天界にて-転生-
結論から言うと、滅茶苦茶怒られた。しかも、物理で。殴り合いの喧嘩なんかした事なかったから、腰は引けるわ目瞑るわで情けなかった。ここでお約束の言葉を言おうかと思ったけど、殴ってるのはその親父だから笑えない。母に説明したのをもう一度して、それに加えて拳でした。まあ、完全には納得できてない様だったけど、直接経緯を聞いた事である程度は気持ちの折り合いはつけられた様だ。俺としてもこっちに来てからだけど、後悔してたから話せて良かったかな。親子揃っての収穫祭を2回経験した後に、奥山様が迎えに来て、俺は次の段階に来ている。
「ここは?」
「ここは、天界での奉仕が終わった方が来る事になる転生部屋です」
転生部屋と言っても、俺が想像していた魔法陣などの類はなく、机と椅子二脚のセットがあるだけだ。
いや、机の上に見覚えのある物が鎮座している。
「はあ、それで机の上の物は何ですか?」
「ああ、これですか。その前に説明からですね」
そう言うと、椅子に座って話し出した。俺も椅子に座る。何だか、就活での面接を思い出させる構図で、心なしか緊張してしまう。
「まず、転生とはどういうものだと思っていますか?」
「そうですねえ。漠然としてですが生まれ変わるという事くらいですかね」
「まあ、概ねその通りです。貴方が読んでいたラノベの様に、異世界に転生し記憶もあり、尚且つ特殊能力が与えられるなんて事は稀です。そして、神の意思が働いてその世で何かをさせたいといった事も稀です」
「あ、ある事はあるんですね」
俺は唖然としてしまった。異世界という単語もそうだが、神の意思が介在するなんて。そんな大役を任されるなんて荷が重いなんてどころじゃない。
「本当に稀に、です。転生先の未来が破滅に向かっているとしたら、使命を与えることもあるって事です。ただ、そんな状況になる前に現地人が努力しますから。考えなくて良いですよ」
「はあ、そうならない様に祈ります」
「まあ、今の話で転生先が地球だけではない事は分かったと思います」
「では、転生先を決める為にソレがあるんですね?」
そう机の上に鎮座していた物とは、福引等で見かけるだろうガラガラがあるのだ。正式名称などは分からないのでこれで勘弁願おうか。
「いえ、転生先だけではありません」
「転生先だけじゃない? それだけ決めれば後は何も決める必要がないんじゃ?」
「いえ、転生先が決まったら、性別、何番目の子、種族、所属国、等々あります。そしてもちろん記憶の引継ぎに関してもありますので。ですので、たくさん回して頂きます」
ちょっと待てよ、子は親を決められないとは言うが、これだと事前に決まるという事か。いや、それでも必然の様で偶然なのか? ガラガラを回した記憶なんて残ってないんだから。それは、俺に記憶の引継ぎがないからなのかな。
「はあ、分かりました。取りあえず回せば良いんですね? 何回ですか?」
「まずは、転生先の星を決めなければいけませんので、一回です」
そう言われて一回回してみた。昔回した事があるので感触としては同じだった。ただ、中の玉の数はそんなに多いとは感じなかった。出た玉の色は黄色だった。まあ、黄色だろうが何色だろうが、結果は分からないから喜べないんだけどね。
「黄色ですか。結果はこちらの台座の上に置いて下さい。そうすれば、結果が浮き上がってきますので」
そう言われて、台座の上に玉を置いた。すると、文字が浮かび上がってきた。
「37番惑星、と出ました。これは当たりなんですか?」
「はあ、転生先に当たりも外れもあるわけないじゃないですか。でも、そうですね。日本とは違う文明がある所ですよ。ちなみに、現地ではまだ惑星自体の名前は決まってない様です」
ふむ、違う文明か。縄文位まで遡るのか、或いは科学が発達してロボットが登場しているのだろうか。もしかして、ラノベで良くある魔法の世界だったりして。うん、魔法。いいな。
