幕間 ティンの町並み
「やっと着きましたね」
「結構、離れてたな」
目の前には国境に一番近い町、ティンの門が見える。ここへはタルパ連山を抜けた後に、川沿いに進めば簡単に着く。簡単とは言ったけど、途中で夜になったので休む必要があったけどね。その川はブラウ湖まで続いている。ブラウ湖は海にも繋がっていて、山からの水と海からの水が混在している湖だ。
因みに川の名前はタルパとヴァーテルでは違う。タルパではワーム川でズキ川だ。しかも三本合流してからブラウ湖に流れていくんだけど、合流したらファロー川に変わる。
湖と言えばタルパのソーレ湖を思い出すが、大きさとしては比べるのも馬鹿らしくなる程に巨大らしい。国土の半分以上がブラウ湖と言えば、どれほど大きいか分かるだろう。しかも、ブラウ湖の中に王都があるらしい。湖の上にあるなんて、早く行きたい!
「つぎー」
門に近付くと、これまでと同じで町に入る人の列が出来ていた。その列は王都タルパに比べると少し少ないくらいだった。
で、俺達の番になったんだけど、まだ言葉は分からないからデルに任せる事にした。因みに穴を抜けた時にも審査を受けたんだけど、町に入るには関係ない。
「デル、出番だぞ」
「ったく、仕方ないな」
「お前達は何の目的でこの町に来たんだ?」
門の審査の人はクローコー族の男? 声が低いから男じゃないかな。クローコー族は知り合いがいる訳じゃないから、正直違いが分からない。後は、穴を抜けた時にいた人達よりは弱そうにみえる。
「私達は冒険者で旅をしています。それで水の精霊と契約する為に来ました」
「ほう、冒険者で契約か。なるほどな。分からなくもないな。じゃあ、冒険者カードを見せてくれ」
デルに言われて揃って冒険者カードを渡した。これがあると安心だ。安心って言い方は変かな。これがあればどこの誰でって説明をしなくても済むから楽だ。商人は持っている人も持っていない人も両方いる。ただ、持ってなくても別の方法があるらしい。詳しい事は商人じゃないから知らない。
「ん? デル・フォルミー?」
「はい。そうです」
「フォルミーって王族だよな? あ、失礼しました。王族の関係者でありますか?」
「現国王の息子です」
「王子様、ですか。その王子様がどうしてこちらに? 我が国へは外交としてですか?」
「いえ、違います。先ほども言いましたが冒険者として来たんです」
「冒険者? 王族がですか? それに護衛もつけていない様子ですが……」
何だ? 冒険者カードを渡してからどことなく疑いの目で見られている様に感じる。カードと俺達を交互に見ている。でも、俺達ってよりはデルかな。
「私は王族とは言っても冒険者に憧れてなった変わり者ですから。それに冒険者になったのですから護衛は必要ありません」
「……なるほど。つまりは王族の身分を隠す必要があるって事ですね。それで、身分を隠す為に冒険者になったと。そして、後ろの人達は護衛って事ですか。なるほどなるほど」
「お、おい……」
「分かりました! どうぞ!」
疑いの目から一転して、気持ちの良いくらいの笑顔になった。まあ、笑顔がどうかは判断出来ないんだけどね。声が明るくなったから、多分そうだろうなってくらいだ。しかし、この短い間に何があったんだ?
