闘技場 個人戦 参
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体制 → 体勢 (2018/7/13)
個人戦は順調に進んでいき、四組に別れていた試合は全て終わった。
一日十試合と聞いてたけど、実際は初日に十六試合した。この数になったのは、一回戦を全て終わらせる為だった。その後は勝ち残る人も減っていくから、一日の試合数も同じ様に減るんだけどね。
だから、一日に何試合も戦うって事はなかった。戦ったら、次に戦う人を観察するとかで時間を使った。
そんな訳で、勝者はこんな感じになった。
一組目:俺
二組目:ナック
三組目:シルヴァ・クーダ
四組目:ユッピー・ユン
ルークとデルは負けてしまったけど、俺とナックは何とか勝ち残った。最初は大勢の人に見られるのが初めてだから緊張したけど、少しの余裕を残して勝ち残った。ボウさん達に比べれば、弱いとは言わないけど……楽だった。それはナックも同じだったらしい。
三組目の勝者はこの町の兵士だ。しかも二番目に強いらしい。一番は当然? ズワルトさんだ。この人とも戦った事はあるんだけど、二番目だとは知らなかった。誰も教えてくれないから当然だな。
四組目がユンさんだ。この組は凄かった。主役はボウさん達四人だった。仲間で潰しあうのは酷いとは思ったけど、本人達は楽しそうだった。いや、楽しそうじゃなく誰が強いのか分からせるとか言ってたっけ。
それでもかわいそうなのはボウさんだった。組合せが良くなく、全員と戦った。それで、最後にユンさんと戦って負けてしまった。
「それでは勝ち残った勝者を紹介します!」
今までは戦士と審判のみだったけど、これからは違う様だ。観客を盛り上げる為なのか、審判とは違う人が戦士を紹介をするみたいだ。みたいだって、自分の事じゃない言い方だけど実際そうだから仕方ない。しかも、どんな方法なのか全く分からないけど、声が大きい。控え室にいるのに、聞こえてくる。一体どれだけの大声なんだ?
『多分、風の精霊術を使ってるのでは?』
『風の精霊術、か。それって出来るの?』
『んー、確かな事は言えないけど出来るんじゃない?』
『ふーん』
『何その雑な返事は』
『いや、だって確かな事じゃないんでしょ?』
『そうなんだけどさ。ダイスケの世界には声を大きくする物があったのよ。それに、読んでた書物にこういう事が出来るのは風の精霊って決まりがあったのよ。まあ、精霊がいないから想像なんだけどさ』
そうか、風の精霊術だったら出来るかもしれないのか。声を大きくする時って今後あるのかな?
「一組目の勝者、冒険者のアローニ・パラマ・レント!!」
観客からの歓声と共に控え室から中央の石舞台へ走って出て行く。呼ばれて石舞台に到着すると、次々に大声で呼び出される。
その中で兵士のクーダさんとユンさんへの歓声が一際大きかった。この町の兵士のクーダさんが人気があるのは分かる。分かるけど、ユンさんはどうして? それだけこの町に密着してるって事か?
「この四名の勝者に改めて盛大な拍手を!」
四人が石舞台に揃った時に再度、観客から歓声が沸きあがった。周りを見ると観客が一回戦に比べて増えている。いや、回を越す毎に増えているんだろ。どこかにエバさんもいるんだろうか。
そう言えば、ルーク達も観客席にいるんだったな。これだけいるから、どこにいるのか分からないな。
そんなどうでも良い事を考えてたら、今後の事を説明しはじめた。
「それではこれからの予定を説明します! ます一組目と二組目の勝者同士で戦い、三組目と四組目の勝者同士で戦います。そして明日、その勝者同士で戦い最後の勝者を決めます!」
「あ、そうなんだ」
「『そうなんだ』って説明をさっきしましたよね?」
「すいません」
つい、ポロッと言葉が出てしまった。しかも、聞かれてしまった。それを観客に聞こえる様に言うなんて。忘れたなんてとてもじゃないけど、言えない。
「説明を忘れるほど緊張してるって事かな?」
「えー、あ、はい」
そういう事にしておこう。その方が良いな。
「それでは、アローニさんとナックさんはここに残って下さい。他の二名は控え室に戻って下さい。戦いを見るも良いですし、見ないのも良いです」
その説明があると、ユンさん達は控え室の方へと戻っていく。俺とは違って、慣れてるんだな。何の疑問もなく従うなんて。
あ、慣れてるとは違うか。前にも出た事があるのか。
「それでは、これよりアローニさんとナックさんの一戦を開始します! 遅れましたが、これからの進行と戦いの推移をお伝えします、イディー・ツキです」
気付いたら、石舞台には俺とナックの二人だけ。ユンさん達は控え室に戻ったし、イディーさんはいつの間にか石舞台の脇に移動している。
「それでは、はじめ!」
イディーさんから開始の掛け声がかかる。だが、動かない。俺もナックも。動けないんじゃない、動かないんだ。
「いつ振りだろうな」
「さあな。森を出る前じゃないか?」
「そんなに前か」
「ああ、そんなに前だ」
「そうか、今回も勝たせてもらうな」
「何を言ってるんだ。それは俺が言う事だ。手加減なんてしたら、許さないからな」
