天界にて-農業-
「村下さーん、調子はどうですか手伝いましょうか?」
「あ、高木さん。もう少しで終わりますので、先に食べていてくださーい」
そう返事をすると高木さんは畦の縁に腰掛けた。。いまのやり取りでお分かりだと思うが、舐められない様にするというのは失敗した。というのも、容姿は20代前半位なのに、死亡年齢は82歳との事だ。しかも、俺の様に自殺ではなく天寿を全うしての老衰らしい。いやあ、人? は見掛けで判断しては駄目だというお手本みたいな事だね。。。
いやいやいやいや、82歳で亡くなったのに、あの容姿はあり得ないでしょう。ここでは死んだ年齢に関係なく、大体20歳前後の容姿に固定されるらしい。そんなの誰が想像できるってんだよ。年齢に似合わない容姿の人も見たことあるよ、美魔女とか言う言葉もる事だし。でもね、約60歳も若返ってしまうと若作りってレベルじゃないと思うんだ。これを想像できなかった俺を誰が責められるだろうか、いや責められない。
……いや、そもそも誰も責めないし誰が責めるんだよ。勝手に俺が勇んで挑んで精神的に自爆しただけだよ。はあ、もう諦めたけどさ。まあ、俺も鏡を見たら若くなってたから信じるしかないんだけどね。
まあ、そんなこんなで畑仕事をしているわけですよ。といっても、田植えからではなくて、収穫の時期だったので稲の刈り取りだけで済んでいるのです。俺が知っている畑の単位はアールとかヘクタールなんだけど、測量する為には長さの基準が必要なわけで。ここには、巻尺や量りもない。ましてGPSで精密測量なんてとてもじゃないが無理だ。というか、衛星を打ち上げられるのかも不明だし。とは言ってもないと不便だと言う事で、昔の単位である反を使っている。これは一年間で食べる米の量が採れる畑の面積らしい。らしいとは高木さんに教えてもらったんだけど。とは言うが、天候によっては収穫量も変動するだろうから自分の歩幅で測ってみた。すると約72歩×29歩だった。歩幅を70センチと仮定しての話だが、数字にしてみると絶望するくらいに大きい。これを文明の利器である耕運機を使えないというのが致命的だ。まあ、あっても使い方が分からないんだけどね。
社会人時代に腹回りが気になって、ダイエットと称して散歩をしていたので歩幅はある程度正確だろう。世の中、数字にしない方が良いという事だな。ま、天界も含むだけどな。
それは、そうと早く終わらせよう。高木さんが待ってるからな。
「お疲れさま。どうだった?」
「いやあ、疲れたってもんじゃないですよ。やる前に大口を叩いていた自分を殴ってやりたいですよ。完全に舐めてましたね。昔もそうですけど、農家の方って大変な思いをしてやられていたんですね」
そう言って高木さんの隣に座り……れなくて大の字になってしまった。稲刈りしかやってないのにこれだよ。何が辛いって、ずっと中腰だし、鎌なんて使ったことないから慣れてないしで。初めてづくしで疲れた、本当に疲れた。
「まあ、都会っ子じゃあ無茶だったろうな。最近じゃあ学校で、田植えや稲刈りの体験学習があるらしいけど。それはあくまでも”体験”だからな。年間を通しての農家と同じにやれってのが無理があったか。ま、取りあえずは腹ごなしに、にぎりでも食え。俺が収穫した物だけど、自分が収穫したものだと感慨もひとしおだぞ」
そう言われて、体を起こしておにぎりを食べた。何の変哲もない塩にぎりだけども、何と言えば良いのだろうか、美味い。仕事の後、取り分け稲刈りだったからだろうが美味い。変に感想を凝るよりは安直なのが良いと思う。この時ばかりは、日本人に産まれて良かったと思える瞬間だよなあ。まあ、死んでるんだけどね。そういう意味だと、海外の人も同じ感想を抱く食べ物ってあるんだろうか。ふとそんな事を考えていたら、あっという間に5個も食べてしまった。
束の間の休憩なので、お茶でも飲みながら世間話でもいようかな。
「高木さんは、ここ長いんですか?」
って、なんちゅう質問だよ。長いって事は裁きが重いんだろうしな。
「そうだなあ、ここには時計もカレンダーもないから判断しようがないけども。そうだなあ、収穫を5回したかな」
