幕間 ある国での降臨
少しづつ→少しずつ (2017/7/31)
レント森の精霊殿に降臨した時を同じくして、世界各地の精霊殿にも降臨したと言う報告がなされた。
~~ある精霊殿にて~~
その日はいつもの様に精霊殿の外を掃除していました。まだ見習いですので、内部をお掃除する事が許されていないのです。
『我が子らよ』
突然、声が聞こえたので辺りを見回しても誰もいません。気のせいだと思って仕事に戻ると、同じ声が聞こえてきました。少し、いや結構驚いたのですが、声自体に対しては恐怖が沸かなかったが不思議です。私だけかと思ったら、他の見習いの子も同じ声を聞いたと言います。そこで、精霊官長様にご報告に行こうと精霊殿の扉を開けたら、目を開けられない位の光が場を満たしていました。暫らくすると光が和らいでいき、目を開けましたら、天井から人がゆっくりと降りてきたのです。
『我が子らよ』
その声を聞いた途端に、跪かないといけない気がして、入って直ぐの所で跪きました。周りを見ると、精霊長様含め全員が同じ姿勢でいました。
『我が子らよ。我に選ばれた者が誕生しました。その者は類稀なる素質を持っています。彼の者はこの世界に変革を齎すでしょう。しかし、我はこれ以上、干渉はしません。従って、そなた達にも不干渉をしてもらいたい』
「お、恐れながら申し上げます。あなた様は神様なのでしょうか」
私含め全員が同じ姿勢で、頭を上げる事すらできない状況で精霊長様がお言葉を発しました。
『いかにも。我は神の一柱です』
か、神様!? 聞いた事しかないけど、いたんだ。夢物語にしか出てこないからてっきり創作かと思ってた。
「私はここの精霊長をしております、テラと申します。失礼ながら、あなた様のお名前を伺っても宜しいでしょうか」
『ふむ。もう我は降臨するつもりはないから呼ぶ機会などないですよ。それでも良いのですか?』
「はい。例え再びこの地に降臨なされなくとも、お名前は心に刻みたいと思います」
『宜しい。奥山と言います』
「では、オクヤマ様。先ほど、あなた様に選ばれた者が生まれたと仰いました。そして、その者が世界に変改を齎す事も。しかし、不干渉をするならば、その者の名前を知らなくては干渉も不干渉も出来ないと思いますが」
『ええ、分かっています。ですが、名前を教える事は出来ません。選んだ者ですが、特別扱いを求めている訳ではありません。ですので、他の者と同様にして下さい。ただ、そう言う者が誕生したと言う情報だけ覚えておいて下さいって事です。ですが、一つ情報を与えるとしたら、その者は森人族です』
「ありがとうございます。それは命令ではなく要請と受け取って宜しいのでしょうか?」
『ええ、それで構いません。命令したところで、遵守するとは限りませんよね。それに、罰則なんてないんですから。それでは、我の伝えたい事は終わりです。では』
そう言われると、再び場を光が満たしました。光が消えると、そこにはもう神様はいませんでした。周りを見ると、跪いた体勢で呆然としていました。私なんか身体が震えて立ち上がる事さえ出来ません。でも、神様のお姿は見れなかったけど、お声は聞けて嬉しいです。家族にも自慢出来ます!
「テラ様、私はこの事を国に報告に行って参ります」
「はい、よろしくお願いします」
「他の者は、通常通りにしなさい。後、この事は無闇に漏らさない様に」
その様に指示をされて精霊官長様が退出されました。うう、折角自慢出来ると思ったのに。でも、家族位なら良いよね?
「陛下、精霊官長様が至急の謁見を求めて参っております」
「至急だと? 分かった、通せ」
精霊官長が至急の用件とは、精霊長様に何かあったか、或いは冒険者に複数契約者がいたか? いや、複数契約している者は数は少ないがいる事はいる。珍しい事ではない。となると、精霊長様に何かあったと考えるのが妥当か。もしかして、精霊長様が契約なされたとかか? ううむ、それならば至急の意味も納得するな。まあ、それはこれから来る精霊官長の言葉を聞けば判るか。
「は? 今何と申した?」
「何度でも申し上げます。神が降臨なされました」
は? 神が降臨? 精霊官長の口から出た言葉を理解出来ない。いや、理解を拒んでいる。嘘じゃないのか? いや、嘘であって欲しい。神の降臨なんて大事、いつ以来だ。
「う、嘘ではないのだな?」
「はい」
うう、少しの希望を打ち砕くような即答によって現実であると言う事が判った。
「分かった。私だけではなく主要な者を呼ぶ故、もう一度話してくれ」
「年取ったから耳が悪くなったのかの?」
「スーマもか。奇遇だな、ワシもじゃよ」
長年一緒に育ってきた、スーマとロイドが耳が悪くなったと言って、クセンの言葉を信じようとしない。と言うよりも信じられないと言った感じだな。まあ、そうなるよな。
「我には神が降臨なされたと聞こえましたが」
そんな二人の現実逃避を真っ向から否定するバフの声が響く。二人はグルッと勢い良く顔をバフに向けて睨んだ。折角、聞き間違いだと思い込もうとしていたのに否定されてはな。二人の睨みを臆することなくただ前を見据えている。そして、バフ以外もやっぱりかと言った感じで、諦めの様な受け入れる体勢になった。そんな皆の態度に一息付いて平静を取り戻そうとしている。
「それでは気を取り直して。神が降臨されたと言うのは本当なんだな?」
「はい。精霊殿にいた者全てが聞いております」
ふむ、スーマが代表して聞くか。まあ、それが妥当か。
「では、神に選ばれたと言う者は誰なんだ?」
「教えて頂けませんでした。ただ、森人族だとだけ」
「その者が世界に変革を齎すと言ったのだな?」
「はい、そうです。類稀なる素質を持っていると」
「ううむ。今の話だけで判断すると。戦乱を巻き起こすんじゃないのかの?」
「それは……分かりません。ただ、神様が戦乱を巻き起こす可能性のある者を選ぶのかと思います」
「そこなんじゃよ。定期的に降臨されて、お声を伝えて下さるのならば、ある程度の意味を推し量れる。じゃが、今回の様に突然だと、それすらも分からん。まあ、神の真意を見抜く事なんて無理な話かもしれんがの」
皆一様に難しい顔をして、唸ってしまった。神が選んだ者が戦乱を求めるのかそうでないのか、それによって国の行く末が変わるからな。
「あの私はまだ疑問が残っているので、質問宜しいでしょうか?」
そこで今まで事の成り行きを見ていたマフが声を上げる。こやつは律法長をしておるから感情に左右される事が少なく、事実を重視するからな。何か引っ掛かるところがあったのか?
