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出立

調達けど → 調達出来るけど (2017/12/10)

 弓の調整も何度かして終わり、いつでも旅に行ける準備は整った。後はいつにするかだけだな。

 

 「おはよう」

 

 「おはよう、アロ」

 

 「父さん、旅に行く準備は出来たんだけど、いつ行くのが良いとかってあるの?」

 

 「ないよ。思い立ったら直ぐ行動するのが良いよ。いつが良いかなとか悩んでると、いつでも行けるからまだ行かなくて良いかってなるよ。そして、行かなくなると」

 

 なるほど。寿命が長いから、今でなきゃならない理由がなければ、先延ばしにするだろうな。うん、じゃあナックと話し合って決めるかな。

 

 「分かった。ナックと話し合って決めるよ」

 

 「その前に朝食にしましょう」

 

 そう言って、卓にどんどんと皿を運んでくる。あ、旅に出たら自分で用意しないと駄目なのか。肉と野草だったら調達出来るけど、調理となると難しいってもんじゃないぞ。肉は良いよ、最悪焼けば食べられるから。でも、食べられるから良いってもんじゃないぞ。味が重要だな。毎回焼いただけの肉だったら飽きるぞ。味が塩だけってのも飽きる。

 

 どうしよう。獲物に狩られて死ぬんじゃなくて、食べ物で死ぬかもしれない。これは大問題だぞ。今まで調理なんてした事なかったからな。

 

 「どうしたの、そんな難しい顔して」

 

 「森を出るのが不安になってきて……主に食事の面で」

 

 「そんな事でかい? ……とは言う物の分かるな。今では温かい物が食べられるけど、旅に出ると温かい物をゆっくり食べられる事なんて少ないからな。野宿だってするし」

 

 「父さんはどうしてたの?」

 

 「んー、最初の頃は調理なんて出来なかったさ。肉は焼くだけというか、焼く事しか知らなかったな。味付けなんてもちろんなしだよ。稼いだ金は宿と装備に回すから、食事は後回しだったな。でも、温かい物を食べると元気になるんだ。だから、旅を続けるには食事も重要だと経験したね」

 

 「父さんって調理の経験あるの?」

 

 「そりゃあるさ。一人で旅してたんだからな。でも、美味いかどうかは聞くなよ」

 

 「あ、うん。じゃあどうしたの?」

 

 「そりゃ、依頼は夜には帰れる物だけにして宿で食事をしてたな」

 

 「でも、それだと町から町へ移動する間の野宿の時はどうしてたの?」

 

 「火はおこせるけど焼くだけ。保存と持ち運びが簡単な物で済ませたね。だから、組合で調理も出来る人を募集したね」

 

 「なるほど、確かに食事は重要だよね。今は実感ないけど、旅に出てから初めて温かい食事に感謝するんだろうね。因みに兄さん達は?」

 

 「さあ、冷めてしまうわよ」

 

 「ね、姉さん?」

 

 「自然の恵みに感謝して!」

 

 「(俺たちは二人だったけど、二人とも出来なくてな。悲しい想いをしたんだよ。調理出来ないなんて言えないんじゃないか? 姉として)」

 

 兄さんが小声で教えてくれた。別に姉だから出来ないと駄目なんてないのに。それだったら、父さんはどうなるんだ。

 

 「ちょっと、兄さん! アロに何を教えてるの? 今では(・・・)ちゃんと出来ます」

 

 今ではって、それって昔は出来なかったって言ってる様な。

 

 「アロ~? 何か言いたい事でもあるのかな?」

 

 「いえ! 何でもありません!」

 

 怖っ! 凄い笑顔だけど、目が笑ってない。声は優しいのに、ちっとも優しくされてる感じがしない。何て器用な事が出来るんだ。姉さんみたいに整ってる顔の人にやられると、凄みが違う。

 

 「ほら、本当に冷めちゃうわよ。早く食べましょう。ミラだって今は出来るんだから良いじゃない。それよりも、あなた達は早く番いを見付けなさい」

 

 母さんが助けてくれたと思いきや、追い討ちをかけてきた。しかも、兄さんまで飛び火してるし。

 

