陸上
少しづつ→少しずつ (2017/7/31)
受け → 請け (2017/11/1)
「やっぱり地面が揺れないってこんなに素晴らしい事なんだな」
何を当たり前の事を言ってるんだって思っただろうけど、この町に来て初めての依頼で乗った船が原因だ。今まで釣りはした事はあっても、船には乗った事なんてなかったんだ。だから、初めて見る船に興奮して依頼を請けたんだけど。結果は散々だった。依頼はやり遂げたけど、万全の状態じゃなかった。いつかは船に乗るとは思うけど、それは今じゃない。
そう言う訳で、近くの森で山菜集めをしているんだ。一日休みにした日は結局、色んな物を食べ歩いて腹一杯になってしまったんだ。色んな匂いに釣られて少しずつ食べてたら、目的の肉を探す前に満足しちゃった。まあ、まだこの町にはいるつもりだから、ゆっくり探せば良いかと思って宿に帰ったんだよ。
そしたら、ナックも肉を食べたくて探していたみたいで、見付けちゃったんだよ。しかも、昼に肉を食って。だから、夜飯はそこに行こうって言ったんだけど、昼に食ったから別の日にしてくれって言われて我慢した。
だけど、別の日って事で今日は肉を獲りに森に来ているんだ。あ、山菜を集めるついでに肉を狩って帰ろう、と言う訳だ。
「そんなに船は駄目か?」
「お前も見ただろ? あんな状態の俺を見た事あったか? ないだろ? いつかは乗る事になるかもしれないけど、それは今じゃないんんだ。船がなきゃ生きていけないって訳じゃないんだからさ」
「まあ、あれは駄目だったな。あの状態だったらグリエは狩れないな。身体強化で誤魔化したけど」
「だろ? 依頼は何とかなったけどさ、あんな思いをしてまで船に乗る必要がないじゃないか」
「そうだな。それに魚も美味いけど、やっぱり肉が食いたいからな。ここに来るまでは干し肉だったから、余計にな」
「そうだろ、そうだろ。じゃあ、早いとこ山菜集めちゃおうぜ。ここの獲物がどんなのがいるのかも調べたいしさ」
森でも魚は食べてたけど、狩りの獲物は魚以外だったからなあ。ナックも魚よりは肉を好んで食べてたし。筋肉には肉が良いと思ってるのもあると思うけどさ。まあ、そんな事は良いからさっさと山菜を集めるとしますか。
「なあ、どうする?」
「どうするって言われてもなあ」
俺たちは今、非常に悩んでいる。山菜が中々見付からないとか、崖下にあるとかで悩んでいるんじゃない。山菜集めは苦労しなかった。レントでも同じ山菜があったから。
悩んでいるのは、そこじゃない。それは、目の前のグリエを狩るか、それとも知らない獲物を探すかで悩んでいるんだ!
「(はあ、何を悩んでるのかと思えば)」
何だか、キューカが呆れている様だけど、これは悩むだろ。確かに肉は食いたい。だけど、食い慣れたグリエで良いのかと思ったんだ。ここは新しい町。だったら、もしかして知らない獲物がいるかもしれないって。俺たちは位階が低いから、獲物を狩る依頼は請けられないんだ。町周辺に出る獲物も調べられないんだ。
組合も新人に死なれると困るから、どんな獲物が出るのかは教えないらしい。新人は自分の力を過信して、獲物を狩りたがるみたいで、死人が結構出たらしい。それで、獲物を狩る位階になったら、組合として獲物の種類などを教えるらしい。まあ、そんな決まりにはなってるけど、どんな事にも絶対はない訳で。どんな獲物がどこで出るなんて情報は、商会とか知り合いの冒険者に聞く事だって出来る。
俺たちはこの町に知り合いは当然いないし、冒険者だって知らない。だから、自分達で調べるしかないんだ。
……本当は駄目なんだけどね。
「このグリエ《にく》は見逃して、どうせなら新しい獲物がいないか探さないか?」
「そうだな。これでグリエ《にく》がいる事は分かったんだし、新しい獲物を探すのも良いかもな」
「よし! そうと決まれば早速奥に行ってみるか」
「なあ、あれって食えると思うか?」
「どうだろうな。初めて見るから、何とも言えないな」
あれから森を探索してたら、見た事のない獲物がいた。体毛は全体的に白くて、所々黒い丸がある。顔は猫の様に見えなくもなく、牙が大きい。大きさとしてはグリエ位なんだけど、足が長くて素早そうだ。それに、こっちに気付いて鋭い目で観察している。あれは、狩られる側じゃなくて狩る側の目だ。初めての獲物だから、どういう動きをするのかが分からないから苦労するだろう。
そして何より、食えるのかって事だ! 今は狩れるかどうかじゃなくて、食えるかどうかが重要なんだ。
「どんな動きするか分からないけど、一頭だから狩ってみるか?」
「そうだな。初めての獲物にも俺たちの力が通用するのか、試すのも良いだろう」
ナックもやる気だな。俺たちは同時に弓を構える。アイツとは大股で二十歩位離れてると思う。俺たちの腕だと正確に当たる位だ。俺たちは呼吸を合わせて、同時に射る。
