天界にて-始まり-
「鬱になる。絶対に鬱になる。これで精神を壊されないなんてあり得ない!!」
とりあえず、旅は何とか終わったみたいだ。何が酷いって殺し方だよ、過去の俺の。よくもあんなに楽しそうに羽を千切ってたな。恐ろしすぎるわ。しかも数もそうだけど種類も多かった。殺した方法を見てから一生を送るわけだけど、見たからと言って回避できるはずもなく、いつ殺されるのかビクビクしていたよ。最初の頃は殺されない様に、色々工夫したさ。飛ぶ速さを鍛えたり、捕まえられない様に無軌道に飛んでみたり、巣に閉じこもっていたりと。でも、無駄だった。だから100を超えた辺りから、早く殺してくれって思っちゃうし。
「お疲れさまです。そんな処で寝転がってないで、早く来てください。雑事が待ってますから」
「そんな、遊園地のアトラクション乗り場の係員じゃないんですから。そんな事務的に言わないで下さいよ」
「こちらとしては、何万、何億もの生命の旅たちを手伝ってきたんです。もう何の感慨もないですよ。それよりも行きますよ」
「はあ、分かりましたよ。でも、動こうにも足が……ある。なんでだ?」
「ああ、声に出してるから気付いていると思ってました。旅たちの前に物質世界にて火葬が済めば肉体が送られてくると説明したはずですが」
「確かに説明したんでしょうが、その後の生死の繰り返しで綺麗さっぱり忘れましたよ。てか、忘れてない方が異常だと思いますけど。じゃあ確認なんですが、奥山さんなんですか?」
「ええ、そうですよ。理解できたなら、雑事が待っていますので早く行きますよ」
「あ、はい」
今、やっと姿を確認できたけど。何と言えば良いのだろうか分からないが、顔立ちはモデルの様に整っているのだが、表情が動かないのでマネキンの様にも見えてしう。服は和服のようだ。詳しくはないのだが、神主さんが着る着物の様に見える。着物って起伏があっても締め付けるから平坦になるってどこかで聞いた様な……。赤を着用してるから女性なのかな。あ、でも天界にいるって事は神の
一柱だろうから性別なんて概念ないのかな。
「何をぼーっとしているのですか、行きますよ」
奥山さんに付いて行きながら辺りを見ると、壁も床も天井も白一色で、遠近感が全く分からない場所だった。光源は見当たらないのに明るいのも謎だ。そして、そんな場所に不釣合いな、恐らく木製の片開きの扉があった。
「さあ、この扉の先に貴方の活動場所があります」
扉の裏側がどうなっているのか気になるが、奥山さんの後に出た。
扉を出ると雪国だった。
……一回こういうのをやってみたかったんだよ。実際は、田舎によくある長閑な田園風景だった。今はちょうど秋なのだろうか、稲穂が一面に見える。家はあるのだが、屋根が瓦ではなく茅葺きなのも良い。白川郷の様な合掌造りではない所が記憶にある風景と一致し、懐かしさを覚える。所々にある水車小屋も中々に味があって良い。頬に触れる風も穏やかな気持ちにさせてくれる。
「感慨に耽るのも、もういいでしょう。貴方が従事するのは、まずは農作業です。その中でも日本人の貴方ならば、従事しておいた方が良い稲からにします。ゼロからやれとは言いませんので、指導役の所に案内します。付いて来なさい」
「あ、はい」
奥山さんの後を付いて歩いて行き、気になりふと後ろを見たら出てきた扉はなくなっていた。なんとも不思議だが、天界って事で無理矢理に納得させる。そして、辺りを見ていて気付いた事がある。畑にある耕耘機などの機械類が全くなく、それどころか、地面は土でコンクリートではないし、電気を運ぶ電線や鉄塔もない。テレビドラマなどで見る江戸時代の様な印象を受ける。
一軒の家の前に足を止めた。これぞ古民家って感じで、萱葺き屋根で戸は和紙で縁側付きだ。きっと中には鉄釜、囲炉裏や五右衛門風呂があるんだろうなあ。ちょっと期待が高まってしまう。
「高木さん、いますか?」
すると、中から音がして男性が出てきた。見た目は20代前半位で、痩せ型で平均的な身長の男性だった。特徴らしいものが見当たらない純朴そうな青年だ。この人が指導役って事だけど、およそ農業をしたのは学校での課外活動位ですって言いそうだ。俺のイメージでは、腰の曲がった如何にもという老人なんだが、ここでは違うのだろうか。
「ということで、この高木さんに農業の指導を受けてください。ここでの生活なども聞くと良いでしょう。私は必要な時期にまた訪れます。では」
「あ、ちょっと待っ……て。って、もういない」
それだけ言い残して奥山さんは、姿が透明になりながら消えていった。
いや、これからの事を3人で話すんじゃないのかよ。というか、初対面の人なんだから気を遣ってくれよ。まあ、こちとら会社員だった事もあり対人関係はそれなりに出来るけど。
「まあ、立ち話もなんだから。中に入って説明するよ」
「あ、はい」
しまった、先制口撃をされてしまった。対人では先手を取るのが優位に立つ常道なのに。
ん? 優位? 何言ってんだ、ここでの生活の指導役だってなのに。でも見るからに俺よりも年下なんだよな、ここで舐められたら年上の沽券に関わる。よし、気合入れて舐められない様にしないと。