港町トゥエー 弐
「誰の助けも借りずに、か」
「難しいな。森でも釣りはしてたけど、大体が手のひらよりも少し大きいくらいだったぞ。大きくても両手を合わせたくらいだよな?」
「ああ、そんな感じだな。その大きいのだって、いつも釣れる訳じゃなかったしな」
「これは思ったよりも難しそうだな」
デルから聞かされた事を改めて口にすると難しいと感じてしまう。それはナックも同じ様だ。ナックも言ったけど、誰の助けもない状態だったら手のひら大が限界だ。
森を出てから船に乗って魚を狩った事はある。あるけどクリスタでは網で小物から中物を大量に、コライでは紐付き槍で一角鮪を大量に。
どっちにも共通するのは船で遠くに行って狩った事だ。大物って船で遠くに行かないと釣れないんじゃないか? それとも大物狙いじゃなくて小物狙いでいった方が早いかもな。
いや、そうでもないのか? 試練の内容からすると簡単ではないだろうけど、遠くに行って狩る必要がないんじゃないか。
「やる前から諦めるのではなく、まずはやってみようじゃないか。それから対策を考えれば良いさ」
「そうですよ、デルさんの言う通りですよ。まずはやってから考えましょうよ」
「そうだな。それにそんなに難しい事じゃないかもな」
「どういう事だ?」
「次の町へ行く為の試練だから、難しすぎると町に人が溢れるだろ。簡単ではないけど、船で遠くに行ってってのはないんじゃないかと思ってな」
「あー、そういう事か。まあ、それもやってみれば分かるだろ」
「そうだな。ところでさ、大物ってどれだけ狩るんだ? 一人一匹? それともグループで一匹? 後は、どうやって確認するんだ?」
「ああ、それはな……」
まずはやってみようって事で纏まった。やる前にあれこれ悩んでても仕方ないだろ。実際にやってみたら、案外簡単かもしれないんだし。難しかったら対策を考えて次に挑めば良いんだ。
で、一人だろうがグループだろうが大物は一人一匹らしい。グループを組んでいたとしてもグループでの試練はない。だから、俺達は四匹で完了する。その際はグループ内だったら、助け合いは良いらしい。後、確認方法だけど、船着場に庁舎の出張所があるらしい。だから、狩ったらその場で確認が出来る。
因みに小物は大きさとしては手のひらよりも少し大きく、種類は特に決めてはないそうだ。喰える種類だったら問題ないらしい。小物は百匹だけど、一度に狩る必要はない。狩ったら出張所で数を数えて確認する事になるらしい。
「そうそう。先ほどから大物ばかりを考えている様だが小物でも良いんだからな」
「分かってるって」
話の流れで大物を狩るつもりでいたけど、小物でも良いんだ。そこは柔軟に考えよう。
「まずはどんな依頼があるかだな。読めないから、デル」
「はいはい」
組合に戻る前にここでの拠点となる宿屋を見付けて来た。俺達が歩き回って見付けた訳じゃなくて、組合から聞いた組合にしただけだ。ティンよりは安くて四人一部屋で銀貨一枚だ。朝食だけはついてくる。昼夜は出す事も出来るけど、どこかで喰ってくれって感じだった。中はは簡素で窓があるだけ。寝るのは床で。だけど、そのまま床じゃなくて敷物が一枚あった。
「これなんてどうだ?」
「『どうだ?』って言われても何が書かれてるのか分からないから判断しようがないだろ」
壁には依頼書が結構な数、張り出されている。個人とグループで別れていて、更に位階も別れていて依頼が見付けやすい様になってる。まあ、読めないんだけどね。
周りを見ると俺達以外にも依頼書を眺めてる人が結構いる。種族も色々だ。人族もいればクローコー族もいるし、後は分からないな。ティンの町では依頼の数が少なかったってのもあって、冒険者も少なかった。
だから、何だか懐かしく感じる。この前の町では滞在する必要がないくらいに、簡単に試練が終わった。だから、これ程依頼があった訳でもないし冒険者もいなかった。
「ああ、それもそうか。試練の事も考えてまずは海の依頼にしてみた。どんな漁でどんな魚がいるのか不明だからな」
「それは賛成だな。で、何をするんだ?」
「船に乗って漁の手伝いだ」
「まあ、そりゃそうか。いきなり漁をしろと言われても困るしな。ところで、それって何日の予定だ?」
「んーっと五日だな」
「五日ですか。俺、船に乗った事ないのに、大丈夫ですかね?」
