通過点
受け → 請け (2017/11/1)
「さあ今日も依頼を請けるか」
いつもの様に組合に行く。宿から組合への道も慣れたもんだ。肉をどうしても食いたくて狩りに出掛けた時は、ランを狩って久しぶりの肉を堪能した。まあ、俺たちの料理なんて焼くしかないんだけどな。それに、ナックが見付けた食堂に連れて行ってもらったから、肉の心配はもうない。
「何だかここも長い様な気がするな」
「そうか? ここに来てまだ20日位じゃないか?」
「俺はもう、って感じなんだけどな」
ふむ、同じ時を過ごしてるのに、感じ方が違うのか。まあ、それがどうしたって言われると困るんだけどな。それだけ、ここにも慣れたって事かな。
「じゃあどうする? そろそろ次の町に行くか?」
「うーん。いや、焦る旅でもないんだ。まだここにいても良いだろ」
「焦る事はないか。それに、俺は船を克服しないとな」
「そうだよ。最初の依頼で船に乗っただけで、後は全部森じゃないか」
「そうは言うけどさ。あんな思いをしてまで、船に乗る必要があるのかってのもあるんだよ」
「克服したいのかしたくないのか、どっちだよ」
「克服はしたいさ。だけど、もう一度船に乗ったら克服出来るって確信がないだろ?」
「まあ、そうだな。どうやったら克服出来るのかは分からないしな」
「だろ?」
「じゃあ、今日の依頼は海関連にして、船乗りについでに聞いてみようぜ」
「え?」
「良い案だろ? いつかは克服しないと駄目だって思ってるなら、早いほうが良いだろ」
何てありがた迷惑な……友人想いのヤツなんだ。でも、これからの旅で船に乗る事なんてあるのか? ないんだったら、克服しなくても……。
まあ、克服しても俺にとって悪い事はないか。
「そうだな。いつまでも苦手ってのも何か嫌だしな」
「じゃあ、そういう事で」
何がそういう事で、だよ。自分は平気だからって、軽く考えてるんだろうなあ。あの時の俺が感じた事を、ナックにも経験させられたらなあ。そんな事は無理か。
「どの依頼にするか」
「決まってるだろ。海関連のこれなんかどうだ?」
うげっ。これなんかって言うけどさ、前と同じじゃないかよ。船に乗る依頼は大体が同じだから、どれを選んでも変わらないか。
「じゃあそれを請けるか」
依頼書が張られている壁から依頼書を剥がして、受付に持って行く。
「これを請けたいんですけど」
「はいはい。カードを出して下さいね」
依頼を請けるには、依頼書と冒険者カードを一緒に出す。依頼と位階が合ってれば請ける事が出来るって仕組みだ。
「お二人はこの依頼を成功しますと、Ⅲに上がる資格を得られますね」
「あれ? もうそんな依頼をやってましたか」
「自分達の事なのに知らないんですか?」
「ええ、まあ。位階には余り拘りはないんで」
「珍しいですね。冒険者になったら、早く新人って呼ばれない様に必死になるものなんですけどねえ」
「まあ、位階を上げた所で強くなる訳じゃないですからね」
「変わってますねえ。じゃあ、この依頼を請けるって事で処理しておきますね」
変わってるって言われたよ。いやー、位階を上げると強くなるんだったら必死になるかもしれないよ。だけどさ、実際に経験を積まないと身に付かないでしょ。
「依頼を請けて来ました、ヴェールです」
組合で昇格出来ると知らされても、そんなに喜べなかった。だって、Ⅲまでは依頼を沢山請ければ上がれるんだ。それ以上は結構厳しい条件があるみたいだ。みたいだってのは、まだ先の事だから覚えなくても良いかなって。そんな訳でいつも通り依頼を請けて、港まで来たんだ。
「お、いつかの兄ちゃん達じゃねえか」
港にある船乗り達が集まる建物に入って、受付の人に依頼書を見せて依頼を出した人を呼んでもらった。出て来たのは、ここに来て最初の依頼を請けた人だった。俺が船酔いをして因縁のある人だ。
いや、因縁とは言ってもこの人には関係ないんだけど。俺が勝手にそう思ってるだけだ。
「ナックゥ、お前知ってて選んだろ」
「当然だろ? 克服するのにこれ以上の依頼相手はいないぞ?」
「ま、まあそうなんだけどさ」
何だかなあ、克服したいとは思っても、何も同じ船にする事はないじゃないか。
「おい、一体何の話だ?」
依頼者を放って話してたら、何の事なのか不思議に思ったんだろう。どうしてこの依頼を請けたのかを説明した。
「なるほどなあ。俺から言えるのは回数をこなして慣れるしかないって事だな。船乗りの家に生まれたからって、船に強いって限らないしよ。大体のヤツが最初は兄ちゃんと同じ感じだぞ」
「慣れ、ですか」
一番聞きたくない解決方法だ。即効性とまでは言わないけど、何か効果的な方法が聞きたかった。
「まあ、何だ。取り敢えずは船に行こうじゃないか。内容は前と同じだから、説明はいらねえな」