「う、うむ」
カードを返されて、入って良いと勧められる。俺達は何も問題がないんだけど、デルだけは納得いってない様な引きつった顔になってる。途中から俺達にも分かるタルパ語で会話してたけど、担当する人が単語しか分からない様でいまいち何を言ってるのか分からなかった。
中に入ると、中央に大きな建物があるのが目立つ。それ以外は特に変わった所はないかな。歩き回った訳じゃないから、気付いてないだけかも。外観だけはタルパとそう変わらない。
「ところで、さっき何を話してたんだ? カードを渡してからの対応が変だったぞ」
気になった事を聞いてみる。俺だけじゃないみたいで、ナック達も興味があるのか聞く姿勢になってる。
「いや、特に何もなかったぞ」
「いやいや、それは通用しないぞ。カードを渡したら疑いの目で見られたと思ったら、いきなり明るい声で町に入る許可が出たんだぞ。これは何かあるって思うのが普通だろ。な?」
「ええ、そうですね」
余程否定したいのか、気まずそうに顔を逸らす。
「いや、何でもないんだ。ただ、王族って事が知られただけだ」
「「「……ああ」」」
つい忘れそうになるけど、デルは王族だった。だったじゃないな、今も王族だな。しかし、この短い間に忘れる程の関係を築けたって事か。特にルークが。
「でも、それだけじゃないだろ」
「いや、まあ、そうなんだが。何と言って良いのか」
それからあの場であった事を話していく。聞いているうちに、なんだそりゃって気持ちになった。隣を見ると二人も同じだったのか、目が点になってる。
「うん。まあ、入れたんだがら良いんじゃないか?」
「まあ、そうなんだが納得出来なくてな」
「でも、これからもこうなる可能性があるって事ですよね」
ルークの何気ない一言で、今回限りじゃないかもと思い至ってしまった。
「「「「……」」」」
「そ、そんな事よりも、早いとこ宿を見付けて町中を散策しようぜ」
そう。そんな先の事を心配しても仕方ない。ここは気分を変えて町中を散策しないと。
「大きな建物はないと思ったけど、近くにいくと大きかったな。外も中も」
「ああ、だな」
俺達が入った宿は兵士に勧められた所じゃなくて、組合に紹介された所にした。前回の事もあるし、ここはしっかりと学んだ。学んで入った宿は大きかった。入り口も部屋も。
宿は高級ではなく、組合からの紹介もあって安い方から数えるのが早いくらいだ。それなのに、大きいし広い。何故か聞いたら、ここのクローコー族の一部は身体が大きいみたいだ。
今まで見てきたのは俺達とそう変わらない大きさだった。しかし、同じクローコー族と呼んではいるけど、明確な違いがあるらしい。元となるクローコーが違えば、身体のつくりが違うのは当然らしい。って宿の受付の人が説明してくれた。
とは言うものの、周りを見ても大きなクローコー族は見掛けない。俺達よりも少し大きいくらいだ。中にはバフさんの様に岩巨人みたい人もいて、そちらの方が大きかった。もっともデルからしたらそれでも大きいとは思うけど。
「俺は門の兵士しか見掛けた事がないですから、大きいと言われてもいまいち思い浮かばないですね」
「私も見た事はないな。だが、父上達が旅してた時には、大きさの違うクローコー族を見掛けた事があると聞いた事があるな」
「ふーん。まあ、この国にいればその内見掛ける事もあるだろ。それよりも散策するか」
そこからは町中を歩き回った。壁に近い外側から中央まで色々と。それでも、大きなクローコー族を見掛ける事はなかった。見掛けなくてもいるんだなって思える事が多々あった。それは、どこの建物も大きく作られてるからだ。まあ、対象がクローコー族だけとは限らないんだけどさ。
武器防具類を扱ってる商会を見に行った時は、それを強く感じた。俺達でも使えそうな物はあったんだけど、一部にはあり得ない程の大きさと重さの物があった。これもさっき言ったけど、対象はクローコー族だけとは限らないんだけども。
「何だかさ、行くとこ行くとこ必ず大きな物があるよな。それなのにその大きなクローコー族ってのも見掛けない。本当にいるのか?」
「そう言われると私としても疑問があるな。しかし、父上達は見てるしな」
「それなんだよ。こう言っちゃ何だけど、話を大きくしたんじゃないのか?」
「んー、いやそれはないだろ。宿の人も言ってたんだから、本当だろ。私達に嘘を言う必要がないんだからな」
「そっかあ」
町中を歩き回って、そろそろ腹も減る頃だと思って一つの食堂に入った。そこで、感じた事を話し合っている。ここまで見掛けないとなると幻なんじゃないかって思えてくる。だけども、デルが言った通りに宿の人が嘘を言う必要はない訳で。
「お客さん、何にする?」
「あー、注文か。ちょっと待ってくれ。何を注文する?」
「「「肉」」」
「肉料理が良いんだが、何があるのだ?」
「その感じだと初めてみたいだね。だったら、水ヴァンなんてどうだい?」
「じゃあ、それを四つ」
「へー、知ってるのかい。初めてじゃないのか?」
「いや、知ってはいるだけだ。食べた事はないんだ」
「なるほどね。じゃあこれは知ってるかい? 焼くかい? それとも生で?」
「生!? あー、すまん、焼いた物でお願いする」
「はいよ、ちょっと待ってな」
注文を聞きにきた女性にデルが俺達の希望を伝えたけど、途中で驚いた様な声がデルから聞こえた。
「なあ、今何で驚いたんだ?」
興味が沸いたからデルに聞いてみたら、凄い答えが返ってきた。
「肉を焼くか生かどっちだって」
「「「……」」」
これには四人共に驚いた。まさか、肉を生で食べるなんて。それとも生で食べるのが普通なのか? だったら、生で食べても危険はないって事だよな?
んー、ここで敢えて危険に飛び込む必要はないな。
でも、生で食べても良いと思ったのは内緒だ。
タルパ語とヴァーテル語が混ざっている箇所がありますが、同じ括弧書きにしました。
書いてる方もややこしくなったので。
もう一つくらい幕間を書くかもしれません。




