特訓
今日はいつもの狩りをしないで、朝から一人で鍛錬をする予定だ。俺は二人に今日の狩りは行けない事を伝えてから、いつも行く池とは反対側に来ていた。
「(キューカ、記憶にある様な精霊術の使い方って出来る?)」
「(それって、空を飛んだり、精霊力を出してみたり、移動をもっと速くするとか?)」
「(そうそう! 一瞬で移動とかって出来ないかな?)」
「(そうねえ、わたしだけでは無理ね。他の精霊と契約すれば、出来るかも知れないけど。空は風精霊なら出来るかもね。精霊力を出すってのは、他の精霊なら出来るけど私は出来ないわね。瞬間移動ってのも無理だと思うわよ)」
「(じゃあ、物を別空間に収納するとかは出来る?)」
「(それもどうかしらねえ。別空間ってのをどうやって作り出すのか、それとも別空間がどこかにあるのか、分からないわねえ)」
「(そうかあ。旅に出るには持てる量が決まってるから、出来たら便利かなと思ったんだけどね。じゃあ、馬車で旅するのが良いのかな)」
「(わたしは他の精霊の事を良く知らないから、出来るかもしれないわね。まあ、プーマに聞くのが一番じゃないかしら?)」
「(それもそうか。それは後で聞くとして。キューカは何が出来るの?)」
「(私だけって言うと、樹の声を聞いたり、成長させたり枯れさせたり、果実や茸や野草や香草や薬草など森に自生している物を判別出来るわよ)」
「(そうか。攻撃ってよりは補助が主体なんだね)」
「(そうね。直接攻撃は出来ないけど、草や樹を操って転ばせたりすれば有利に狩れるわよ)」
「(今までは狩りで試してきたけど、今日は一つ一つ確認していこうかなって思ってるんだ)」
精霊長だったんだから、他の精霊と比べて強力なはずだ。今の時点でどれだけ強化出来るのか把握するのは重要だろう。
「(まずは握力を試してみようと思うんだけど、何か固い物ってあるか?)」
「(そうね、ポムなんかどうかしら? 掌に収まる大きさで、固さもちょうど良いと思うわ)」
「(そうだね、じゃあ探すか。確か池の周りに生ってたはずだな)」
軽く走りながら池を目指す。通り慣れた道だから迷う事なんてない。だけど、獲物をチラホラ見付けるが、今日は狩りを目的をしている訳ではないので見逃す事にする。帰りに狩れば良いだろ。
「(じゃあ、まずは俺の力だけで握り潰してみるな)」
見つけたポムを右手に持って、握り潰そうと力一杯込める。幾らやっても潰れる気配がない。熟しているから潰せそうだと思ったけど、無理な様だ。
「(自力では無理そうだから、手伝ってくれ。徐々に強くする感じでお願い)」
「(今は私が制御するけど、自分で出来る様になるのよ?)」
「(分かってるよ。じゃあお願い)」
そう言うなり徐々に右手に力が集まってくる。全身じゃなくて、右手だけに集中している様だ。ふむ、強化は試してたけど一部も出来るのか。そんな事を考えていたら、突然握り潰せた。果汁が顔にまで飛び散ってきた。掌を開けると実だけじゃなく芯まで粉々に砕け散ってた。
ああ、自分で潰したとは言え、勿体ない事したなあ。サクサクしてて甘くて美味しいんだよなあ。それにしても、どれだけ強化したんだよ。これを握り潰すって相当だぞ。
「(お願いしたから文句は言えないけどさ、どれだけ強化したの?)」
「(握り潰そうとしてたんじゃないの? どれだけと言われても、少しよ)」
「(そうだけどさ、まさか潰せるとは思わなかったんだよ)」
「(そう? でも、精霊術を使えるなら誰でも出来ると思うわよ)」
マジで? こんなに強化出来ちゃうのかよ。俺は樹だけだけど、父さん達は複数だからこれ以上なのか。うわ、そりゃ凄いよ。凄いと言うよりも怖いよ。この力が自分に向かうと思うと恐ろしいぞ。
「(一応聞くけどさ。精霊長だから強いってのもある?)」
「(そりゃあるわよ。伊達に精霊長やってなかったわよ。あ、でも。若い子ならば難しいかもね)」
「(そ、そう。で、どれだけ強化したの?)」
「(どれだけって言われても……。そうねえ、全力を百とした場合込めたのは四位かな)」
え? 今ので四!? ちょっと待てよ。幾ら精霊長だったからと言って、これは凄すぎでしょ。こんな力、制御出来るのか? 不安になってきたぞ。旅に出たら、他の精霊とも契約する事になるだろうし。そしたら、これ以上って事だろ?
