食道楽 弐
目線 → 視線 (2018/1/19)
最初に入った商会で教えてもらった、酢を売ってる商会に行った。そこでも、数種類あったから全種類買った。全種類、しかも両手には大きな袋を抱えてたから驚かれた。
通りを歩いてると人の視線が集まるのが分かる。そりゃそうだ、両手に大きな袋を抱えて、腰に剣と背中には弓まであるんだ。こんな格好だったら、不思議に思うだろうな。
で、どこで試すかだよな。卵以外は味見出来たけど、卵はどうしようか。焼く? 茹でる? それをするにしても、道具がないよな。それに、宿でするか? いやいや、それは出来ないな。俺たちって装備品しか持たないからな。調理する道具なんて旅するには邪魔だからな。移動する時は保存が利く物で荷物にならない物を選ぶからな。
道具も買うとなると、旅には邪魔になるよな。いっそ、馬車でも買うか? いやいや、もしかしたら一度しか調理しないかもしれないのに? いやでも、道具があれば温かい物を食えるよな? それに、装備品だってもう少し予備が欲しいよなあ。でもなあ、馬車ってどれだけするんだろう? それに、馬車を買うんだったらナックにも相談しないと駄目だしなあ。
「(ねえ、そんな先の事は良いとしてさ。どこで試すの? 食材は買っちゃったから使わないと損するわよ?)」
「(分かってるけどさ。買う前は何とかなるかなと思ったんだよ。でもさ、道具まで買っちゃうと、旅には邪魔だし。邪魔にならない為には馬車を買った方が良いのかとか、先の事まで考えちゃってさ)」
「(まあ、分からなくはないけどさ。買う前に気付かなかったの?)」
「(気付かなかったよ。新しい物を作れるとしか。そう言うキューカはどうなのさ)」
「(……気付かなかったわよ。再現出来るかもって、それだけ考えてたし)」
ふふん、そうか。作ってみればとは言った物の、先の事は考えてなかったと。まあ、それも仕方ないか。一緒に旅をしてるとは言っても、実際の旅での苦労や心配事って共有は出来ても本当の意味では分からないだろうしな。ま、今はそんな事を考えても仕方ないな。
「(まあ、俺も買ってから気付いた訳だから、これ以上の責任の押し付けはなしな。で、一番良いのがどこかを貸してもらう事だよな)」
「(そうだけどさ。この町に知り合いなんていないでしょ? だったら、道具は買って森で試さない?)」
「(そうだな。頼める人なんていないもんな。よし! 再現するのは今回だけって訳じゃないんだし、馬車を買うつもりでナックを説得するか)」
とりあえず、道具も買うとしてだ。既に両手に袋を抱えてるんだから、これ以上は持てないよな。一度、宿に戻って半分置いてくるか、それとも装備品を……それはないな。道具を見て回るんだ、両手の袋が邪魔になるな。うん、一度宿に戻るか。
「あらアローニさん、早い帰りですね」
「ええ。ちょっと買い過ぎてしまったので、戻って来たんですよ」
「買い過ぎたって、一体何を買ったんです?」
この人は夫婦で宿を営んでる、ピークさん。この人もパートさんと同じで、話し方はゆっくりなのに動きは素早い。どちらも人族でピークさんは黒髪を後ろで結っていて、パートさんは茶髪を後ろに結っている。
と、そんな事は今は関係ないか。それで、俺が何をする為にこんなに買い込んだのかを説明した。
「それだったら、うちの厨房で試してみない?」
「良いんですか?」
「いいわよ、その位。それに、道具を買うと旅に邪魔になるでしょ? もし、美味しかったら、うちで使えるかもしれないでしょ?」
「しっかりしてますね。分かりました、有難く使わせてもらいますね」
「旦那には言っておくから、先に部屋に戻ったら?」
「ええ、そうします」
ふう、道具を買うつもりでいたのにまさか宿の厨房を貸してもらえるとは。これだったら馬車を買う必要もなくなったな。そうだよな、成功しても美味しいとは限らないじゃないか。もし美味しくなかったら、それこそ道具が無駄になっちゃうよ。
「(でも、良かったの?)」
「(何が? 無駄な道具を買わなくても良いかもしれないんだぞ?)」
「(そうだけど。もし美味しかったら? それだけで商会を作れそうだけど?)」
「(ええ? それだけで商会なんて作れるかな? それに、美味しかったら、だろ? 今の所、美味しいって確実じゃないんだからさ)」
「(それは……そうね。向こうで美味しい物でも、こっちで美味しいとは限らないか)」
「(そうそう。それに、今回は試してみるだけなんだからさ。もし美味しかったら、どんどん再現してみようと思うけどさ、美味しくなかったら、試そうなんて思わないぞ?)」
「(そうね。まずは試さないと何も始まらないか)」