何だか依頼者に気を使わせてしまったな。期待してたのが顔に出てたんだろうな。いかんいかん、一度で克服出来るなんて都合が良すぎるじゃないか。辛くても何度でも試せば良いじゃないか。うん、そうだよ。
「あれ、いつかの船酔いの兄ちゃんじゃねえか」
案内されて船着場まで来たら、開口一番こう言われてしまった。一度しか会った事ないのに、変な覚え方されてるな。船酔いってそんなに変わってるのかな。
「あの時はすいませんでした。大して力になれずに」
「何言ってんだよ。船酔いしてても俺たちと同じ事が出来てたんだ。謝るどころか、こっちが感謝する方だ」
「そうなんですか?」
「おうともよ。依頼で初めて船に乗ったヤツは大体船酔いしたら、使いもんにならないで、陸に戻るまでは死んだ様に動きもしないんだぞ。だから、兄ちゃんが動けたのは凄い事なんだぞ。覚えてるのだって、船酔いだからじゃなくて、船酔いなのに動けたって事で覚えてるんだぞ」
「そうなんですねえ」
へー、俺だけかと思ったらそうでもないんだ。確かにあんな気持ち悪い状態では、動きたくないな。俺だって身体強化してどうにか動いたって感じだしな。
「話はそこまでにして、漁に出掛けるぞ」
ついつい話し込んでたら、船長さんが出発しようって急かしてきた。
駄目だな、これは依頼なんだ。話し込む為に来たんじゃない。依頼をしっかりとしないと。話し込むのは後でも出来る。
と、思ってました。今回の波は前とは違って、凄い高い。船着場から見たら風もなくて穏やかだと思ったのに、前よりも遠くに出ると風はあるし波は高いし船は上下左右に激しく揺れるで。とてもじゃないけど、話し込むって状態じゃない。
そんな訳で、前と同じで寝転がっている。まあ、状態は前の比じゃないけどな。
「ううう。俺がこんなに辛いのに、どうしてお前は平気なんだよ!?」
「俺にそんな事を言っても、何もならないぞ?」
そんな事は分かってるよ! だけど、俺がこんな状態なのに、ナックが平然としてるのが許せないんだよ! 愚痴の一つ位言っても良いじゃないか!
「俺は外に出てるから、準備が出来たら呼ぶわ。それまでは、まあ、頑張って?」
それだけ言うと外に出て行った。頑張って? どう頑張れば良いんだよ。それに、頑張ったところでこの状態を何とか出来るのか!? それだったら、教えて欲しいわ!
「(前にも言ったけどさ、遠くを見ると良いらしいわよ。後は手首を押す事よ)」
それは前にも聞いたよ。だけど、こんなに揺れてるのに、外になんか出れないよ。遠くを見る所か、ずっと目を閉じてますが何か?
「(手首を押すだけなら何とか。外になんてとてもじゃないけど無理)」
辛さが伝わったのか、それ以上は話し掛けてこなかった。はあ、慣れるまではこんなのに何度も経験しないと駄目なのか。船酔いを克服するの止めよっかな。こんな辛い思いをしてまで克服する事なのか? それに、克服したとして、船に乗る事がこの先あるのか? もしなかったら、苦痛でしかないじゃないか。 本当に、これが最後にしよう。
「はあああ。やっと陸だあああ。まだ揺れてるぅ。俺が揺れてるのか地面が揺れてるのか」
「何言ってんだよ。地面は揺れてないし、お前が揺れてるだけだよ」
ナックが呆れた声で話し掛けてくる。そりゃお前は平気なんだろうけど、俺はそうじゃないんだよ。どれだけ地面に会いたかったか、お前には分かるまい。
「それじゃあ組合に行くか」
「は、はい」
船から降りたとは言え、まだふらふらする。自分の足で歩いているのかさえ疑問だ。今は動きたくない。だけど、依頼をしたら組合に行かないと報酬は貰えないしな。
「何だ、Ⅲに上がるのか。良かったじゃねえか」
「ええ、そうなんですよ。まあ、Ⅲに上がる資格を貰っただけなんですけどね」
「大丈夫だ! 兄ちゃん達なら、軽々上がっていくさ! 俺が保証してやる!」
「ありがとうございます。期待に応えられる様に頑張ります」
「でも、そっか。位階が上がるのは嬉しい事だが、上がると俺んとこの依頼は請けられないな」
「請けられないって規則はないはずですよ。だから、船に乗りたくなったら依頼を請けますよ」
はああ!? 何言ってんの? 乗りたくなったら? 俺はもう乗りたくねえよ! 依頼を請けるならナックだけ行けよ!
「そりゃ有難いな。じゃあ期待して待ってるさ。じゃあな!」
そう言って豪快に笑いながら船着場の方へ歩き出した。経験の差なんだろうけど、あんなに船が揺れたのに平然としてる。慣れ、なのかなやっぱり。
あ、名前聞くの忘れちゃったな。まあ、いっか。俺は《・・》もう会う事はないんだし。
「ナック、船に乗りたければ一人で乗れよ。俺は乗らないからな!」
それだけ言って食堂がある通りの方へと歩き出す。横で何か言ってる気がするけど、気にしない。俺は乗らないって決めたんだ。この決意は揺れないぞ!
絶対だからな!