「(記憶にあった基準となるものがないから、数字では表せないけど精霊術を使ったら一番になれるわよ)」
基準かあ。人を基準にすると、成長とか衰えで変わってくるから駄目だろうな。何か誰がやっても揺るがない基準を考えた方が良いのかな?
「(ダイスケの世界にあったような基準って、あった方が良いと思う?)」
「(んー、どうだろう。人と比べたがるのは、ある種の性質みたいなとこがあるから。でも、どうやって決めるのかが問題よ。それに、記憶には機械って言う感情等に左右されない物があるけど、どうするの?)」
「(精霊術でどうにか出来ない?)」
「(はあ? 出来るわけないじゃないの。そんな無理言わないでよ)」
まあ、そんな基準の事は良いから、さっさと精霊術の把握を続けますか。
うん、強化は凄まじいな。全力で足を強化したら、樹の中程の枝まで跳び乗れた。流石に天辺までは無理だったけど、中程でも俺の背の7,8倍はあると思う。速さだって風を追い越している様な感じだった。大きな岩を持ち上げた時は、自分が怪力になった様な感じで良い気持ちになった。
でも記憶にあった様な事は出来なかった。速く移動は出来るけど、一瞬で思い描いた場所への移動は無理だった。そりゃそうかって思った。そんな便利な精霊術を思い付かないはずがないよな。空を飛ぶのは無理だけど、高く跳べるから良いとして。精霊術を飛ばすのは無理だった。そりゃそうか、俺が契約してるのは樹だからな。手から樹が生えるなんてありえないか。
まあ、格好良く気合いを入れてみたのは見られたくない姿だったから良いけどさ。
成果としてはどれ位強化出来るのか大よそ把握出来た事と、森に自生している物を判別出来る事かな。嬉しい誤算は、自生している茸についている菌の判別も出来るって事だ。記憶にある食材や調味料などにも、菌が関係しているって言ってたから再現が出来るかもしれない。
「(記憶にある動物とか食材とか、こっちでも似たようなのがあるんだよな? だったら作り方とかって真似出来ないかな?)」
「(んー、難しいわね。似た物を探す事は出来るけど、作るのはどうかしらね。記憶にあるのは食べられる状態で、どうやって加工するのかは分からない物ばっかりよ)」
「(そうなんだ。ダイスケと一緒に見た記憶に香ばしい匂いのがあったから、もしかしてと思ったんだけどね)」
「(それってプレを焼いた物の事?)」
「(そうそう、それ)」
「(あれは醤油って調味料を使ってるみたいね。それはダイスケの国では一般的な調味料らしいわよ。だけど、作り方までは知らないみたいね)」
「(そうか、それは残念だな。もしかして、そういう食べた事はあるけど、作り方は分からないってのが多いって事?)」
「(そうねえ。ダイスケも専門で作ってた訳ではないしね。材料は分けるけどってのもあるわね)」
「(でも、考えようによっては材料が分かってるだけ良いって事かな)」
「(そうね。それに同じ物を作れたとしても、それが同じ物だと誰が判断するの? ダイスケはいないから、判断付かないわよ。後、作れたとしても美味しく感じないかもしれないわよ)」
「(ああ、その可能性もあったか。そうだよな、魂が同じでも好みまでは同じとは思えないしね)」
「(そうよ。同じ物を絶対に作らないといけない訳でもないんだし。記憶に関しては参考程度に思っていれば良いわよ)」
それもそうか。何でか絶対に記憶にある物を作らないといけないと、勝手に思い込んでいたな。
じゃあ狩りをして帰るか。まだまだ精霊術を使いこなしているとは言えないけど、それはこれから経験を積んで行けば良いだろう。絶対に出来ないとは限らないんだから、他の精霊と契約したら出来るかもしれないからな。
それに今までよりも速く移動出来るって事は、移動しながらの弓の練習も最初からって事だしな。まだまだやる事が一杯あるな。こんなんで旅に出たら直ぐにでも死んじゃうだろうからな。出来ない事を自分が納得する以上に出来てからじゃないと、不安だな。まあ、これこれ位慎重な方が良いかな。
「(そういえば、死んだ人を蘇らせる事は出来ないの?)」
「(そんなの出来るわけないわよ。死んだらそれでお仕舞いなのよ。一度だけの命なんだから後悔のない様にしなさいよ。貴方が死んだら、私も死んで自然に還るだけなんだからね)」
「(それじゃあ死なない様にしっかりと鍛錬しますか。前のオールスの時みたいな無力なのは嫌だからね)」
ふむ、自分一人じゃなくて父さん達に精霊術の使い方を教わるか。ついでに、旅での注意とかも聞いといた方が良いな。父さん達なら、色んな事知ってるだろうし。




