幕間 ある国での降臨 弐
誤字修正 (2018/1/9)
レント森の精霊殿に降臨した時を同じくして、世界各地の精霊殿にも降臨したと言う報告がなされた。
~~ある国にて~~
「あんた、今日は外に出るの止めといた方が良いんじゃないかい?」
「そうだな、こんなに雨が降っちゃあ仕事にならねえな。まあ、今日は休めって事じゃねえかな」
妻が出した茶の飲みながら、外を眺める。水が貴重な砂漠だから、雨は恵みなんだけど。こんなに降るなんて、今まであったか? こりゃ恵みの雨どころか、もしかすると砂漠には珍しい水害なんて起こるんじゃないのか? いや、新しく池なんかが出来れば上出来だな。何にしても雨が止まない事には確認も出来ないか。
商人としては水場が増えるのは大歓迎なんだがな。こればっかりは一度の大雨位じゃあ期待出来ないか。まあ、池の水が増えるってだけでも良い事だな。
「あんた、あれ何だろうね?」
「ん?」
妻が指差した方を見る。あっちは精霊殿の方じゃないか。それがどうしたんだ?
「精霊殿だろ?」
「そりゃ分かってるよ。あたしが言ってるのは、あそこだけ陽が差してるって事だよ」
そう言われても、妻が何を言いたいのか全く分からない。雨の日だって、陽が差す事位あるだろうに。何をそんなに不思議に見てるんだ。
「そりゃ陽くらい差すだろう。何もそんなに珍しい事じゃないだろう」
「分かってるよ。そこじゃなくて、あそこだけ雨が降ってないんじゃないかい?」
「えー、そんな事ないだろう」
そう言われて見ても、遠くて分からない。どこも変な所はないだろう。それに例え雨が降ってなくても、困らないと言うかそこまで不思議には思わない。
「あんた、見て来ておくれよ。もしかしてら精霊殿で何かあったのかもよ?」
「何言ってるんだ。こんな雨の中を行けってってのか? それに、精霊殿で何かって何だよ」
「それが分からないから、行って欲しいんだよ」
「はあ? 大体何かが起こってても、俺たちには何も出来ないぞ?」
「それも分かってるよ。でも、知ってるのと知らないのでは、大違いだろ?」
「ま、まあそうだな」
はあ、ここまで言うって事は何かあるのか? まあ、何もなくても行けば納得するだろ。それにここまで強く言うって事は諦めないだろうしな。
「わかったわかった。行ってくるよ」
外套を羽織って精霊殿まで向かう。何だってこんな雨の中、何かあるか分からないのに出歩かないといけないんだ。ったく、帰ったら茶で温まらないと風邪引いちまう。
「ほら、何もない……あれ? 陽が差してるのは、まあ良いとして。何でここから全く濡れてないんだ?」
上を見れば青空が見える。陽が差してる所の外は暗い雲だらけなのに、陽が差してる所は雲一つない。なんだこれ? 可笑しいってもんじゃないぞ。何が起こってるんだ? 取り敢えず精霊殿に入るか。
ん? 何だ? 扉が開かないぞ?
「んんん!!」
はあはあ、何だこれ? こんなに強く押してるのに開かないなんて。それに、いつも開いてるのに、どうして今日は閉まってるんだ?
「何がどうなってるんだ?」
他に開いてないか探していて、ふと上を見ると何かが降ってきた。
「人?」
思わず口から出たけど、そんな事はありえないだろう。翼もないのに、浮かんでるなんて。それに、どこから飛んで来たんだ? 目の前で起きてるのに、全く理解出来ない。
ずっと見ていると、段々とはっきり見える位置まで降りてきた。ここら辺では見掛けない服を着ている。でも、何だ? どこか可笑しいな。
「え!?」
ど、どうして向こう側の空が見えるんだ? 信じられないから色んな位置から見上げるけど、やっぱり空が見える。どうして向こう側が見えるんだ? 俺が見てるのは幻だとでも言うのか? そんな風に思っていると、ちょうど精霊殿の屋根の真上まで降りて来たところで、こちらを見て笑った。
「!?」
笑った? と言う事は、俺が見てるのは幻じゃないのか? 凄い綺麗な顔立ちだな、もしかして森人族と関係があるのかな。森人は全員が整った顔をしてるからな。俺がそんな事を考えていると、その人は吸い込まれる様に精霊殿に入っていった。
俺は中に入ろうと扉を開けようとしたけど、やっぱり開かない。だけど、何か分かるかもと思い、耳を扉に付けたら声が微かに聞こえてきた。
『我……らよ』
『我が子……。我に選ばれた者が……しました。その者は……なる……を持っています。彼の者はこの……に……を齎すでしょう。しかし、我はこれ以上、……はしません。従って、そなた達にも不……をしてもらいたい』
「このお……から察すると、あなた様は……のでしょうか?」
『い……も。我は神の……です』
神!? 今、神って言ったか? あの声は精霊長様だから、聞いた事のない声はさっきの降ってきた人って事か? てことは、降ってきた人は神様だってのか? おいおいおいおい、どうなってやがるんだ? 神様が降臨って一大事なんてもんじゃねえぞ。大体、なにしに来たってんだ? もしかして、この国が危ないとかか? 分からん。こりゃ早く帰ってやらないと!