「それで、後何回回せば良いんですか?」
「適当に回して下さい」
「適当、ですか」
どうしようか、適当って言われて何回回せば正解なんだ? 回しすぎだと欲深とか思われないかな? とは言っても、何色が当たりか分からないからなあ。取りあえず10回回すか。
「いーち、にーい、さーん……じゅーう」
黒や白や紫や青、等色とりどりの玉が出てきた。それを台座の上に順に置いていく。
「男、三番目、森人族、レント森所属、平民、身長は高い、頭脳は平均、腕力は平均、脚力は上、持久力は上」
……ん? 最初の方は何となく分かるが、後半も予め決める物なのか? 身長は両親や環境が影響していると思ったけど、違うのか。その後が酷い。頭脳って幾ら勉強しても知識量や応用力では頭打ちって事だろ? それに、腕力は平均で脚力があるって事は、足技中心で長距離向きって事かな? と言うよりも、こんな事も決められちゃうのか。数値で表されてないから分からないけど、上限が決まってるを予め知っていると、怠けそうだな。
「これだけですか? と言うよりも、こんな事まで決めちゃうんですね。何だか、自分の限界を予め知っていると怠けそうなんですが」
「まだ回してもらいます。今の貴方だって、前々世の貴方が決めたんですよ。それに、この回した結果は転生した後には、記憶が消去されますので」
「そうなんですね。俺の上限は決まっていたと。因みになんですが、俺は成長限界まで達したのでしょうか?」
「決まっていましたけど、貴方は覚えていないでしょう。つまりは、そういう事です。そうですね、身長は上限に達しましたけど、他は全然ですね。大体の人が成長限界まで達するなんて稀ですから」
まあ、確かに限界まで成長したかと言われれば、それはないだろう。腕力や脚力なんて毎日筋トレしてないと無理だろうし、それこそアスリートじゃないと無理だろう。スポーツをしなくなって久しいし、まして会社員になったら運動なんて頭になかったからなあ。健康診断でメタボが近いって言われた時は、ダイエットしたけど、あれは痩せる為であって決して鍛える為じゃなかったしなあ。頭脳はどうだろうか。自分では鍛えたつもりでも、どこかで諦めがあったかもしれない。テストで自分よりも上位者が存在した時は、上には上がいるんだなと最初は発奮したけど。自分が最上位にいけないと、そういう物だと諦めた感があったな。
「それで、もう終わりですか?」
「いいえ、あと5回回して下さい。その後、別の物で1回回してもらいます」
5回回して、同じように順に台座に置いていく。
「瞬発力は上、運は平均、巡り合わせは上、精力は平均より上、精霊との親和性は上」
え? こんな事も決めちゃうの? まるでゲームのステータスの様だな。と言うよりも、おみくじみたいな事もあるな。巡り合わせって、おみくじで言うと縁談かな? それよりも、精力って予め決められちゃうんだ。鍛えれらるのかな? まあいいか。それよりも聞きたい事が
「あの、精霊って何ですか?」
「ああ、転生先では精霊を感じる事ができるのですよ。前世でも精霊はいたのですが、精霊との交流が廃れてしまっていたので、聞き慣れないでしょうね。精霊は幾つかの種族があります。そして、それらの協力を得る事で特別な力を行使できる様になります」
「へー、地球にも精霊っていたんですね。特別な力って事は魔法みたいな光線とか出せるんですか?」
「ええ、いましたよ。いえ、いますよ。ただ、不可視の物を信用しなくなったと言う事だと思いますよ」
「いや、見えないんじゃあ、いるかいないか確認ができないじゃないですか」
「そうですね。地球では万人が見えて初めて認識、証明するという風になっていますね。貴方も体験した事ありませんか? 自分は変な悪寒がするのに、友人は何も感じないとか。またその逆も。まあ、この場合は精霊が関係しているとは必ずしも言えませんけどね」
