通過点 弐
受け → 請け (2017/11/1)
「なあ、Ⅲになる資格を得たのは分かったんだけどさ。具体的にどうすればⅢになるんだっけ?」
「さあ?」
「「……」」
ナックなら知ってるかと思って聞いたら、これだよ。折角Ⅲに上がれるのに、どうして知らないんだよ!?
……俺も知らないんだけど。
「そんなの良いだろ。組合に行けば分かるんだし」
そんなのって言っちゃったよ。位階が上がる事に興味はないのか? 強くなる為に旅に出たんだから、もっと興味を示しても良いと思うけどなあ。
そんな俺も興味はないんだけどな。上がったところで強さが増すとか何て、ある訳ないし。良い所と言えば、報酬が良い依頼を請けられる事と冒険者としての信頼が増すって事位かな。後は別に良い所ってないよな。
「それで、どうすればⅢに上がれるんですか?」
こういうのは聞いた方が早い。悩んでも考えても出てこないんだから。それに位階に拘ってないんだから、覚える必要なんてないしな。それよりも、動物や魔物の習性などを覚えた方が生き残るには必要だしな。
「昨日も説明したと思いますけど?」
「そうでしたっけ? すいません、忘れたのでもう一度お願いします」
この海豚人族の女性は肌も顔も青白いから、普通に話していても何だか冷たい印象を受ける。話してみると冷たいというよりは、接しやすい人だ。ただ最初は、受付に知らない種族で、しかも全身が青白いから驚いたもんだ。今ではそんな事もないんだけど、ね。
「本当に貴方達は興味がないんですね。ではもう一度説明しますね。忘れるでしょうから、Ⅲに上がる事だけを説明します」
本当に呆れてるんだろう。顔を横に振りながらやれやれと言った感じで、淡々と説明し始める。
「つまり、今すぐは無理って事ですね?」
「そこだけしか聞いてなかったんですか?」
「いやいや、聞いてましたって! Ⅲに上がるには専用の依頼を請けて、尚且つ試験官が一緒に行く事。ですよね?」
「ちゃんと聞いていた様で、何よりです」
ふう、あっぶねえ。折角説明してもらったのに、聞いてませんでしたって言えないもんな。こっちから説明を求めたのに、聞いてませんは意味不明だし。それに、これ以上呆れられてしますと、ここでの活動がし難くなるしな。
「ですので、まずはⅢに上がりたいと意思表示をしてからですね。依頼はありますけど、試験官が直ぐに見付からないから暫らくは待機ですね」
「分かりました。じゃあ、試験官が見付かるまでは、今まで通り依頼を請けても良いんですよね?」
「ええ、そうですね」
「あ、じゃあこの依頼を請けます」
それまで黙っているかと思ったら、依頼が張り出されている壁まで行って、依頼書を取って来た。一緒に説明を聞いてたと思ったら依頼を探してたのかよ。俺に何の相談もなしに決めるなよ。……まあ、良いけどさ。
「はい、カードを出して下さいね」
さっきまでの説明は何だったのかと思う位に、切り替えが早く受付の仕事に戻ってしまう。カードに必要な事を書き込むのも手馴れたもので直ぐに終わってしまった。
「あ、そうそう。どの位階でも同じですけど、試験官の状況が優先されますから」
カードを渡すついでに言われてしまった。そりゃそうか。上げたいのはこっちでも、試験官は付き合ってくれるんだから当然か。それに、その位階に相当する能力があるのかも判断されるだろうしな。
「分かりました。それまでは今まで通りに依頼を請けて待ってますよ。それで、試験官が決まったら俺たちはどうすれば良いんですか?」
「試験官が決まっても、直ぐに依頼を請ける事はありませんよ、普通は。大体は試験官が決まったら五日以内ですね」
「分かりました。では行ってきます」
ふう、何でか知らんが緊張したー。ただ説明を聞くだけなのに、あんなに緊張するとはな。でも、直ぐに上がれる訳じゃないんだ。試験官が見付からないと、次の町に行く事も考えた方が良いのかな。
「ところでさ、何の依頼を請けたんだ?」
「ん? そんなの決まってるじゃないか」
何その悪そうな顔は! いやいや、流石に昨日も請けたんだぞ? 連続では請けないだろう。そうだろ?
