契約
誤字修正 (2018/3/5)
今日は何だか楽しい一日になりそうだ。それもそうだ、待ちに待った精霊との契約なのだから。まあ、止められていた訳ではないのだけど。前の状態に戻そうと思って鍛えていたら、戻るどころか超えていると言うね。
「おはよう、父さん、母さん」
「おはよう、早いわね」
「ま、まあね」
「まあ、精霊と契約するんだ。期待して早起きになるのは当然だろ」
うっ、やっぱり分かるのか。そりゃそうだよな。顔が緩んでるの自分でも分かるから。
朝食を食べ、ゆっくりしている時にふと疑問に思った事があったので聞いてみる。
「それで、精霊との契約って何をすれば良いの?」
浮かれていたけど、何も知らないんだよね。そもそも精霊なんて見た事ないし、どうすれば良いのかもさっぱりだし。
「アロがずっと寝てた所あるだろ? あそこが精霊との契約の場所だよ。あそこで精霊長様と話をして適正を見て、どの位階の精霊が相応しいのか判断をして、その位階の中から精霊が選ぶんだよ」
俺が寝てた所? 精霊なんていたのか? まあ、ぼんやりとしか見えてなかったから、分からないんだけどね。
「精霊長様との話? そこで何を聞かれるの? もし適正がなかったら契約出来ないの? 精霊が選ぶってどう言う事?」
「落ち着きなさい」
父さんが苦笑いをして、諭してくる。やっと契約出来ると分かって、浮かれ過ぎていたみたいだ。体勢が前のめりになっていた。駄目だな、落ち着かなければ。
「それで、どうなの?」
「契約の場には一人で行く事になるんだ。だから、どんな話をしたのかは本人しか知らないんだ。でも、父さんの時は生まれてからの事とこれからどうしたいのかってのを聞かれたな。どこで判断するのかは分からないけど、特に力を示せだとかはないと思うよ。適正って言ったけど、森人は適正がない事なんてないよ。今までに契約出来なかった森人はいないから」
「な、なるほど」
精霊長様との一対一の話で適正が判断されるのか。どんな事を言えば良い印象を持たれるんだ? 何を判断材料にしてるのかが分からないから、対策が取れないな。今までに契約が出来なかった森人はいないみたいだから、安心して良いのかな。ん? 森人は?
「ねえ、森人が契約出来なかった事はないって言ったけど、森人以外ならあるの?」
「そうか、アロは見た事がなかったか。時々来るんだよ。まあ、この森には迷いの術が掛けられてるから、来れる人は少ないけどね。でも、皆契約出来たと思うよ。基本的には契約出来るし。ただ、害になると判断された場合や、先に契約している精霊との相性もあるから契約出来ない事もあるね」
「え? そんな人たち来てたの? 見た事なかったけど」
「まあ、頻繁に来ないから見てないのも不思議じゃないね。それに、私たちが使ってる剣とかはどうしてると思う?」
剣? ……そう言えばそうだ。集落の誰かが剣を作ってるなんて聞いた事ないな。そうか、外からだったのか。
「じゃあ、契約に来た人と外の物を交換してるの?」
「そういう場合もあるって事。その時に集落に必要な物を要求するんだよ。まあ商人と言うか、近くの村から交換をしに時々来てるよ。こっちからも行く事もあるし。アロが見てないだけでね」
「全然知らなかった」
確かにそうだな。肉は狩りで何とかなるけど、他の物が全部採れるとは限らないもんな。
「それで、精霊が選ぶってどう言う事?」
「ああ、それか。精霊長様を頂点とした位階があってね。まあ、何段階あるのかは知らないんだけどね。精霊長様がどの位階と契約するのが良いのか判断した後に、その位階の精霊が対話などで判断して決めるんだ」
精霊には位階があるけど、何段階あるのかは分からないと。契約する精霊は自分では決められないと。
「精霊と契約する時に、複数の精霊が契約したいってなったらどうなるの?」
「んー、それは分からないな。一度に複数と契約なんて聞いた事ないし。でも、同じ属性の精霊と契約する事はあるよ」
ん? 一度に複数と契約は聞いた事がない。だけど、契約する事がある!? 何、そのとんち。
「どういう事?」
「精霊が姿を持つ様になるには、数百年から千年掛かると言われているんだ。精霊が具現化したところに集落が出来るんだ、ここもそうだね。だけど、世界には人知れずに具現化している精霊もいるんだ。そこで契約する事もあると言う事さ」
なるほど、そう言う事か。旅に出るとそんな発見もあるのか。でも、そうそう未発見の場所なんてないよな。
「取敢えずは分かったよ。じゃあ、精霊殿に行ってくるね」
そう言って、二人が待っているであろう広場に向けて家を出た。
「二人とも、揃ってるな」
「遅いよアロ! 待ちくたびれたよ」
「そうだぞ、遅いぞ」
二人して遅いと文句を言ってくる。まあ、俺のせいで契約が遅くなったんだから、素直に受け入れるか。とは言っても、俺が頼んだ訳でもないんだけどな。
「悪い悪い。ちょっと契約について父さんたちに聞いてたんだよ。それに、今まで待ったんだから、これ位大した事ないだろ?」
「違うよ! これまで待ったけど、少しでも待たされるのが嫌になったの」
「それはすまん。俺のせいで待つ事になったんだもんな。俺は最後で良いから、二人からしろよ」
勝手に待っていたとは言え、俺が原因ではあるからな。先に契約する事くらい譲るさ。それに、先に契約したからと言って、良いと言う物でもないだろうし。
「まあ、私たちが勝手に待つって決めたんだから良いけどさ。じゃあ、あたしが先で良いよね?」