部屋に装備品を置いて厨房に行く。部屋はナックと同じにしてる。中堅の冒険者が泊まる様な宿なんだけど、俺たちって位階以上に稼いでるからここでもちっとも苦しくない。この宿は部屋が二十あって、人数としては五十人泊まれる。食事は軽食位しか出さないんだけど、厨房は広い。
「すいません、厨房を貸しもらっちゃって」
「ピークから話は聞いてるから、別に構わないよ。それに、今は昼時を少し過ぎたから、客も少ないからね」
この人はドーレさん。背は俺とナックの間位で、全体的に細い。だからなのか、全身から優しそうな感じが溢れている。宿の食事を担当している。
「道具はそこにある物を何でも使って良いからね」
「はい、ありがとうございます」
そうお礼を言って、俺は厨房の空いた場所に袋から食材を出していく。
「大きな袋だから、どんな食材かと思ったら。キュクやメールの卵まであるのかい!? 一体何を作るんだい?」
「いやー、作るとは言っても何か完成形がある訳じゃなくて、少し作ってみたくなっただけですよ。町にいる間は良いですけど、町から町への移動の時は保存の利く食事ですからね。少しでも出来た方が移動中でも温かい物を食べられるかと思って」
「なるほどねえ。それは確かにそうだね。うちに来る冒険者は温かい食事に飢えてる感じだからね」
宿を営んでるだけあるな。冒険者の事を良く見てるな。調理が出来る冒険者なんて少ないだろうしな。調理する技術や道具を身に付ける位なら、装備品を優先するからな。かと言って、調理が出来る人を仲間にするってのもないしな。
「買ったのに味を知らないんですよ。卵の味見方法で一番良いのって何ですかね?」
「知らないのに買ったの!? ……まあ、そうか。キュクやメールとなれば普通は調理人が買う物だしね。でも、うちでもその二つは使った事ないな。味見かあ……」
やっぱり驚くよな、普通は。誰かに食べさせるとか目的がないのに、こんなに買っちゃうんだから。驚くと言うよりは呆れてるのかな? まあ、それも一瞬の事で今は目を瞑って何か良い方法がないか考えている。
「味見なら茹でるなんてどうかな?」
「茹でるですか?」
「うん。焼くとなると油との相性もあるけど、茹でるなら水だけで済むし。だけど、これだけ大きいからどれだけ掛かるかは分からないけどね」
「なるほど。じゃあやってみますね」
まずは鍋に水を入れるんだけど、こんな大きな卵を入れても余裕がある鍋なんてどこだ? それぞれ、どれだけ掛かるのかも知りたいな。一つの卵に一つの鍋で試すとするか。でも、茹で上がったってどうやって分かるの?
「僕も今は暇だから、手伝うよ」
「ありがとうございます」
調理人だからか、使った事がない物が目の前にあると放ってはいけないのか。手伝うとは言う物の、卵に視線が固定されている。手際良く……まあ、鍋に卵と水を入れて火に掛けただけなんだけどね。
「茹で上がったのってどうやって分かるんですか?」
「ああ、それはねこれを使うんだよ」
そう言って、厨房に置いてあって何かを目の前に出してくる。
「何ですか? これは」
大きさは掌に収まる感じだ。形は何と言って良いのか、分からないけど透明の容器? に砂が入っている。容器は上下に同じ位の丸とも三角とも言えるのがあって、真ん中で繋がってる様だ。それを木で囲ってる様だ。
「これはね、砂時計って言うんだよ」
「砂時計?」
それからは凄い勢いで砂時計について話し出した。こんなに話す人だったか? と思う程に熱心に説明してくる。
「それで、どう使うんですか?」
「ああ、これはねこうするだけだよ」
「これだけですか?」
「これだけ」
何をやったのかと言うと、容器を逆さまにしただけだ。そうすると、下に落ちていた砂が上に行き、真ん中で繋がってるところ通って下の容器に落ちていく。
「これでどうするんですか?」
「これはね、砂が落ちる速さは一定なんだよ。だから、同じ物を作る時には便利だよ」
「へー、こんなのがあるんですね」
「(ああ、さっきも言ってたけど、砂時計って言って、記憶にもあったわよ。ダイスケは小さい頃に料理の時に使ってたわね)」
「(へー、そうなんだ。じゃあ、使い方は同じって事?)」
「(そうね。ただ、砂が落ちる速さと砂の量とかが違うから、完全には同じじゃないけどね)」
なるほど、これは良い物を知ったな。これで次に調理する時に同じ物が出来る、と。
「で、どの位待つんですか?」
「水が沸いたら砂時計を逆さまにして、全部落ちきったらプレとフォコは大丈夫。キュクとメールはどうだろうね、初めてだから念の為に四回……いや五回は逆さまにしようか」
ふむ、五回か。これ一回がどれだけ掛かるのか分からないけど、五回かあ。調理って結構掛かるんだな。しかも、これって味見なんだよな。味見が終わってから、本格的に再現に移るんだけど。まあ、これから作るのは卵が生ってのが救いかな。