「はあはあはあ、み、水をくれ!」
「なんだい、そんな慌てて。外套も脱いでずぶ濡れじゃないか。ほら、ゆっく飲みなよ」
「んくんく」
駄目だ、こんな少ない水じゃあ興奮が治まらない。雨で濡れて寒いはずなのに、身体が熱くてたまらん。
「それで、何があったんだい?」
自分で何かあるかもって言っておきながら、何でこんなに落ち着いてるんだ? でも、これを知ったら驚くだろ。
「お前が言った通りに、あそこは雨は降ってなかった。それも雲一つない空だった。そこに人が降ってきたんだ」
「人? 何かの見間違いじゃないのかい?」
「俺もそう思ったさ。だけど段々と降りてくると、はっきりと顔まで見えたんだよ。そして、俺に向かって笑ったんだぞ?」
「笑った? それって翼とかあったのかい?」
「それがねえんだよ。それに、不思議な事に、その人の向こう側が透けて空が見えたんだよ」
「あんた、大丈夫かい? あたしを驚かそうとして、そんな事を言ってるのかい?」
「違う違う、そんなんじゃねえって。それによ、その人は精霊殿に入っていったんだよ。だから俺も入ろうとしたけど、扉が開かないんだ。どんなに力を込めてもな。だから、扉に耳を付けて中の様子を探ってたら、こんな声が聞こえてきたんだよ。神って」
「は? 神?」
どうだ! これを聞いて驚かないなんて、あり得ないね。翼のない人が降って来たってだけで、あり得ないのに。その人が神様だってんだからな。ほら、口を開けたまま間抜けな顔してやがるぜ。
「はあああ。あんた、嘘を吐くならもっとマシな嘘を言いなよ。そんな分かりやすい嘘を吐くなんて、子供でもしないよ?」
「う、嘘じゃねえって。話は全部聞こえなかったけど、精霊長様と話してる中に神って確かに言ってたんだよ」
何で信じないかな? お前が何かあるかもって言ったんじゃなかったのか?
「ほ、本当なのかい?」
「本当に決まってるだろ。そんな嘘を吐く理由がねえじゃねえか」
「ちょ、ちょっとあんた! ど、どうしようか。精霊長様に相談するべきよね? でも、何を相談したら良いのかしら? ああ、でも精霊長様も知ってる事だから、改めて相談する事でもないか。ああ、でもここに神様が降臨されたって事は、何か悪い事が起こるのかしら?」
俺が目を逸らさずに真面目な顔で言ったから、嘘じゃないと分かった様だな。でも、そうと分かったらこの慌てっぷり。
「ちょ、ちょっと落ち着け。悪い事が起こるとしても、精霊長様に何か伝えているはずだ。それに、明日念の為に精霊殿に行って見る」
「ああ、そうだね。神様が降臨なされたんだから、悪い事なんて起きないよね。あんた、明日頼むよ」
ふう、大雨が降ったと思ったら神様かよ。どうなってんだよ。こんな事、誰かに気軽に話せる事じゃねえな。言ったら混乱どころの騒ぎじゃねえな。全く、何でこんな事になっちまったんだよ。
俺は昨日言った通りに精霊殿まで来ている。普通なら精霊官長様へは面会なんて出来ない。だが俺とラムは同じ種族で幼馴染だから、ある程度の融通は利くってもんだ。
「あら、フカさん今日はどうしたんですか?」
いつも元気に掃除している見習いの子に、ラムに会いに来た事を伝える。
「ああ、ちょっとラムに相談があってね」
「もう、周りに人がいないから良いですけど、精霊官長様の事を呼び捨てにしちゃ駄目ですよ?」
息子より下の子に言われてしまうと、何故だか怒られているのに微笑ましい気持ちになる。
「分かってるって。それで、いつもの所にいるかい?」
「多分そうだと思いますよ」
「ありがとう」
そう告げて俺は精霊殿内にある、あいつの部屋に向かった。
「邪魔するぜ~」
俺は中の返事を期待する事なく扉を開けて入った。幼馴染だから遠慮もなく入ったんだけど、誰もいない。ふむ、ここにいないってことは精霊長様の所だな。流石にあそこに遠慮なしで行けるはずもない。仕方ない、ここで待ってるとするか。
椅子に座ってゆったりと茶を飲んでいると、待ち望んでいたヤツが入ってきた。
「おう、遅かったな」
入ってきて俺がいたもんだから、驚くというよりも呆れた顔になっていた。
「何で自分の部屋の様に寛いでるんだ?」
「そうは言っても、待つしかないんだから寛ぐだろう」
はあ、とため息と共に俺の対面に座り、茶で口を滑らかにする。
「で、何の用なんだ?」
「用がないきゃ来ちゃいけないってのか?」
「お前がそんな無駄な事する性格か? 本当は何なんだ?」
流石と言うか何と言うか、幼馴染だとこうも考えてる事を読まれてしまうとは。
「まあ、何の事はないんだ。昨日の事を聞きたくてな」
そう言って顔を窺うと、一瞬動きが止まって目を細めてこちらをみている。だが、それも一瞬で何もないとばかりに返してくる。
