契約 弐
誤字修正 (2018/3/5)
結局、ナックも早く終わってしまった。家に戻ろうかと思ったけど、興奮しているキューに付き合って広場で話し込んでいたら戻って来た。まあ、キューみたいに落ち込んでいると言うか沈んだ雰囲気じゃなくて、興奮している様だった。何と言うか、早く試したいって感じだった。
そんな俺は精霊殿の扉の前にいる。扉を叩いて中に入る。そこは眠っていた間、ずっといた場所だけど、実質初めてみたいなものだ。
樹の中だからなのか、鉄などの調度品はなく全てが樹で出来ていた。とは言っても、生活感があるとかではない。右端に卓と椅子が五つあるだけだ。窓は幾つかあるのだが、採光用と言うよりも外を見る為か風通し用だと思う。しかし、薄暗いと言う感じはしない。それもそのはずで、上から陽が優しく差しているのだ。見上げると空洞になっていて、遠くに葉の間から空が微かに見える。そして、正面に二段高くなった所に丸く水が張ってあり、その中央に小さな樹が生えていた。
誰もいないので、不思議に思いつつ正面の樹に向かって歩き出すと、突然声が聞こえてきた。
『よく来ましたね。さあ、こちらへ』
周りを見ても誰もいない。でも、声は正面の樹から聞こえた様な気がしたので、進んでみた。
樹の正面まで来たところで、上からの陽が樹に集中して降り注ぎ、俺がいる場所は薄暗くなった。
すると、女性だと思われる人? が樹の根元から出てきた。
「待ってましたよ、アローニ」
そう言うと笑顔になる。恐らくこの人? が精霊長様なのだろう。樹の精霊に相応しく緑の髪に緑の瞳に緑の服装だった。でも、その姿は透けていて後ろの樹が見えているのだ。
「はじめまして、アローニです」
つい見惚れてしまう程の美人だったので、ぼけーっと見ていたが挨拶をしなければと思い、直立になって頭を下げて名乗った。
「ふふ、初めてではないですよ? 貴方はここで眠っていたのですから。まあ、貴方は初めてでしょうけどね」
「あ、そうでした。あの時はありがとうございました」
「いいえ、良いのですよ。それよりも、契約に来たのでしょう?」
「あ、はい。そうです。それで、何をすれば良いのですか?」
姉さんも綺麗だけど、この人? は何と言うか、良い所を全部集めた様な一種異様な綺麗さがある。そして、声も何だか母さんの様に優しくて耳心地が良い。それより何よりも、耳が尖っていてダイスケの記憶にある、えるふにそっくりだったのだ。その為に本来の目的を忘れてしまいそうになってしまった。
「何もする必要はないですよ。強いて言えば、私と話をする事ですね」
「は、はあ」
父さんに聞いていた通りだ。本当に話だけで良いんだ。
「それで、何を話せば良いのでしょうか?」
「そうですね、では生まれてから今までの事を話しましょうか」
そう言われて話そうとしたのだが、ずっと立って話すのは辛いだろうと言われて、椅子を正面に持ってきて腰を落ち着けて話し出した。
「そうでしたか、それは災難でしたね」
「いえ、今はこうして元気になりましたから。それに、魔物の怖さも知る事が出来ましたし、死ななかっただけ良しとしますよ」
生まれてからの話をして、つい最近のオールスに遭遇した所まで話をしたのだ。契約する前に大物を狩って、力を示そうとした事も話した。と言うか、生まれてからの話をするのに何で二人はあんなに早かったんだ?