「避けた!」
当然か。こっちを見てたんだから、攻撃されたら黙って受けるなんてあり得ないか。飛んでくる矢を横に素早く移動して避ける。今の動きだけでも、相当に手強いのは分かる。こっちは攻撃したんだけど、アイツはまだ様子見らしい。左右にゆっくりと動きならがも、目はこちらを捉えている。
「どうやら余裕があるみたいだな。一気に攻めるか」
それからは矢を何射も射掛けるけど、掠りもしない。こっちが本気で狩りにきたと分かったんだろう、徐々に近づいて来る。当たらない事に少しの焦りはあるけど、まだこの位なら大丈夫だ。まだ方法はあるし、矢で仕留められるとは思ってないし。
と、思ってた時もありました。
徐々に近づいて来るから警戒はしてたんだけど、それまでの動きが嘘の様に一気に跳躍して来た。
あっぶねえ、体当たりしてきたぞ。咄嗟に、身体強化して横に飛んだから当たらなかったけど。お陰で吹き飛ばされる事はなかったけどさ。あの体当たりで樹が二、三本薙ぎ倒されたぞ。
「ナックこいつやばいぞ! 弓じゃ駄目だ! 一気に仕留めるぞ!」
それまでも気を抜いてた訳じゃないけど、一気に引き締めた。俺の大声が合図になったのか、コイツもさっきと同じ速さでこっちを翻弄してくる。
さっきは驚いたけど、あれ位の速さならば反応は出来るな。色々な角度から体当たりや噛みつきや爪で攻撃して来るけど、すれ違い様に剣で少しずつ切り傷を増やしていく。
「掠り傷とはいえ、結構血が流れてるんだけどなあ。動きが止まらないぞ」
「そりゃそうだろ。止まったら死ぬって分かってんだろ」
攻撃を掻い潜って反撃をしながらも、会話をする。その程度には余裕がある。速さは今までの中で一番で、動きも初めてなんだけども、身体強化しているとまだ余裕だ。まあ、余裕だと思って油断してたら、さっきみたいな思わぬ攻撃をされるから警戒は緩めないけどな。
「どうする? このままでも狩れると思うけど」
「そうだな、余りコイツだけに集中してもな。さっさと狩っちまうか」
「分かった、俺が動きを止めるから、止めは譲る」
「出来るのか?」
「任せろ!」
言いたい事は分かる。幾ら身体強化出来るとは言っても、体格に劣る俺が盾になるなんて思えないだろう。俺もそう思う。だけど、動きを止めるのに真正面に立つ必要はない。
「(キューカ頼む!)」
「(任せて!)」
それまでと同じ様に体当たりをしてくるアイツに突然、樹が絡まった。突然とはいうけど、キューカに頼んで樹を成長させただけなんだけどね。そのお陰で、アイツは体当たりをする為に飛び上がった状態で、動きが止まっている。必死にもがいている様だけど、強力なのか抜け出せる素振りはない。
「ほら動きは止めたぞ、後はお前だ」
「お、おう」
何だか納得していない様な、複雑な顔で首を一息に落とした。
ふう、終わったか。終わってみると、案外呆気ないな。と言うか、樹の成長なんて狩りでは初めて使ったな。こうすると、動きが止められるのか。これからは、狩りの方法として取り入れていくか。
俺が、今後の事を考えていると、ナックが意を決した様に詰め寄ってくる。
「なあ、樹が動いた様に見えたんだが、何やったんだ?」
「え? ただ樹を成長させただけだけど?」
「お、おま。それ本気で言ってるのか?」
「本気も何も、今やってみせたじゃないか」
何だろう、呆れている様な変な物を見ている様な顔をしている。そんなに変な事か? 樹の精霊と契約したら、これ位は出来るんじゃないのか?
「はあ、本気かよ。良いか? 俺がもし今と同じ様にするとしたら、思い通りに成長はしないし、精霊力が足りなくて倒れるぞ」
え? それ本当? 俺はちょっと樹の成長をさせただけだと思ってたけど、違うのか。精霊力もまだ余裕はあるし、倒れるなんて。
「(それはね、精霊長である私が契約した事が原因ね)」
「(それって……)」
「全く、羨ましいぞ。余程位階の高い精霊と契約したんだろうな」
「うーん、どうだろう。精霊の位階なんて知らないしな。でもお前が言う様に、これだけやっても平気って事はそうなんだろうな」
「(なあ、それって悪い事じゃないだろ?)」
「(まあ、そうね。何て言っても、精霊長である私が契約したんだから、悪いなんてある訳ないじゃない。それに、足りなくて死ぬよりは多い方が良いでしょ?)」
「(う、うん。まあ、そうだな)」
足りないで死ぬ位なら、多くて変な目で見られる方がまだ良い。いや、良くはないけど。
「まあ、この話はこの辺にして。とりあえず、コイツを持ち帰ろうぜ」
そう話しの終わりを宣言されたので、今まで通りに手足を縛って運ぶ事にした。この辺は手馴れた物で、何も言わなくてもそれぞれが仕度をする。
「(いつかはナックにも話さないと駄目だよなあ)」
今回の事で、そんな事が浮かんだ俺だった。




