闘技場 個人戦 弐
今回は主人公視点ではありません。
「はじめ!」
こうやって石舞台の上に立つと、戦うのは目の前の一人だと分かってるのに、周りの雰囲気は凄いな。こんな大勢に観られながら戦うなんて。しかも、他の石舞台でも戦ってる。そっちからも戦いの音が聞こえてくる。集中出来そうにないけど、するしかないな。
相対している兵士は、この国で一番多いクローコー族だ。男か女かは分からない。クローコー族だけに限らないけど、分かりづらい。持っている武器も一番多い、俺と同じ槍だ。
だけど、違う点がある。それは種族としての特性と体格だ。農家の息子として生活していた頃よりは大分成長したと思うんだけど、やっぱり種族の壁は大きい。目の前の兵士は俺の二倍はあるだろう。あんな大きな拳や尻尾で殴られたら、痛いで済まないだろうな。
「どうした? かかってこないのか?」
「……」
相手を観察してると、何事か話し掛けてきた。まだ言葉が分からない俺には何を言ってるのかさっぱりだ。観察してて動きがないから、焦れたのかな。だとしても、動けない。まだどうやって攻略していいのか、決まってないからだ。
槍使いはデューイさんと兵士たちで慣れている……はず。それでもこの人は初めてだ。兵士の数からすると、出場している兵士は強いって事だろう。だから、どうしても慎重になっちゃう。
「すー、はー」
よく観察するんだ。俺が勝ってる部分は何だ? 背も体重も俺よりは大きい。槍の長さは同じ位かな。でも、腕が長いな。それだと腕の長さで負けるな。速さはどうだ? あの大きさと足の短さだと俺よりは遅いんじゃないかな。力も負けてるだろう。槍の技術は……負けてるだろうな。
じゃあ、俺がやるのは速さで勝負だな。
「よし!」
気合を入れなおして、相手の動きを探る様にぐるぐると回る。最初はゆっくり、徐々に速く。こっちの動きに戸惑ってるのか何でもないのか分からない。正面を向いたまま動いてない。
「ふむ。こう来たか。速さで勝負とは中々分かってるじゃないか。しかし!」
「っ!!」
丁度、真後ろに回り込んだ時に、それまでのが嘘の様に素早い動きで俺との距離と詰めてきた。槍を構えないで体当たりで、だ。
咄嗟に横っ飛びして、体当たりをやり過ごして距離をとって体勢と息を整える。あんなに素早い動きが出来るなんて、完全に予想外だ。デューイさんや戦った兵士にこんな動きはしてなかった。この動きを見せる相手じゃなかったのか、それともこの動きが出来る数少ない人なのか。
後者だったら、まずいな。勝てると思い込んでた部分でも勝てそうにないかもな。
「ほう。今のを避けたか。中々やるようだな」
何か言ってるけど、相変わらず分からない。分からないけど、顔が怖いよ。しかも、笑ってる様だ。笑う要素なんてなかっただろ。てことは、戦いが好きな人って事だな。まいったな、こんな人と戦わないといけないなんてな。
「では、これはどうだ?」
「っく」
今度は槍の連続攻撃がくる。突きからの払いや、払いからの突き。突きも一箇所だけじゃなく何箇所も狙うから、凌ぐだけで手一杯だ。
「どうした? 守ってばかりでは勝てないぞ」
『何言ってるか分からないな!』
攻撃されっぱなしで負けるのは余りにも情けない。勝てないかもしれないけど、何もしないでは負けたくない!
いや、そんな気持ちでどうするんだ!? 勝つんだろ! 勝ってデルさんやナックさんと戦うんだろ!? ここで弱気になってどうするんだ! 今までの事を全部ぶつける気でいくぞ!