「まあ、そういうのはありましたね。でも、それを精霊と結び付けるのは発想を飛躍しないと無理だと思うんですが」
「そうですね。今は精霊との対話なんて教えないですからね。でも、八百万神など日本では色々な所に神がいると教えられてきたと思いますが」
「そ、それは知ってますけど。知ってるのと視て感じられるのは別だと思います。それに、色々な物には神様が宿っているから大切にしなさいって教えられていても。対話に関しては誰も言わなかったですよ」
「まあ、今は地球の事は関係ないですから良いです。最後に回して貰うのは記憶に関してです」
「記憶ですか? もしかして記憶を引継いで、前世の記憶を元に成り上がりが出来ちゃうんですか?」
「はあ、期待を裏切らない応えをありがとうございます。もし引き継いだとして、貴方の記憶は成り上がれる程、凄いのですか? それに、地球よりも文明が劣っている前提ですか?」
う、奥山様の雰囲気が露骨に悪くなったぞ。俺、何か悪い事言ったのか? 言ったんだろうな。そりゃそうか。俺の記憶って誇れるほど凄い物じゃないしな。それに、これからの世界を見下してる様な口ぶりだったよな。整った顔の人に言われると余計なダメージが。
「すいません。俺が悪かったです。そんなに大層な知識もないです。そうですよね、俺って誇れる物なんて何もないのに。なんで、成り上がるとか言っちゃったんだろう」
そうだよな、文明が地球より劣ってた場合、俺の知識って活きるのか? そもそも俺の知識って現代の科学や機械があってこそだもんな。食に関してもそうだ。最終加工品は見てるから分かるが、素材は? 加工は? そんな状態なのに、知識で成り上がりって、凄い思い上がりだな。
ん? でも、何で記憶の引継ぎって話がでるんだ? 俺の様に活かせない場合だってあるだろうに。それすらも織り込み済みで、何かしらの使命があるって事なのかな?
「まあ、分かれば良いのです。私も言い過ぎましたしね。それでは回して下さい。その結果によっては説明が必要になりますから」
そう言われて、もう一度回してみた。色は銀色で、台座に置いた。
「記憶は引継ぎ、です」
いやいやいや、これは駄目でしょ。さっき自覚したから分かるけど、俺の記憶って大層な物ないぞ。引継ぎってプラスよりもマイナスってイメージだよな。余計な記憶も引継がれるから、頭でっかちの子憎たらしい子供なんだろうなあ。記憶はリセットに変えてもらおうかな。
うん、それが良い気がしてきた。
「あの、引継ぎって出たんですが、なしに変えられませんか? ついでに、転生をなしに出来ませんか? 死ぬ時に消滅って願ったの思い出したなあ、と」
「できません。これは規則なので。それと転生ですが、それもできません。消滅を願ったとしても、余程の事がない限り転生させます」
「はい、わかりました」
この有無を言わさない口ぶりは、まるで役所での対応みたいだ。
「では、説明します。まず、記憶を引継ぐからと言っても、赤子からではありません。ある程度の年齢になったら記憶の引継ぎ手続きを行います」
「え? てっきり生まれた瞬間から前世の記憶があるものだと思ってました」
「それでも良いんですが。本当に赤子からで良いんですか?」
え? 何か問題でもあるのか? 早くから引継いだ方が、他の子たちよりも優位に立てるんじゃないか? 大した知識じゃないけど。
「はい、生まれた瞬間からの方が良いと思うんですけど」
「まあ、良いなら良いですけどね。でも、本当に良いんですか? 自我がある状態で授乳期があり、排泄なども自分では始末できないんですよ? それに、前世の記憶が邪魔をして向こうの言葉を覚えられないと思いますよ? それでも良いんですね?」
「ああ、ちょっと待って下さい! ある程度からでお願いします」