「一応、一応念の為に聞くぞ。森だよな」
「何言ってるんだ。海に決まってるだろ」
「だと思ったよ!」
はあ、俺の淡い希望を見事に打ち砕いてくれたな。昨日の、と言うか海では良い思いがないから避けて欲しかったんだけどな。俺の事を考えてくれてるのか、それとも……。
「あれ、どうしたんだ?」
「今日も依頼を請けまして」
「はあ? 上がるんじゃなかったのか?」
「いえ、それが……」
さっき説明された事をそのまま話した。
「がははは、そうかそうか。じゃあ今日も頼んだぜ!」
豪快に笑ったかと思えば、バシッと背中を叩かれた。体格良いから、軽く叩いたつもりでも痛いよ。思わず前のめりに二、三歩踏み出してしまった。この人、契約でもしてるのか? 俺はそんな事を考えて、じっと見てしまった。
「ん? 俺の顔に何か付いてるか?」
「いえ、何も。……そう言えば、名前を聞き間すれてたなと」
危ない危ない。つい、文句を言いそうになっちゃったよ。
「言ってなかったか? 俺はジット・アルフだ。ジット号の船長をしている。って、依頼書にも書いてあっただろ?」
「いやあ、実は依頼書は殆ど見てないんですよ。だから、誰が依頼しなのかさえ知らないで来たんです」
「何だって? 兄ちゃん達よ、依頼を請ける前に、どんな依頼で誰が依頼したのかは知っておいた方が良いぞ。まあ、兄ちゃん達ならどんな依頼でも楽に達成しちまうだろうがな」
「分かりました。今度からはそうします」
まあ、どんな依頼なのかは当然知ってるんだ。内容はね。それ以外は、良いかなって流し読みしてたから記憶にないんだよなあ。これからは気を付けるか。
「それじゃあ、行くか」
それからは前までと同じだった。船酔いの兄ちゃんが来たって歓迎? されたり、お決まりの船酔いで使い物にならなくなり。でも、依頼はしっかりとやって陸に上がるまでは寝そべって過ごしたりと。全然、船酔いが改善する気配がない。苦しくても外に出た方が良いのかな。まあ、今回は殆ど揺れてなかったんだけど、そんなのは関係なく船酔いしたな。
「依頼はいつも出してるから、そん時は頼むわ!」
やはり豪快に笑いながら、船着場の方へと帰って行った。もう会う事はないでしょう。まあ、会いたくない訳じゃなくて、依頼を請ける為に会いたくないと言うか。
「それじゃあ飯食いに行くか」
「何食うか」
「魚以外で!」
「なんだそりゃ、それじゃあ肉しかないじゃないか」
「だって、仕方ないだろ? 今は魚を見たくないんだから」
それでなくてもここは港町なんだから、食堂の殆どは魚を出すんだ。一日位魚を食べなくたって、構いやしないだろう。
昨日の依頼を終わった後に、肉を腹一杯食べて満足して宿に戻った。魚も美味いんだけど、やっぱり肉が良いな。どっちを食べると聞かれたら迷わず肉を選ぶだろう。まあ、ここが港町だからそう思うのかも知れないけどね。海や川がない町に行けば、魚を食べたくなるだろうし。
「じゃあ、今日も依頼をやるか」
「そうだな。試験官が決まってない様だったら、また海だな」
「!?」
何言ってんの? どうして好き好んで苦痛を味わいに行かないといけないんだよ。そんな事にはならない様に、試験官が決まってる事を祈るしかないな。
「すいません、試験官は決まりましたか?」
「あら、貴方達運が良いわねえ。試験官が決まったわよ」
「昨日申請したばっかりなのに、早かったですね」
「貴方達が依頼が終わって報酬を受け取った後に、丁度来たのよ」
「それは確かに運が良いですね」
「そのグループは『蒼穹』って言う位階Ⅴの五人よ」
「そんな上の位階の人達が試験官をするんですか?」
「大体は一つか二つ上の位階が担当するのよ。だから、別に珍しい事じゃないわよ」
「へー、そうなんですね。それって昨日説明しましたっけ?」
「……してないわね」
クルっと顔を横に向けて、小さい声で答える。ふふん、俺の聞き忘れかと思ったら説明してないのかあ。昨日とは立場が逆になったな。
「んんっ! 話しを戻します。向こうが指定して来たのは十日後です。それまでは今まで通りでお願いします」
急に話しを戻したぞ。元が青白いから恥ずかしがってるのか、肌で判断出来ないな。俺もニヤニヤとした顔でいるもんだから、余計に恥ずかしいんだろうな。まあ、余り見詰めるのも何だな。
「それで、専用の依頼って何をするんですか?」
「そうですねえ。Ⅲへの昇格依頼は大体が個人ならラン、グループならグリエを狩る事ですね」
「ランとグリエ、ですか」
「はい、そうですけど何か?」
「いえ、何も」
ランとグリエ? それだけで良いのか? 狩る方法とか見付ける方法も見るのだとしたら、慎重にやらないとな。ただ、本当に狩るだけで良いのなら森で沢山狩ってるから問題ないな。実はランはこっちでも狩った事があるし、森との違いはなかった。だから、大丈夫だろ。グリエだって狩ってはないけど、見掛けは違いがなかった。
「すいません、この依頼を請けます」
「はい、カードを出して下さいね」
「一応、一応、念の為に聞くぞ? 何の依頼だ?」
「そんなの決まってるだぞ? ジットさんの依頼だよ」
「そんな事だろうと思ったよ!」
その場に膝から崩れ落ちて、座り込んでしまった。くそっ! 黙って聞いてるかと思ったら、十日後だと分かったら直ぐに依頼を探しに行ったな。いつか仕返しをしてやらないとな! ぐふふふ、何が良いかな。
あ、十日後って事はそれまではずっと海なのか!?