それからは俺も攻撃を始めた。槍の先生からの指導を思い出したり、最近の対人戦での経験を活かして攻撃に転じた。
それこそ、次の事は考えないで最後のつもりで戦った。
「お疲れさん」
「……負けちゃいました」
「慰めにはならないと思うけど、良い試合だったと思うぞ」
「はあ、そうですか」
確かに慰めにはならない。良い試合だったとしても負けは負けだ。これが命のやり取りだったら俺は死んでいる。その場合は精霊術や戦わないって手段もあり得るけど、それは向こうも同じだ。
槍の使い方も身体の使い方も負けていた。俺の攻撃は避けられ流され、向こうの攻撃は避けられてもかすり傷をつけられたり、受け止めたりで攻撃方法も防御方法も負けていた。一体どれだけの差があるのか分からない。
「戦う前にあれだけ言ってたのに、負けちゃうなんて……」
「まあ、今はデルの試合を見ようじゃないか」
「そう……ですね」
俺は負けたけど、デルさんには勝ち進んで欲しい。
「はじめ!」
私の相手もクローコー族か。体格は私の負けだな。……いや、大体の種族は私よりも大きいだろう。武器は両手に剣で、防御は前面に少しの革装備と一部に鉄か。防御は気にしないで攻撃あるのみって感じか。私とは対照的だな。
ルークが負けてしまったからではないが、これは負けられないな。
「さっきのはお仲間だったんだって? 仲間だったら、負けられないね」
「仲間だ。仲間だが、それとこれとは話が別だ。勝つ事には変わりはない」
この話し方からすると女性か。何とも好戦的なんだな。
「ふん。可愛くないね」
「可愛がってもらおうとは思ってない」
「……可愛くないね。でも、そんな坊やを可愛がってやろうかね!」
それが合図になったのか、両手の剣を振り回しながら走ってきた。雑に振り回している様に見えて、結構考えられてるな。私からだと隙がない様に思える。その姿は回転も加えつつ振り回しているので、舞っている様にも見えてしまう。
思わず見惚れてしまう。しかし、それが目の前に迫ってるとなると話は別だ。幾ら見惚れてしまう程のものでも、今は戦いに集中しなければ。
「ほらほら! 守ってばかりじゃ勝てないよ!」
「くっ」
これは守るしかないだろ。両手の剣から繰り出されるから、左右だけじゃなく上下からも来る。しかも、一撃一撃が重い。体格の差があるのだろうが、これはキツイ。何とか凌がなければ。
「あんた、中々やるね」
「貴女もね」
最初の勢いのまま何度も斬りつけ叩きつけ、暫く耐えていると一度距離を取って話し掛けてきた。だが、そう強がって応えるしか出来ない。本当は凌いだだけで、凄いと思っている。致命傷にならない様にしてただけで、かすり傷なんて何箇所も出来てるだろう。
観客の声が鳴り響いているが、私達じゃないだろ。他の試合の事だろうな。
「あんた、アッチャ族だろ? やりにくいったりゃありゃしないよ」
「それはどうも。私も貴女みたいな攻撃的は人は苦手ですね」
「そう言いつつ、しっかりと致命傷を避けてるじゃないか」
「これでも攻撃よりも防御を重視してるのでね」
「そうだろうね。攻撃的なアッチャ族なんて少ないだろうね。でもね!」
それがまた合図となって、また攻撃を仕掛けてきた。しかも、さっきのが準備だとでも言うかの如く苛烈になって襲ってくる。
「いっ! くっ」
「それは攻略方法も確立されてるって事なんだよ!」
「そっ! れは! こちらも同じだ!」
こう攻勢を防御だけで凌ぐのは無理だ。ここは攻撃もしないと。攻撃をしなければ勝ちはないんだ。
それからはかすり傷は敢えて無視して、攻撃も果敢にした……つもりだ。こんなに手数が多い人は今までいなかった。一撃の重さはバフの方があるが、それはなんの慰めにもならない。
私の方が小さい事を活かして体当たりをして、距離を詰めて攻撃をしたりもした。相手の間合いではなく、私の間合いにしたかったからだ。しかし、相手もそれは分かってた様で距離を詰めさせてもらえない。盾を持っていないのに、剣を巧みに使って私の攻撃を受け流していく。
「それまで!」
「あんた、中々やるじゃないか」
「はぁはぁ。それはどうも」
そう応えるのが精一杯だ。致命傷は避けられたが、かすり傷は数え切れないだろう。
「そう言えば、あたしとは手合わせしてなかったね。暇があれば来な。鍛えてやるからさ」
「そ、それは……お願いします」
「負けてしまった」
「ま、まあ、体格の差もあるし仕方ない部分もあるんじゃないか?」
「いや……そう、だな」
体格で劣る事を理由に負けたとは言いたくないし、言える筈がない。
もしその様な事を言えば、国の為に戦って亡くなった者達を冒涜する事になる。彼等は体格で負けてるからと言って、戦わない選択をしなかった。それは正しいと思うし、それがあったから国が残ってるんだ。これは国民だったら、いや王族だからこそ強く思うのかもしれない。しかし、この思いは決して忘れてはならないものだ。
いつか私も国に戻った時に、国の為に国民の為に何かを返さないとな。