「昨日? 何もなかったぞ。……ああ、大雨が降った位だな」
「そんなに顔に出てる様じゃあ、商人としては駄目だな」
「俺は商人じゃないから別に良いんだ。それで? 昨日の事ってなんだ?」
「俺から言わせるってか。昨日、降臨されたろ? 神様が」
「!!」
今度は一瞬じゃなくて、身体全体が硬直して俺を凝視している。そんなに睨んでも怖いなんて少しも感じない。まあ、これが幼馴染ってやつだな。
「昨日よ、大雨が降っただろ? 俺は気にしてなったんだけど、妻が大雨なのに精霊殿が濡れてないって言ってな。気になるから、見て来いって言うんだよ。仕方なく行ったらさ、本当に濡れてなかったんだよ。しかも、青空で雲一つなし。それで、気になったから扉を開けようとしたら、どんなに強引にしても開かなかったんだよ。それで、どこか開いてるとこがないか探してたら、上から人が降ってくるじゃねえか。しかも、翼なしでだ。その人をずっと見てたら、俺に気付いて笑ったんだよ。そして、精霊殿の屋根を吸い込まれる様に入っていった。気になったから扉に耳を付けてたら、神って聞こえてよ。こりゃ一大事だと思って妻に言ったら、これまた精霊長様に相談して来いって言うもんだから、お前に会いに来たと言う訳だな」
昨日見た事を一気に話した。その間、口を挟む事もなくずっと聞いていた。相槌を打つでもなく、じっと俺を見ていた。ただ、挟めなかっただけかもしれないが。話し終えたら何だか難しい顔で考え込んでしまった。
「……それは他に誰が知ってる?」
「さあな、それは分からんよ。俺が来た時には周りには誰もいなかったと思うぞ。この事は妻にしか言ってないし、妻にも誰にも言うなって言ってあるし」
「はあああ。何でよりにもよってお前に知られるんだよ」
「それで認めるんだな?」
「認めるも何も、見て聞いたんだったら否定出来ないだろ? それで何が聞きたいんだ?」
「いやなに、神様が降臨されたって事は、何か悪い事が起こるのかと思ってな」
「まあ、お前だったら良いか。だけど、決して言い触らしたりするなよ?」
そう前置きして、昨日の事を話し始めた。所々しか聞こえなかった内容が、こいつの話で詳細が分かった。分かったが、こいつは言い触らすなんて出来る話じゃないぞ。
「おい、言い触らすなって言ったけど、こんなの軽々しく言える訳ないだろ!」
なんだよ、神様に選ばれたって人って。こんな事、言える訳ないだろ。商人としては友好関係を築きたいけど。もし、全員に漏れたら、どんな人で名前とか聞きに精霊殿と俺に押し寄せるだろ。それに、聖ルミターゼ神国が黙っちゃいないだろ。あの国は昔に神様が降臨した事で周りを見下してるからな。そんな国からしたら、選ばれたのが自国民じゃないってのは許せないだろうからな。いや、そうとも限らないか。
「まあ、それだけしか分からないんだったら、特定も出来ないか」
「そうなんだ。『いづれ訪れる男』とは言っても、ここには大勢訪れるし、いづれってのがいつなのかが分からん」
「でも、特定しても過度な干渉はしない様に要請されたんだろ? だったら、特定しても意味ないじゃないのか?」
「いや、そうとも限らん。その人に限らず、国に有益だと判断したら友好関係を結ぶだろ? それが『たまたま』選ばれた人でも問題ない訳だ」
「え、そりゃ……」
ありかなしかで言えば、ありだな。その人と友好関係を築くのが本当に有益だと分かっても、『選ばれた』ってのを優先して友好関係を築けなかったら、損にはならないと思うが、見逃すのは惜しいな。
「そこでだ! 我々も他国にも降臨なされたのか等調査するつもりだ。だから、お前には商人の伝手で色々と調べて欲しいのだ」
「は? いや、ちょっと待て」
「いや~、良かった。こんな事を頼めるのはお前位しかいないからな」
「ちょっと待てって言ってるだろうが!」
「なんだ? お前だってどういう人なのか興味あるだろ? それに、他の商人に先駆けて知る事が出来れば、商売に繋がるかもしれないぞ? 商人としては上手い話じゃないか?」
こいつ、俺が来なくても俺に会いに来てたな。俺から話したから良い機会だと思って、全部話したな。その上で調べろとまで言ってきやがった。俺が断れない商人ならばって理由付きで。
「そんな重要な仕事なんだから、報酬は弾めよ」
そう言って茶を飲み干して、棚に隠している酒を取り出す。慌てて止めているが、そんな事はしらん。こんな事を頼むんだ、これ位は前払いって事にしろや。
はあ、何で昨日は雨の中精霊殿まで来ちまったんだよ。知らなければ良かった様な、得した様な。今日は何も考えられん! 仕事は止めだ、ここにある酒を飲み干してやる!




