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洋上にて

 「荒れてるなあ」

 

 「同じ海なのに、コライとかとは違うな」

 

 「そうだな」

 

 暢気な会話をしてるけど、ここは洋上で船出してから二日目の昼頃だ。船は中型らしいけど、今までで一番大きい。この船には俺達を含めて三十人程乗っている。種族としてはバラバラなんだけど、海人族が多い。正確には海人族はいないんだけど、海由来の種族の事を纏めてそう言うらしい。だから、魚人族もこの中に入る。

 

 初日の朝に漁港に集合だったので、依頼書を見せて挨拶もそこそこに船出だ。船長は鯱人族の顔と身体中に切り傷だらけの如何にもって感じの人だった。他の乗組員も似た様な感じだった。

 

 そんな人達だから、荒っぽいのかと思いきやそうでもなかった。見た目は怖いんだけども話してみるとそうでもない。俺達の言葉が未熟でも気にしないでくれた。言葉よりも身振り手振りで分かり合ってる感じだ。

 

 いつもならデルが会話担当なんだけど、初日の挨拶以降使い物になってない。最初は船出に興奮してたけど、次第に波が荒くなってくると最初の俺みたいに気持ちが悪くなって寝ている。ついでにルークも。

 

 

 「ルーク達、大丈夫かな」

 

 「大丈夫だろ。心配しても仕方ない。アロはどうやって回復したんだ?」

 

 「どうって。ナックも知ってるだろうけど、一日じゃ無理だっただろ。何回も乗って慣れていくしかないだろ」

 

 「最初に乗った時に二人みたいになってたけど、大丈夫だったじゃないか」

 

 「大丈夫だった訳じゃないさ。依頼だから何とか耐えたって感じだぞ。あの時は立ってるのも辛かったんだからな」

 

 「依頼だから、か。確かにそれはあるな。依頼を請けたのに、仕事をしない所か足手まといになったら何の為の依頼だって話だよな」

 

 「そうだぞ。依頼だから辛くてもやったんだ。しかもあの時は二人だったから、休む訳にはいかないだろ」

 

 「それもそうか。じゃあ今回に限らず何回かはこうなると。俺等が二人の分まで働けば良いか」

 

 「それしかないだろ。当分、いや何回かはこんな感じだと思うぞ。今は平気だけど、俺だって慣れるのに時間が掛かったからな。これは気合とか努力でどうこうなる問題じゃないからな」

 

 「まあ、経験したアロがそう言うならそうなんだろう。じゃあ、そんな感じで。でも、何も喰ってないけど大丈夫か?」

 

 「んー、良くはないけど喰う気がしないんだよ。喰わなければ駄目だって分かってるけどな」

 

 「あー、確かにあの時アロは何も喰ってなかったな。まあ、それも合わせて慣れるのを待つしかないか」

 

 「そういう事だ」

 

 ルーク達が使い物にならなくなって一日と少し経ったかな。その間にも漁は何回かあったんだけど、俺達だけで何とかなった。いや、何とかしてるって感じかな。

 

 まあ、船長はじめ他の乗組員が何も言わない事が救いかな。最初の挨拶の時に船に乗るのは初めてと言ったから、ある程度は予想してたのかも。

 

 

 「よう、二人の調子はどうだ?」

 

 「多分、大丈夫」

 

 「無理しないで良いからな。後、何か喰えよ、吐くだろが。何も喰わないと体調が悪くなる一方だからな」

 

 「はい」

 

 「もう少しで飯だ。その後に漁に移るから準備しておけよ。じゃあな」

 

 船長のジンさんが来てルーク達の事を聞いてきた。多分。言葉は少しは分かる様になったけど、まだまだ理解出来ない。だけども、身振り手振りで大体の事は伝わったと思う。ジンさんも俺達に合わせてくれてる。

 

 デルが元気な頃にジンさんに聞いた事がある。俺達みたいに言葉が未熟な冒険者は結構いるって言ってた。だから、ジンさん達も言葉が話せなくても何も言わないそうだ。ついでに言うと、船に酔うのも大体何時もの事だそうだ。

 

 

 「おう、兄ちゃん達は元気か?」

 

 「多分、大丈夫」

 

 「そうか。辛いと言っても引き返す訳にはいかねぇからな。まあ、最初はこんなもんだと諦めるしかねぇな」

 

 「はい。何か良い事は?」

 

 「良い事? ……ああ、解決法って事か。そうだぁ、部屋で寝てばかりいないで外に出て遠くを見る事くれぇだな」

 

 「外、遠く?」

 

 「おう。それにまだ二日目だ、後三日は海の上だ。陸に上がるまで飲まず喰わずでこのままだと、持たねぇぞ。完全に克服するのは無理として、慣れる為にも無理してでも外に出るのが良い。部屋ん中にいると、気分が落ち込むばかりだからな」

 

 「はぁ」

 

 何を言ってるのか分からない。分からないけど、ルーク達の事を心配しているだろう事は何となく分かる。こんな時になってデルにどれだけ頼ってたのかが嫌でも分かってしまう。感謝と悔しい気持ちが沸いてくる。