 「うっ、それは言わないでよ~。私も分かってるんだけどさ。でも良いじゃない、そんなに焦らなくても。私達って寿命が長いから死ぬまでには見付かるわよ」

 

 その話題を避ける様に、朝食に手を伸ばして口一杯に頬張る。まあ、兄さん達の年には既に父さん達は夫婦になってたし、兄さんも生まれてたんだよな。それに比べると遅いかもしれないけど、寿命が数千あるんだから父さん達が早すぎたんじゃないかな。

 

 「旅先で良い人はいなかったの?」

 

 ついこんな事を言ってしまった俺を、俺は許さない。

 

 「いたら今頃は子供生まれてるわよ!」

 

 何でこんな事を口走ってしまったのか。謎だ。考えるよりも先に声が出てた感じだったな。これは姉さんにとっては聞いてはいけない事なんだろう。兄さんは気にした感じじゃないし。

 

 それからは黙って食べる事だけに集中した。会話がない訳ではないけど、その話題には触れない様にした。

 

 「(気を付けなさいよね。女心を分かろうとしないと、アロも番いを見付けられないかもよ?)」

 

 キューカにまでこんな事を言われてしまった。そんな事言ったって、女なんてキュー位しか身近にいないんだから。分かろうとするなんて無理だろ。

 

 「(無理なんて思わない事よ。相手を分かろうとする事が、円滑に物事を進める第一歩よ)」

 

 「(それはキューカの経験? それとも記憶から?)」

 

 「(記憶よ。ダイスケも苦労してたみたいね。だから、アロも苦労しなさい)」

 

 はあ、旅に出る前なのにこんなにも問題が出てくるなんて。楽しい旅が、楽しくない旅になりそうだ。

 

 

 

 「ナックは準備出来てるか?」

 

 いつもの広場に集まっていきなり聞いてみた。

 

 「ま、まあ出来てるな」

 

 「じゃあ、今日これから行くか」

 

 「これから!? 急じゃないか?」

 

 「じゃあ、いつなら良いんだ?」

 

 「え? そりゃ準備が出来たらじゃないか?」

 

 「じゃあ、今だろ」

 

 「う、ううむ。ま、まあそうなんだけど」

 

 「出発する日を決めないと、ここに残りそうだし。勢いも大事だと思うぞ」

 

 「そ、そりゃそうか。じゃあ荷物持ってくるから行くか!」

 

 「そうこなくっちゃ! ところで、話は変わるが、調理って出来るか?」

 

 「出来ると思うか?」

 

 「いや、思ってない。聞いてみただけ」

 

 「それが何か関係あるのか?」

 

 「旅の最中、どうするつもりだった?」

 

 「……」

 

 「何も考えてなかったか。まあ、俺も何だけどさ。さっきの朝食で温かい飯の重要性に気付いてしまってな」

 

 言われたナックは旅に出る事で頭が一杯で、そこまで考えられなかったんだろう。まあ、初めてなんだから、そこまで考えがいかなくても不思議じゃないか。

 

 「まあ、何とかなるだろ。じゃあ荷物持ったら広場に集合な」

 

 話はそこそこに、旅立ちを決めてしまった。今の話を聞いてもキューは行くとは言わなかった。

 

 

 

 「ナックと話したんだけどさ、今から出る事にしたよ」

 

 「あら、朝言ったから決めちゃったの?」

 

 「うん。まあ、いつって決めてなかったけど、準備も出来てるし勢いも大事かなって」

 

 「なるほどね。分かったわ、保存の利く食べ物とか用意するから、ちょっと待ってね」

 

 「うん、ありがとう」

 

 自分の部屋に行って精霊樹の弓一式と剣を抱えて出て行こうとして、振り返る。何の変哲もない、ただ寝るだけの部屋。ここで寝起きしてたのは十五年位だと思う。長い様な短い様な。旅に出れば、いつ戻ってくるか分からないから、何となく寂しい気持ちが沸いてくる。

 

 「(やっぱり寂しい?)」

 

 「(んー、どうだろう。ここが家だから心地良いって言うのはあると思う。だけど、今寂しいって感じてるのは、ここには暫らく戻れないんだなって自覚したからかな。本当に寂しいって思うのは、ここじゃないどこかで寝起きする時じゃないかな)」