「俺は構わないぞ。じゃあ族長の所に行くか」
「あれ? お前達、まだ契約しとらんかったのか?」
「そうですよ、族長。オールスに遭遇してずっと眠ってましたからね。起きてからは、鈍ってる身体を鍛え直していたんです。だから、まだなんですよ」
「そ、そうだったな。目覚めたからてっきり契約してるもんだと思ってたわい。では、これから契約についての決まり事を話すとするか」
そう言い、契約についての決まり事を俺たちに話し始めた。まあ、内容は朝聞いた事の繰り返しだった。でも、精霊長様との対話については直ぐ終わる場合と、何日も掛かる場合があると聞かされた。何日もって、寝る事や食べる事もしないで、ずっと会話をするのか? それって無理じゃないか? それから俺たちは族長の所を出て、広場まで戻った。
「なあ、契約が直ぐに終わるとも限らないんだからさ、ここで待つよりも一度家に帰らないか? 終わったら報せるって事にして」
「そうだな。その方が良さそうだな。てことで、キューは行って来いよ」
「分かった、じゃあまた後で」
そう言ってキューは精霊殿の方に向かって歩き出した。その後ろ姿を眺めながら
「俺たちはどうする?」
「そうだなあ。直ぐに帰らなくても良いだろ。今日位は狩りは休みにしても」
広場にある椅子に腰掛けた。
「それで、親父さんには契約について何を聞かされたんだ?」
「族長と同じ内容だよ。ただ、契約に何日も掛かる場合があるなんてのは聞かなかったけどな。あ、でも族長が言ってなかった事も聞いたな」
「なんだ?」
「うん。一度に複数契約する事は出来ないけど、同じ属性と契約する事はあるらしいぞ」
「は?」
ナックが何言ってんだコイツって顔してる。分かるぞ、俺だってそんな顔してたと思うし。
「何を言ってるのか、分からないんだけど説明を頼む」
「精霊が姿を得るのに数百年から千年掛かるらしいんだ。精霊が姿を得た所を中心として集落が出来てるそうなんだ。でも、人知れずに姿を得るまでに成長した精霊が稀にいるらしい。そこで契約する事があるらしいぞ」
「な、なるほど。流石は旅に出て色んな事を知っているな」
「あ、それと。契約出来ない事もあるらしいぞ。相性の問題で」
「え? もしかして、契約出来ない可能性もあるってのか!? 契約出来るものだと思ってたぞ!?」
「あ、慌てるなよ。樹の精霊とは森人ならば大丈夫らしいぞ。今まで契約出来なかった人はいないみたいだし。だけど、他の精霊とは先に契約してる精霊との相性で出来ない場合もあるって事だ」
「な、なんだあ。焦らせるなよ。でも、そうか。必ず契約出来るとも限らないのか」
あ、そうか。コイツは外に出たいんだったな。強くなる為には複数と契約するのが一番だしな。
「まあ、今はそんな事よりも契約したら何したいかって事話さないか?」
「ん? んー、そうだな。まずは、どれだけの強化が出来るのかを確認して、今まで一人では狩れなかった大物を狩ってみたいな」
「あー、確かにな。まずはと言うか、ルスを仕留めたいな。そして、出会うか分からないけど、オールスにも試したいな」
ルス相手でも苦労したんだから、オールスなんてどうなるのか分からないけど。それに、どの程度の強化が可能なのか分からないしな。後は、強化以外に何が出来るのかも確認しないとな。
「あー、それはあるな。俺たちが会ったオールスは狩られたけど、もう逃げ出すなんて事をしたくないからな」
そうか、コイツも気にしてたか。まあ、獲物を前に逃げ出すなんて恥だからな。でも、魔物化したヤツは獲物じゃなくて、こっちが獲物になるから、逃げたのは恥じゃないだろうけどな。
そんな事を話してたら、キューが戻って来た。
「あれ? どうしたんだ? 迷子になったのか? 迷うような道なんてないだろ。もしかして、緊張して逃げ出してきたのか?」
「……終わった」
「「え?」」
俯いて小さな声で呟いたけど、何て言ったんだ? 小さすぎて聞こえなかったぞ。
「ごめん、小さくて聞こえなかった。もう一度頼む」
「終わったの!!」
「「は?」」
俺たち二人は口を開けて互いに見詰めあって、何と声を掛けたら良いのか迷っていた。声には出さないけど、目でお互いに会話してた。
「(お前が聞いてくれよ)」
「(いやだよ、アロが聞けよ)」
そんな無言のやり取りにイラついたのだろう、キューが話し始めた。
「……わたし緊張したのよ。扉を開けるのだって震えたんだから。それで、中に入ったら精霊長様に挨拶して、話し始めたの。でも、二言位で終わっちゃったの」
「お、おう。何と言うか早くて良かったんじゃないのか? それで、契約はどうなったんだ?」
「もう凄かったよ! 何て言ったら良いのか分からないけど、とにかく凄かった!」
暗い雰囲気だと思ったら、いきなりぱあっと明るい顔になって前のめりになって話してくる。だけど、凄いだけで全然分からないぞ。何が凄いのか、伝わってこない。
「凄いだけじゃ分からないぞ。結局、何が凄いんだ?」
ナックも同じ事を感じたんだろう。俺が言いたい事を言ってくれた。
「まあ、それはあたしが話すよりも、自分で確認した方が良いんじゃない?」
「そ、それもそうか。じゃあ行ってくるわ」
「おう、俺はここで少し待ってるよ。キューみたいに早く終わるかも知れないしな」
「分かった、じゃあ」
そう言ってナックは精霊殿の方に向かって歩き出した。心なしか小躍りしそうな歩き方だったのは気のせいじゃないと思う。