 

 「そこまでで良いだろ。俺等だって、最初はあんなもんだったろ。……いや、俺等はもっと酷かったか」

 

 「そうですぜ、船長。俺等には厳しい親がいたから、吐きながらでも働かせられやしたぜ!」

 

 「そのお陰でこうして無事に漁が出来るんだ。悪い事ばかりではないだろ。……まあ、厳しかったのは認めるがな!」

 

 「がははは、ちげぇねぇ!」

 

 そこで船長はじめ一同笑い声を上げた。相変わらず何を言ってるのか分からないけど、明るいって事は分かる。この船に乗って感じるのは、いつも笑い声があって明るい雰囲気だと言う事だ。いや、この船だけじゃないか。今までに乗った船はどこもこんな感じだったな。釣れない時もあったのに、暗くなる事がなかった。船乗りってみんなこうなのかな。

 

 「さあ、もう少しで漁場に着く。腹ごしらえをして備えるぞ!」

 

 ジンさんの掛け声と共に食事を始める。この食堂に集まってるのは、外で警戒と操船をしている人を除いて全員だ。その全員で一斉に食事をするとなると騒々しくなる。内容はもちろん獲った魚とトルと魚と少しの野菜のスープと果物だ。あ、後はほんの少しの干し肉だ。

 

 これまでに乗った船と同じ様な食事内容だ。ただ違うのは、味付けが濃いって事だ。魚もスープも濃いからトルが進む進む。前に生魚を食べた時には味付けは塩だったけど、ここでは違う。黒とまではいかないけど、肌の色くらいの液体を付けるし、スープも似た様な色だ。色もそうだけど、独特のにおいだ。嫌な感じではない。

 

 「(それって魚醤じゃないかしら)」

 

 「(ぎょしょう? 何それ)」

 

 食事を夢中で食べてるとキューカから話し掛けられる。そう言えば話し掛けられるのも久しぶりだな。

 

 「(調味料の一種よ。ダイスケは食べた事がないから知識だけなんだけど、魚とかから作るのよ)」

 

 「(へー、そんなのがあるんだ)」

 

 「(前に醤油の事を言ったでしょ。あれは材料が豆だけど、こっちは魚だから似た様な物よ)」

 

 「(って事は作り方も分かるって事?)」

 

 「(前にも言ったけど、詳しい作り方は分からないわよ。それにここの魚醤が同じ魚醤とは限らないしね)」

 

 「(そっか。まあ、再現しないと駄目って訳じゃないしね)」

 

 「(そうよ。無理に考えないで、出来そうならで良いのよ。私も出来そうかもって思ったら言うから)」

 

 「(分かった。でも、似てるって事は焼いたらあの香ばしい匂いがするって事?)」

 

 「(それはやらないと分からないわね)」

 

 それはそうか。でも、あの香ばしい匂いは出来たら再現したいよな。あれを嗅いだら何だか食欲がそそられたし。船降りた後にでも作り方を聞いておこうかな。違うかもしれないけど、参考にはなるだろうし。

 

 

 

 「よーし、網を投げろーー!」

 

 「「おーっし!」」

 

 昼飯を喰って少しして漁場に着いたので、ジンさんの合図で一斉に網を左右に投げ込む。後は網が沈みきったら、引き揚げるだけだ。昨日もそうだけど、朝もやったから流れは分かってる。それに、これまでにも船に乗って同じ事をやったから大丈夫だ。

 

 

 「おーっし、引き揚げるぞ! 声を合わせろよ!!」

 

 「「エーイ! エーイ!」」

 

 ジンさんの合図で一斉に網を引き揚げる。これは息を合わせる為の掛け声で、言葉が未熟な俺達でもこれ位は言える。特に意味がある訳じゃないから、簡単なもんだ。

 

 

 「ゆっくりだ、ゆっくりだぞ!」

 

 大小様々な種類の魚が網一杯に獲れた。それらを船の中央にある穴に放り込んでいく。中は海水が入っていて、獲った魚を生きた状態で港まで運べる様になってる。

 

 「よーっし。こんなもんで良いだろ。そろそろ来る頃だろ」

 

 「あの、多くないですか?」

 

 「ん? ああ、これでも少ない位だ。これは持ち帰るよりもここで使っちまうんだ」

 

 「??」

 

 「少ないと言ったんだ」

 

 「デル!? お前、大丈夫なのか。ルークも」

 

 「はは、大丈夫じゃないさ。しかし、休んでばかりいられないだろ」

 

 「そう言う事です」

 

 二人が久しぶりに外に出てきた。出てきたのは良いけど、二人とも見るからに顔色が悪いし乾いた笑い声が更に酷さを増している。

 

 「で、少ないってどういう事だ?」

 

 「それは……」

 

 「おーーい! まだあるかーー!!」

 

 どうして少ないのか聞いてもらおうと思ったら、いきなり大声が掛かった。声の方に向くと船がちーさく見える。一体、どれだけの大声を出したんだか。


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