うわ、赤ちゃんの状態の事なんて考えてなかったわ。自我がはっきりしてる状態で授乳や排泄って、どんな羞恥プレイだよ。耐えられないよ。それに、言葉かあ。これも考えてなかったな。言葉は通じる物だと完全に思い込んでたわ、何でだろう。地球でだって、たくさんの言葉があるのに。10年間英語の授業を受けたけど、話せるかと言えば話せないもんな。そんな俺が別の言葉を覚えるとか無理だろ。ここは、従った方が良いな。というか、規則なんだから破っちゃ駄目でしょ。
ん? もしかして、ツッコミ待ちだったとか? そんな訳ないか、奥山様に限って。
「……まあ、規則ですから勝手に変えられないんですけどね」
待ってたー。うわ、本当にすいません。役人的な対応する人に突っ込むと冷静に返されそうなんだよなあ。まあ、良いか。
「……説明を続けます。記憶に関してはある程度になったらこちらで手続きを行います。それまでの間は貴方の意識とは離れて生活します。人格に関してですが、二人分存在する事になります。ですが、貴方の魂を元にするので、日本での子供時代とそう変わらないと思います。環境の違いはありますが。ですので、どちらが消滅とか優先とかはありません。どちらも貴方なので統合されるだけです」
え? どう言う事だ? まずは整理しよう。記憶は引継ぐけども、赤子からじゃなくて、ある程度経ったらって事だな。でも、ある程度までは俺の魂が元でも別の人格な訳だよな。てことは二重人格になるのか? 前世での35年の人格と、何年か分からないけど来世での人格。魂が同じでも育つ環境が違えば、人格なんて今の俺と乖離するよな。そんなんでも人格の統合なんて出来るのか?
「あの分からない事があるんですけども。魂が同じでも環境が違えば今の俺と人格に乖離が生じると思うのですが、それでも消滅ではなくて統合なんですか? 二重人格って事にはなりませんか?」
「確かに、環境が違えば人格なんて如何様にも変化します。そして、それは必ずしも今の貴方になるとは限りません。ですが、魂が同じなら統合する事は可能です。二重人格になるかについてですが、やってみないと分からないというのが正直なところです。ただ、貴方は消滅を願ったんじゃないですか?」
「いや、まあそうなんですけど。記憶の引継ぎがある状態でやり直せるとなると話は別ですから。あと、やってみないと分からないっていうのは? 前例はないんですか?」
「……都合が良い願いですね。前例はあります。統合した後に、己の中で折り合いをつけられるかどうかにかかってます。今までの人格に、別の惑星での人格が統合されるのですから暫くは混乱します。ですが、年月を重ねると馴染んでいき、大人になると人格が追い付きますので気にならないと思います。ただ、あえて別人格として残している物もいました」
「なるほど。もし人格を消滅させて、記憶だけ引継ぎって事も出来るんですか?」
「出来る事は出来ます。規則では記憶の引継ぎだけが決定したのですから。ただ、記憶だけ引継いでも、どこにどんな記憶があるのか、引き出す事が出来ないのでは意味がないと思いますけど。貴方という人格があって初めて記憶というものは意味を成すのですよ」
そ、それもそうか。見なれない風景と体験した事もない記憶だけあっても混乱するだけか。それだったら引継がない方がマシだな。
「まあ、引継ぎの手続きの時に、改めて説明します」
「わかりました。それでお願いします。後は何かありますか?」
「いいえ、他にはありません。説明も終わりです」
こうして俺の来世での生い立ちや能力が判明した。
「ああ、言い忘れてました。ここでのやり取りは記憶から消去しますので」
「え? じゃあ、能力とかの成長度は分からないって事ですか」
「当たり前じゃないですか。限界値を知ってしまうと、限界を超えようとする努力をしなくなるでしょう。それに、能力値などは数値で分かりやすく表す精霊術もありません」
「え? じゃあ何の為に決めたんですか?」
「……規則ですから」
……何だか腑に落ちないけども、まあいいか。