 

 俺の寂しいと言うか何とも言えない気持ちを察して話しかけてくれた。でも、今言った様に、本当に寂しく感じるのはこれからだと思う。

 

 「(寂しいって思うより、楽しい旅を想像して行くよ。その方が良いし)」

 

 「(そうね。いつまでも寂しいって思ってたら、帰ってきちゃいそうだしね)」

 

 想いを断ち切る様に、振り返らずに部屋をあとにする。これからは何もかも自分でやらないと駄目なんだ。しっかりしないとな。

 

 

 部屋を出て家族と広場に向かう。その間は何か寂しいのか、誰も話そうとしない。話し辛いとかではなく、何となくだ。

 

 広場まで行くと、ナック達が待っていた。今日はナックの家族も一緒だ。そういえば、ナックの家族は旅に出る事に反対はしなかったんだろうか。俺が反対されなかったから、ついナックも同じなのかなって思ってしまってた。

 

 「ごめん、待ったか?」

 

 「いや、待ってないぞ」

 

 俺達は言葉少なく、ただ頷くだけで確認をしあった。そこで俺はナックの両親に向き直った。

 

 「おじさん、おばさん、ナックが旅に出る事には反対しないんですか?」

 

 「反対なんかしないさ。ナックはもう一人の男だ。ナックが決めた事なんだから、私達親が反対する理由はないさ」

 

 「寂しくはないんですか?」

 

 「寂しいかと言われればそりゃ寂しいさ。だけど、いつかは離れていくんだ。それが早いか遅いかの違いでしかないさ。それに、立派になりに行くんだ。寂しがってばかりはいられないさ。俺たちもナックに負けない様にしないとな」

 

 そう笑って言った。だけど、目には薄っすらと涙が見えた。おばさんは何も言わないけど、やっぱり泣き笑いしてた。

 

 「ほら、そんな事、今言わなくても良いでしょ? はい、ご飯。途中で食べなさいね。多分十日は保存出来るだろうから」

 

 そう言って、ご飯が入った包みを俺たちに渡してくれた。それと何かの毛皮も合わせて。

 

 「これは?」

 

 「広げてごらん」

 

 ナックを見ると不思議そうにこっちを見てた。同時に頷いて、毛皮を広げると外套だった。

 

 「外套?」

 

 「そうよ、ここしか知らない貴方達には分からないだろうけど、寒い場所もあれば、野宿する時は夜寒くなるのよ」

 

 「「ありがとう」ございます」

 

 「他には何か気付かない?」

 

 「「?」」

 

 二人して外套を見るけど、どこか変わってる所なんて見当たらない。

 

 「特に変わってる所は見付からないけど?」

 

 「それはね、貴方達に関係する物よ」

 

 そう言われてもう一度、毛皮を調べると毛色が黒と茶だ。もしかして、

 

 「オールスの毛皮?」

 

 「そうよ。これ以上貴方達に相応しい物はないでしょ?」

 

 確かに。こいつが現れたから、旅に行こうって決めたんだしな。

 

 「ありがとうございます。ナックにまで」

 

 「いえいえ、一緒に旅をするんですから、これ位はさせて下さい」

 

 「ありがとう、大切に着るよ」

 

 荷物は増えたけど、旅には必要なものだからこれ位は問題ないな。

 

 「じゃあ、そろそろ行くよ。話し込むと夜になっちゃいそうだし」

 

 そう言って振り返らずに森の外へと続く道を歩く。ここに戻る時は立派になって、旅での思い出を楽しく話そうと心に決めて歩く。

 

 

 

 「行ってしまいましたね」

 

 「ええ、そうですね」

 

 二人の姿が見えなくなるまで、ずっと広場で立ち尽くしていた。後ろを見ると、二人とも泣いていた。こういう時の男親は泣かないんだな。いつ会えるか分からないけど、アロの樹を見れば無事が確認出来るから安心だな。

 

 旅に出ると思わぬ成長するからな。帰って来たら負けてるかもしれないな。そうならない様に、親として頑張りますか!


取り敢えず一章はここで終わります。

数話、幕間を挟みます。

ストックがなくなりましたので、少し時間を空けます。

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