「それは俺も同じだ」
お互いにニヤッとして、構える。俺は弓、ナックは大剣。何度も鍛錬をした。お互いの間合いも分かっている。俺は遠距離、ナックは近距離。どちらが、相手の間合いに踏み込むかが勝負の分かれ目になるだろう。
「両者構えたまま、動きません。一体、どんな戦いになるのでしょうか!? 因みに、二人はレントの森から出てきた幼馴染だそうです」
イディーさんの声が気になってしまう。駄目だ、これじゃあ。ナックに集中しないと。楽して勝てる相手じゃないだろ。
「おーっと? ナックさんが一直線にアローニさんに向かって走り出した! ナックさんの武器は大剣ですから、近付かなければ意味がないですからね。対するアローニさんは弓ですから、近付けたくないですね。さあ、どうするんでしょうか!?」
大剣だから、近付かないと意味ないのは分かる。分かるけど、意味なく突進するわけないよな。
なるほど、そうきたか。
「走り出したと思ったら、急に速くなりました! これは精霊術で身体強化をしているのでしょう。対するアローニさんは円を描くように後退しつつ、射掛けています!」
動きながら射るのは、特訓したから大丈夫だ。大丈夫だけど、あの大きな大剣で受け止められてるな。
まあ、これで勝負が決まるとは思ってないけどさ。少しは動きが鈍るとかないのか? ったく、やってらんないね。
「アロ! これだけか?」
「そんな訳ないだろ! これからだ!」
「安心した!」
そう言うや、また俺を直線的に狙ってくる。何が狙いなんだ? 身体強化したって、俺も身体強化すれば追いつくのは難しいぞ。
逃げる俺、追うナック。攻撃らしい攻撃は俺が射掛けただけで、ナックは防御しかしてない。これじゃあ勝負はつかないな。どうしようか。
「っ!!」
そうきたか。
「あーっと、どうしたんでしょうか!? 逃げているアローニさんが体勢を崩しました!」
「もらったぁ!」
「やらせっ!!」
な、なんだ!? 後ろ?
「アローニさん、後ろの壁に気付かずに勢いよくぶつかり倒れてしまった! そこへナックさんの大剣が振り下ろされる!」
「っく」
この! こんな、事、で、負けてたまるか!
「はぁはぁ。よくもやってくれたな」
「ったく、これでも駄目かよ」
「倒れたアローニさんに何度も振り下ろされましたが、身を捩りながら避けて何とか逃げ出しました! ナックさんとしては今ので決めたかったでしょうね。対するアローニさんはどうするのでしょうか!?」
ふう。危ない。なんて事をしてくれたんだ。身体強化で追ってるだけだと思わせて、こんな事を仕掛けるなんてな。だけど、これで決められなかったのは痛いよな。逆に精神的には俺が有利になったかな。
それに後ろに壁って。直線的に追ってきたから、俺も咄嗟に真後ろに逃げようとしたけど、読まれていたって事か。
「あの手が駄目だとなると……。アロは攻撃してこないのか?」
「さて、どの手でいこうかな」
ま、何も浮かんでないんだけどさ。
「よし、これでいくか!」
勝負はこれからだ!
「参った」
「おーっと、ここでナックさんの敗北宣言! という事は、勝者はアローニ・パラマ・レントさん!!」
勝者が俺だと宣言されると観客から歓声が鳴り響いた。今まではナックに集中してたけど、終わったら急に聞こえ出した。
「いやー、今のは面白かったですね! 最初はナックさんが体勢を崩させて倒したのは良かったです。ですが、あそこで決めきれなかったのは痛いですね。おそらく、体勢を崩したのは地属性の精霊術を使って足場の石舞台を砂に変えたんですね。しかもそれで終わりではなく、後ろに壁を作る二段構えだったんですね」
「ったく、あれでやられてろよな」
「そんなわけにいくか」
「対するアローニさんは武器を弓から剣に変えて、ナックさんを追うかたちになりました。最初とは立場が逆ですね。そこでナックさんは追いつかれまいと逃げますが、急にアローニさんが速くなった為にナックさんも合わせます。ですが、今度はナックさんの後ろに大きな壁ができ、ぶつかると思ったらナックさんは壁に呑み込まれてしまいました! そして、ナックさんは手足が動けない様に壁にはりつけられて、アローニさんからの弓で射掛けられて敗北宣言をしたって訳ですね!」
おおっと歓声が再度鳴り響く。自分の戦いを詳しく説明されるのって、こんなにも恥ずかしいものなのか。しかも、大声で全員に聞こえる様に言うなんて。
隣を見るとナックは複雑な顔だ。あれは多分、負けたのに戦法をばらされる恥ずかしさかな?
「いやー、見ごたえがありました。二人とも見事な精霊術を使っていましたね。動きながらの精霊術は難しいんです。しかも、アローニさんはナックさんに比べると大きく、石舞台を三回変化させてましたからね。厳しい鍛錬を積んだのでしょう。もう一度、戦った二人に盛大に讃えましょう!!」
わあっと再度、歓声が鳴り響く。俺もナックもどうして良いのか分からず、控え室に向かって走り出した。
逃げたんじゃないぞ。決して、逃げたんじゃないからな?
『誰に言ってるのよ』
呆れた声が頭に響くが、無視だ。
勝てて良かったぁ。