「そういえば、時計なかったか。でも、なぜ時計やカレンダーがないんですかね。家の中は想像と違ってオール電化みたいに近代化されてたじゃないですか」
そう、俺は家の中を案内されて愕然としたのだ。形はまあまあ想像通りだったけども、使い方がボタン一つで出来てしまうのだ。トイレは洋式水洗で所謂たくさんボタンがあるやつだ。五右衛門風呂かと思ったら、足が伸ばせる位に大きいユニットバスでシャワーも完備だし。流石に炊事場は想像通りだったけども、機能はシステムキッチンだったよ。家の外装と内装で時代が違い過ぎるのだ。それも和洋が入り乱れて。確かに古民家を再生すると、こんな感じになるのかなって思うけど。
「うーん、そうだなあ。時間に囚われずに伸び伸びと英気を養えって事じゃないのかな」
「じゃあ、いつ輪廻に戻るか分からないって事ですか」
「そうだねえ、あと残り何年って考えちゃうと気が滅入るでしょ。だって、ここは何もかも保障された世界なんだから。お金の心配や病気、不作などの心配もしなくて済むんだよ。それに、ここが終わっても輪廻に戻るわけじゃないみたいだよ。妻を迎えに来た奥山様が言ってたよ」
「ふーん、そうなんですかあ。お金の心配をしなくて済むのは良いですね。……ん? ちょっと待って下さい!! 妻って??」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺は老衰だったけど、妻は10年前に病気で亡くなってね。奥山様が気を利かせてくれて、一緒に過ごしてたんだ。短い期間だったけどもね。会った時は驚いたさ、指導役に会わせるって来たら妻でねえ。まさか会えるなんて思ってもみなかったし、それにお互いが若いままだろ? 新婚の頃を思い出して、楽しくやってたよ」
そう言う高木さんは嬉しそうに話してくれた。亡き妻と再会なんて、夢かイタコ位しかないだろう。まあ、イタコは現実的ではないけどな。
ん? ちょっと待てよ。亡くなった奥さんと再会したって事は……俺の場合は? もしかして、両親に再会する可能性があるって事か? ヤバイヤバイヤバイ、親よりも先に死ぬってのがそもそもが親不孝だし、その後の処理もやってもらったんだから。これは、説教どころの話じゃ済みそうもないなあ。
「ん? どうしたんだ? そんな深刻な顔して。ここは楽園だぞ、もっと陽気になろうや」
とてもじゃないけど、そんな陽気にはなれません。再会する危険性があるって分かったのだから、何か対策を……とは言っても俺に出来る事は奥山さんに頼むしかないって事だな。まあ、この際だから何で死んだかを話しておくか。
「そっかぁ、そんな事情だったか。死亡年齢を聞いた時は若すぎるって思ってたんだけど、まさか自殺とはねえ。そりゃ、両親に再会したくないわな。でもな、もし会えるなら会っておいた方がいいぞ。輪廻に戻ると親子関係なんてなくなるからな。それに、ご両親はお前さんに言いたい事、山ほどあるぞ。でもな、ここで説教された方がお前さんも気持ちよく輪廻に戻れるってもんじゃないのか?」
「っう……はい。会えたら説教されます。俺も言いたい事ありますし」
「まあ、そんな事言ってもだ。お前さんのご両親は5年や10年でポックリ逝く様な人なのか?」
「うーん、それはないですね。父は酒をよく飲みますし脂っこい物が好きなんですが、健康診断では異常ないんですよねえ。そう考えると、再会しないで済みそうです。何だか安心しちゃいました」
「まあ、健康な人でもぽっくり逝く人は簡単に逝くからな。それに自分は大丈夫でも巻き込まれるとかあるだろ。交通事故とかな」
「その可能性もあったか。確か宝くじよりも確立が高いんですよね。でも、それなら大丈夫かな。宝くじにも当たらないのに交通事故なんて起こらないですよ」
「まあ、そうか。ここでご両親の不幸話をしてたら申し訳ないな。さてと、休憩もこの位でいいだろう。とっとと今日の分を終わらせちまおう。全部終わったら、収穫祭があるからな」
「あ、他にもいたんですね。家が見当たらないからてっきりいないもんだと。でも、楽しみだな、何だか本当の田舎暮らしみたいで」
そしてお互いに立ち上がり、担当の畑に向かうのだった。