた。直ぐに味見をしようと熱い内に殻を剥いたら、プレは白くてフォコは空色だった。今まで卵料理を食べてはいたけど、こうやって間近で見る事はなかった。どうやって調理されてるのかは分からないから、想像も出来ないんだけど、殻と中の色がこうも違うのかと。

 プレは少し黄みがかった白で、フォコは茶色に所々に黒い丸があった。どちらも、大きさとしては掌に収まる感じだ。だから、殻を剥いてみて驚いたんだ。プレは見た事も食べた事もあるんだけど、卵の状態を見た事がなかったから。

 

 それに、フォコは見るのも食べるのも初めてだ。だから、中から空色が見えた時は、本当に食べられるのかと思っちゃったんだ。恐る恐る割ってみると、中は両方共黄色だった。同じだったから少し安心して、まずは黄身を食べてみる。

 

 ふむ、プレは食べ慣れてるから驚きも何もないな。次はフォコだ。商会主さんが言ってた通りで、プレよりも少し濃いな。卵の大きさが同じ位なのに、黄身はフォコの方が少し小さいかな。濃いから小さいのか、小さいから濃いのかは分からないけど、美味いな。でも、黄身だけ食べてると口の中の水分がなくなるな。

 

 次は外側なんだけど。プレは良いよ、白いし見た事あるから。でもさ、フォコはどうなのさ。見た事もないし、空色だし。黄身が食べられたんだから食べられるんだろうけど。躊躇うよな。

 

 「そんな色してるけど、大丈夫だよ」

 

 じっと見詰めて食べる気配がないから、ドーレさんから心配する様な声が掛かった。

 

 「本当ですか?」

 

 「本当だとも。だって、食堂でも出してるんだよ?」

 

 俺が疑った目で聞くと、大丈夫だと笑いながら頷いてくれた。そうだよ、食べられない物を出す訳がないよな。そう考えると安心出来るな。じゃあ、食べてみるか。でも、怖いからプレから。

 

 「プレは……味がしない? しないって言い過ぎか? あっても凄い薄いな。匂いもしないし、これって何に使うんですか?」

 

 「味がしないって事は、考え方を変えて何にでも使えるって事なんだよ。火を通せば固くなるから、量を増やす時に使えるし味付けを変えれば色んな料理に使えるよ。それに、スープに入れる事もあるね」

 

 「なるほど。発想の逆転って事ですか」

 

 味がしないからって捨てるって事はないんだな。食べてばかりだから、そこら辺は考え付かないな。じゃあ、こんどはフォコを。

 

 「フォコは……少しだけ苦いですね。匂いはないですね、後はプレよりも固いですね」

 

 空色って苦いのか。と言う事は、空は苦いのか? ってそんな訳ないか。息してても苦いなんて感じた事ないしな。

 

 「そうなんだよ。まあ、苦いと言っても食べられない程じゃないし、少しだからね。味付けしちゃえば気にならないしね」

 

 なるほどねえ。用は使い方次第って事か。使い物にならないじゃなくて、使い方を工夫して弱みを強みに変えられれば幅が広がるな。この考えは、調理だけじゃなく他の事にも通用するな。

 

 「それで、これからどうするんだい?」

 

 「あー、まずは味見をと思ったんですけど……」

 

 「これは、まだみたいだね。使った事ないからどれだけ掛かるのか分からないんだよ。だから、先にこの二つで試すのはどうだい?」

 

 「そうですね。じゃあやりますか。と言っても、自分でも完成形が分からないので試しながらですけどね」

 

 「何言ってるんだい。新しい物を作るってのは、何度も試して出来上がる物だよ。苦労しないで出来るなんて一握りの天才だけだよ」

 

 「そうなんですね」

 

 じゃあ、どうしよう。これから作るまよねーずの手順は知ってるんだよ。迷いながら作った方が良いか? うーん、まあ、迷わなくても疑わないか。そもそも、疑うって何だよ。

 

 「そうだ、掻き混ぜる道具ってないですかね?」

 

 「掻き混ぜる? 大きめのフォークじゃ駄目かい?」

 

 「うーん。もっと掻き混ぜやすい物ってありませんか?」

 

 「それだったら、泡だて器なんてどうだい?」

 

 ほら、と言われて差し出された物を見て、記憶と同じ物だった。形は少し違うのかもしれないけど、大体同じだろう。材質は何か分からないけど、そこは関係ないだろう。

 

 「これなら良さそうですね」

 

 泡だて器を受け取り、深い容器に油以外の材料を入れる。今回はプレ二個分で試そうと思う。どれだけ入れるのかは量を量れないから、記憶と同じ位を参考にしている。卵以外の材料は相性が分からないから、とりあえず順番に試そうと思う。

 

 

 

 「固まらないなあ」

 

 手順通りにやってるんだけど、油を足すと上手く混ざらない。記憶では少しずつだったから、ドーレさんに手伝ってもらっている。油を入れる量とか速さとか種類を変えても、変わらなかった。油を足す前段階が成功してるのかは、味見したけど分からなかった。三回試したけど、油が浮き上がって混ざらなかった。

 

 「掻き混ぜ方が違うのかな? それとも、材料の相性かな?」

 

 可笑しいな、記憶では小さい手がやってたから力不足って事はないと思うんだよ。だったら、掻き混ぜ方とか相性の問題だよな。

 

 「(もう一度、見てみる?)」

 