「大丈夫じゃないか? 因みにアロは初めて船に乗った時に、酔って使い物にならなかったぞ」
「おい、確かに酔ったけど依頼はちゃんとしたぞ」
使い物にならなかったとは言いすぎだろ。ったく自分が何ともなかったからって。
「あ、そう言えば私も乗った事ないな」
「え? 王族なのに乗った事ないのか?」
「そこは王族関係ないだろ。それに、港町以外で乗った事がある者の方が少ないと思うぞ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ。だからこれを機会に船に慣れておこうと思ってな」
「ふーん。でも、大丈夫か? 慣れるなら日帰りの依頼からが良いんじゃないか?」
「乗った事はないが大丈夫だろ。何も根拠はないがな」
「ルークは?」
「もう少し少ない方が安心ではありますけど、デルさんが良いならそれで」
「じゃあ、受付に行ってくる」
デルを受付に行かせてルークに向き直る。あんな言い方したって事は不安があるからだろ。それでデルの気が変わればって感じだったんだろうな。
「おい、ルーク。良かったのか?」
「良かったも悪かったも反対が俺一人だとどうにもなりませんし。覚悟はしました」
「まあ、何時かは乗る事になるからな。それが早いか遅いかの違いしかないからな」
覚悟を決めてるなら良いか。これ以上言う事はないな。それに何を言ったところでデルが依頼を請けに受付に行ったんだ。
「よし、依頼を正式に請けたぞ。明日の朝に港に行けば良いらしい」
「明日か。それまで何しようか」
「町を散策で良いだろ。腹も減ってるし。ところで、何か準備する事ってあるのか?」
「んー、特に何も書かれてないな」
「ふーん。じゃあ散策でもするか」
周りを見ると、こっちを笑いながら見ている。声が少し漏れてるけど、大体が声を抑えてる。冒険者だけじゃなくって受付にいる人達もだ。中には困った子供を見る様な顔をしてる人もいる。あれは、子供の時に母さんがよくしてた顔だ。その後に大体、良くない事があったな。
しかし、ヴァーテル語で話してた訳じゃないのに良く分かるな。何だか嫌な予感がするな。
「散策か。何しようか」
「いや、散策なんだから目的なく歩くだけで良いだろ」
「それもそうか」
「あ、でも飯は早めに喰いたいな」
「飯、か」
やっぱり港町だから魚が多いんだろうな。この先、どれだけこの町にいるか分からないけど、魚が多そうだな。だったら、肉を喰える飯屋を探す方が良いな。
「だったら、肉が良いです」
「肉か。肉は良いんだが、これまでも肉ばかりだったぞ。魚は嫌か?」
「嫌って事はないんですけど、食べ慣れてないから少し怖いというか……。それに、港町ですから魚を食べるのが当たり前だと思うので、肉料理屋を探すのも良いかなと」
「でも、明日からは船の上だから魚ばかりになると思うぞ。今から少しでも慣れる方が良いんじゃないか?」
「んー、そうですね」
「そんなに深く考える事もなかろう。両方出している食堂を探せば解決だな」
「それもそうか」
組合から出て庁舎から伸びる東の大通りを少し歩いていると、何やら香ばしい匂いが漂ってきた。これは嗅いだ事のない匂いだ。何かが焼ける匂いなんだけど、何を焼いているのか分からない。
「デル、この匂いの所にしようぜ」
「おお、奇遇だな。私もこの匂いの事が気になってたところだ」
匂いに気付いたのは俺だけじゃなかったらしく、それぞれ顔をキョロキョロさせたり鼻をスンスンしたりしていた。匂いの出所がどこなのか探していた。
「同じ港町なのにクリスタとコライではこんな匂いはしなかったな」
「そう言えばそうだな。初めて嗅ぐ匂いだな」
東の通りを更に歩いていると、ようやく匂いの元の一軒の食堂に行き当たった。外観は木で出来ていて、そこいらにある平屋と同じだ。ただ、違うのは中から騒がしい声が聞こえるのと窓から匂いが漂ってくる事だ。
「匂いって結構、遠くまで届くんですね」
「そうだな。まあ、それはそれとして早く入ろうぜ」
「そうだな。腹が減ってどうにかなりそうだぜ」
「じゃあ、入るか」
「注文はデル頼んだぞ」
「分かってるって」
何時もは愚痴の一言もあるのに、早く喰いたいのか何も言わずに戸を開けて中に入っていく。トゥエーに来て初めての飯か。どんな飯なのか、期待だな。飯が美味いとこの町に滞在するのが長くなるだろうけど、不味いとな。
さあ、ここはどっちかな。