「はい、私で答えられるものならば」
「では、神が選んだ者が誕生したと言いましたか? それと神はこれ以上の干渉はしない、そして我々にも干渉をするな、と。しかし、違反しても罰則はないと。後、特別扱いを求めているわけではないと。これで合ってますか?」
「はい、その様に仰っていました」
「ふむ」
それきり腕を組んで考え込んでしまった。何か分かったのか気になるではないか。
「マフよ。何か気になる事があったのか?」
「はい。私の考えが正しいとは限りませんが、それでも宜しいでしょうか」
「かまわん。今は一つでも情報が欲しいのだ」
「では。誕生と森人族と言う事から、戦乱を巻き起こすにしろ15から20年は森から出ないと思います。森によって様々ですが、大人の儀式をせずに森を出るとは考えられないからです。次に干渉に関してですが、今まで通りに、我が国に有益と判断したのならば誼を結んでも宜しいかと」
ふむ、そうか誕生と言ったのだからまだ時の猶予はあるか。子供のうちに森の外に出すとは考えられないな。
「だが、誼を結ぶのは特別扱いにならないかの?」
「いえ、ならないと思います。今までも有益になると思った者とは関係を深めてきました。それと同じ事をするだけです。逆に関係を深めない事は特別扱いしているとも取れます。それに、森人族と言うだけの情報しかないのですから、特別扱いしているかどうかは我々には分からないのですから」
う、うむ。そういう考えも出来るのか。誰なのか分からないから、特別扱いしてたとしても、惚けることが可能って事か。
「なるほどな。他に何か気付いた事はあるか?」
「はい、宜しいでしょうか?」
今度は外交長のレトリーか。この情報を他国に報せるかどうかって事だな。ワシは頷いて先を促した。
「神が降臨なされたのは我が国だけでしょうか? 他の国、いや精霊殿に探りを入れた方が宜しいかと思います。我々とは違う情報を持っている可能性もありますので」
そ、そうか。選ばれた者にばかり注目しておったが、他の場所でも降臨された可能性もあるか。ここだけの場合はこの情報を漏らすわけにはいかないな。
「分かった。では他に何かあるか?」
今度は誰も声を上げないな。まあ、今知った事だから時が経てば何か気付く事があるかもしれんしな。
「では、バフは戦乱が起きるものとして軍を整えてくれ。レトリーは他国や精霊殿、冒険者組合に探りを入れて少しでも情報を得られる様にしてくれ。ケーブは食糧の備蓄状況を確認し、少しずつ量を増やす様にしてくれ。他の者も何か気付いたら報せるのだ」
「はい」
全員が神妙な顔で了承の言葉と頷きで応えてくれた。
「はあ、何で私の時にこんな面倒な事が起こるのだ?」
ついつい愚痴を零したら全員笑ってしまった。
「しかし、王よ。逆に考えれば、予め知っていれば対策が取れると言うもの。何も起きなくても損にはなりますまい」
ふむ、マフの言う通りか。地揺れなどは予見しようがないから、知っている事で心構えは出来るか。
「それはそうと。クセンに言っておきたい事があるのだが?」
「何ですか、お父様?」
もう会議は終わりで、いつもの通りに軽い感じで会話をする。
「どうしてお前のところに神が降臨なされたのだ!? 私のところでも良いではないか!」
全員が口をあんぐりと開けて呆けている。そりゃそうだろ。王である私がこんな事を言うのだから。だが、全員気付いたのだろう。神が降臨なされたと言う喜ばしい場所に、何故自分がいないのだ、と。
「そ……そうは言われましても。私がお呼びした訳ではありません。精霊長様も知らされてない様でしたし」
「「そ、そうだ。ワシたちも呼んでくれれば良かったではないか?」」
スーマもロイドも気付いたか。
「おじ様たちまで!? そんな事言われても、身動き出来なかったんですから仕方ないですわ。私だって、お姿は見てないのですよ?」
クセンが父である私からだけでなく、二人から追求されてあたふたしている。その様子を見て全員が笑っている。うん、やはり我が国は重い雰囲気より、軽口を言い合える方が合ってるな。