 「(ああ、そうだね。それが早いね、お願いするよ)」

 

 キューカに言われて、記憶を見る為に少しだけ目を閉じた。ふむ、材料は間違ってないな。入れる順番も間違ってないな。あ、油を入れる前にこんなに混ぜるのか。全体が黄色に染まったら油を入れてたな。これじゃ駄目なのか。

 

 よし、今度は混ぜる事を優先でやってみるか。じゃあ、念の為に身体強化も追加してみるか。

 

 「今度こそは固まりますように!」

 

 「そろそろ夜の仕度があるから、手伝えないけど、頑張ってね」

 

 「あ、もうそんなに経ってましたか。手伝ってもらっちゃってすいません」

 

 「良いんだよ、こんな事位。それに、新しい物が出来ると思えば」

 

 そう言ってドーレさんは夜の仕込みを始めた。厨房は広いから二人で調理をしてても狭くはない。記憶があるとは言え、初めて作るからな。色々試して失敗しないと変に思われるだろうから、良かったかな。

 

 「よし、今度こそ成功させるぞ。さっきよりも丁寧に」

 

 記憶にあった様に油以外の材料を深い容器に入れ、身体強化をして勢い良く掻き混ぜる。混ぜる。混ぜる。混ぜる……。

 

 「よし、こんなもんか。次は油だな。慎重にゆっくり少しずつ、一滴一滴……」

 

 混ぜる、混ぜる、混ぜる、垂らす、垂らす、混ぜる、混ぜる、混ぜる……。

 

 油を少し入れる度に念入りに掻き混ぜた。もうこれでもかって位に。だけど、その苦労は報われたのか徐々に固くなってきてる。

 

 「よし、良いぞ。この調子で油を入れ続ければ。……どこまで入れれば良いんだ?」

 

 困ったな。どこまで入れれば良いんだ? 固くなってきてるから成功だとは思うんだけど、どこまで入れるんだ?

 

 「(良い感じに固まってきたわね。味見してみれば分かるんじゃない?)」

 

 「(ああ、その手があったか)」

 

 

 油を入れたばかりだったから、もう一度混ぜる。ふむ、全体的に白っぽいな。固さは泡だて器を持ち上げると、垂れない位だ。

 

 「では」

 

 俺は近くにあった匙で少し掬って、口に運ぶ。酢が入ってるけど、あまり匂いはしないな。

 

 「んー、食感は何となく近い様な気がするんだけど。どうも記憶は刺激されないな。何かが足りないな」

 

 「(初めて作ったんだから、完全に同じ物なんて無理よ。今回は試しなんだから、色々試せば良いじゃない)」

 

 「(そうなんだけどさ。食べたら何かが思い出せそうと言うか、惜しいと思うんだよ。だから、そこがもどかしいんだよ)」

 

 ここまで出来たんだから、後は味だよな。て事は、塩と酢か? じゃあ、これに少しずつ足して味見して確かめるか。

 

 

 「これだ!」

 

 味見をする事十六回。ようやく、記憶が納得する物が出来た。自分ではどれが成功なのかは分からないけど、食べた瞬間に昔に(・・)食べた記憶が蘇ってきた。この酸っぱくもあり、尚且つ口に残る濃厚さ。初めて食べるはずだけど、身体が反応してる。

 

 「どうしたんだい、そんな大声出して。もしかして、納得の物が出来たのかな?」

 

 「あ、すいません。声、大きかったですね」

 

 「ああ、別にそれは良いんだ。で、それが完成した物かい?」

 

 「ああ、はい。味見してみますか?」

 

 「良いのかい?」

 

 「ええ、どうぞ」

 

 良いのかいって、既に匙を持って期待に満ちた目で見てくるからなあ。断れないし、何より調理人であるドーレさんにも確認して欲しい。俺だけが成功だと思っても、美味しくないと意味がないからな。

 

 「!!」

 

 恐る恐ると言った感じで一口含んだまま、匙を咥えたまま固まってしまった。美味しくなかったのかな? 俺は美味しいと感じたんだけど、調理人のドーレさんには合わなかったのかな?

 

 と、思ってたらもう一度匙に掬い、まじまじと見詰めて、匂いを嗅いでゆっくりと口に運んだ。固い、と言うよりも噛む必要がない物だから口を動かす事はないんだけど、ゆっくりと噛み締める様に少しずつ飲み込んでいく。目を閉じて集中してたのが、いきなり目をカッと開いて

 

 「凄く美味しいよ! 良く思いついたね!」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 思いついた訳じゃないんだよなあ。こんな事言える訳ないけどさ。自分の手柄じゃないけど、褒められるってのは良いもんだな。

 

 「早速、夜に出してみたいんだけど良いかな?」

 

 「え? 出すんですか?」

 

 「駄目かい?」

 

 「駄目って言うよりも、良いんですか?」

 

 「良いに決まってるじゃないか。美味しい物は皆に食べて欲しいじゃないか」

 

 「そう言うもんですか」

 

 「そうだよ。まあ、試すだけだからさ」

 

 「はあ、そう言う事なら。でも、作ったのってこれだけですよ?」

 

 「大丈夫だよ。試すだけだからね。それよりも名前をどうしようか?」

 

 「名前ですか」

 

 名前、名前ねえ。どうしようか。正直にまよねーずって言うか? いや、どうしようかな。単純に白ソースにするか? うーん……。

 

 「じゃあブランソースで」


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