「そうですね、通常の動物と魔物化したモノでは、大きさから能力まで全てが大幅に上昇しますからね。別の生き物と捉えた方が良いでしょうね。それにしても、契約前に大物を狩ろうだなんて。自分の力を誇示したいのは分かりますけど、無茶ですよ? まあ、貴方が初めてではないですけどね」
自分の力を示したいなんて、何て子供の考えなんだ。まあ、子供なんだけどさ。そうは言う物の、改めて言われると何と恥ずかしいんだろう。
「はい。何と良いますか、自分でも分からないんですけど。あの時はそうしたいって思ってしまって。それに、親ルスは狩れるだろうと勝手に思ってました」
そうだよ。何で狩れると思ってたんだ? 父さんと一緒の時だって、見てただけじゃないか。父さんが簡単に狩ってしまったから、自分たちでも工夫さえすれば狩れると思ったのかな。
「そういう思い込みはありますね。でも、親子ですね」
「え? それはどういう事ですか?」
「貴方の父親である、プーマも同じ事をしたんですよ。その時は狩れたんですけど、帰ってから凄く怒られたそうで」
何だ、父さんも同じ事をしてたのか。でも、しっかりと狩れたのは流石だな。まあ、怒られたらしいけど。もしかして、俺も狩れてたら怒られたのか? いやでも、ナックたちは狩れてないけど怒られた。と言う事は、狩ろうとした事が既に駄目だって事か。
「そうだったんですか。初めて知りました。でも、狩れて生還出来たのは流石父さんですね」
「そうですね。プーマの狩りの腕は大人と変わらなかったですからね。当時もそうですが、同じ年頃の中では群を抜いていましたからね」
複数の精霊と契約をしてから凄くなったんじゃなくて、元から凄かったのか。元から凄いのに複数と契約するなんて、満足出来なかったのか。父さんの強さの目標は一体どこなんだろうか。それにしても、父さんの子供の頃の事を聞けて、何だか嬉しいな。
「そうなんですね。じゃあ負けない様に頑張らないとな」
「そうですね。その為の契約でもあります。では、貴方は契約した後、どうするのですか?」
これが契約した後にどうするのかって言う問いか。
「旅に出て、色々な所を巡ってみたいですね」
「巡る? それは複数の精霊と契約する事を、目的としているのではないのですか?」
「んー、そうですねえ。色々な所を見て回って、森の外がどういう所なのかを知るのが目的で、契約は出来たら良いなって感じですね」
「それはまた、珍しいですね。外に出たいって言う者は契約が目的でしたのに。貴方の友人のナックもそう言ってましたよ」
「珍しいとは思います。ですが、森でも生活出来るのに外に出るのですから、森にはない物を経験してみたいのです」
それっぽい事で誤魔化せたかな? ダイスケとの約束なんて言えないからな。言っても信じてもらえるかどうか怪しいし。
「そうでしたか。でも、プーマから聞きましたが、貴方は外には興味がなさそうだって言ってましたよ?」
「そ、それは……父さんに憧れているってのもありますね。あんなに強くなる為にはどうすれば良いのかって」
「それでは先ほど言った、契約は出来たら良いなって程度ではなく、契約が目的になってませんか?」
やばい、ここまで突っ込まれるとは思わなかったから考えてなかった。どうする? 何を言えば良いんだ?
「そ、それも目的の一つだと思うのです」
「自分の事なのに、分からないのですか?」
ええ、どうすれば? 取り敢えずこの場を乗り切らないと。
「ええっと……」
駄目だ。何も出てこない。精霊長様の顔を見れない。口が渇いてきた。
「ごめんなさいね。貴方を試したのよ」
精霊長様を見ると、何だか困った様な顔をしていた。試した? もしかして、今の問いに自信を持って応えなければいけなかったのか?
「試したと言う事は、わたしは期待に応えられなかったと言う事ですか?」
「ちがうの、そうじゃないのよ」
違う? 試されたんだよな? 契約した後どうするのかって聞かれて、旅をしたいって答えた。でも、精霊長様には満足する答えではなかったみたい。でも、試したのは確か。じゃあ、何を試されたんだ?
「あの、試したと言うのは一体何についてでしょうか?」
「貴方、家族にも言えない秘密があるでしょう?」
「!!」
何で分かった? いや、適当に言っただけの可能性も。それは、ないか。もしかしたら、俺の心を読み取ったとか?
「それは……秘密の一つや二つはありますよ」
「そう。それは言うつもりはないのですか?」
「今はないですね。秘密なのですから、話さなければ気付かれないですし」
言っても信じてもらえるのか。そもそも、言う事によってどんな影響があるのか分からないから、うっかり話すわけにはいけない。
「そう。では、私が貴方の秘密を話しましょうか。貴方、別の人の記憶を宿していますね?」
今度こそ、驚いた。こんなはっきりと言い当てられるはずがない。さっきの会話から推測したのか? いや、あれだけでは辿り着かないだろ。じゃあ、最初から知っていた? 知ってて試した? 試したって事は、俺が記憶の事を話すかどうかを試したのか?
「……そ、それは」
駄目だ。こんな答えに詰まっていたら、認めている様なものじゃないか。
「わたしが何故知っているのか、それを話しましょう」
そう言って、話し出した。混乱してる状態なので、何を言っているのかさっぱりだ。言葉としてではなく、意味のない音が聞こえている様だ。




