闘技場 はじまらない
脱字修正(2018/7/10)
「やっとこの日が来たな」
「そうだな。やっとだな。短い様で長かった」
ナックの言う通りだ。長かった様で短い。そして、中身の濃い日々だった。そんな思いがあるからこそ、こんな事を思うのだろうな。
見上げる闘技場は威容で装飾も重厚だ。俺達はやっとだ、と思う一方で周りの雰囲気はは違って、賑やかで溢れている。その人達の大半は町の人だだ。この闘技場での戦いは町の人達にとっては娯楽の一つみたいだ。
兵士達とズワルトさんとの戦いが終わった後は、狩りに出掛けた。出掛けたけど、驚いた。兵士の強さってよりは連携の上手さや精霊術の使い方だ。驚いてて最初は動けなかった。動けないってのは獲物が怖いからじゃなくて、連携や精霊術の使い方を観察してだ。
最初は驚いたけど、それに触発されて俺達も頑張った。対人戦の時よりは連携は出来てたと思うし、何より久しぶりの狩りで嬉しくていつも以上に張り切った。それを見た兵士達が更に勢いづいて狩って、俺達もそれに乗せられて、と。
まあ、一番凄かったのはズワルトさんだな。あの人に連携って言葉はないんだと思う。一人で暴れまわってたから。しかも、兵士達より狩る速度が上だったのが恐ろしい。
そんな訳で、初めて狩りに出掛けた日から、ほぼ毎日ボウさん達と兵士達と鍛錬をした。もちろん、ズワルトさんも一緒だ。そんな忙しい? 日々を過ごしていたら、遂に闘技場で戦う日になった。
「ここにいても仕方ない。早く中に入って受付しようぜ」
「何だか呆気なかったな」
「受付だからな」
いざ! と思って闘技場に入って受付に行ったら、何とも呆気なく終わった。もう幾度も繰り返してきたからなのか、あっさりとしたものだった。出場戦士として登録しただけだ。受付は闘技場に入って直ぐ右側に戦士登録、左側に観客募集があった。戦士側は早くに行ったのもあるんだろうけど少なく、しかし観客側は多かった。
呆気なく終わった受付を後にして、自然と組合へと足が向く。
「戦う相手って誰なんですかね」
「一回戦は兵士と決まっている。そう聞かなかったのか?」
「あー、そうでしたか。緊張しちゃって忘れちゃいました」
戦士に登録する人は大体が冒険者で、しかもこの国生まれじゃない人もいる。だから、タロス語でも対応してた。何だけど、ヴァーテル語と同じで、勉強中だ。しかし、ここはタルパに一番近い町なので、タルパ語で対応してくれた。
ありがたいことだ。
「まあ、分からないでもないがな」
「それで、参加人数って何人なんだ?」
「さあ? まだ募集期間だからな。それが終わったら、もう一度来て、参加人数が分かるらしい」
「何だか面倒だな」
「でも、これをしないと次の町に行けないんだ。面倒でもやるしかないだろ」
「まあ、そうなんだけどな」
「それに、募集期間も今日と明日だけなんだ。そんなに面倒でもないだろ」
そう。出場するという意思を伝えただけで、誰と戦うのかとか詳しい事は決まってない。決まってないけど、決まったからといって何をするでもないんだけどね。
「いつ戦うって言ってた?」
「覚えてないのか? 最初の戦いは三日後だ」
「三日後か」
さっき説明された事を忘れたのは流すとして。三日か。それまで何しようか……。特に何かを準備する事もないか。
「ん? 最初?」
「おい、それも忘れたとか言わないよな?」
「「「……」」」
「……はあ。さっきの説明はタルパ語だったんだぞ。こんなに早く忘れるなんてないだろうから、最初から聞いてなかったんだろ」
「……ばれた?」
「ばれた? じゃないだろ! 私が聞いていたから良い様なものの、私も聞いてなかったらどうするつもりだったんだ!?」
「それは……もう一度聞きに行く?」
「何で疑問なんだよ。もう一度説明するから、しっかりと覚えろよ」
それからは組合へ着くまではデルからの説明は続いた。
何人参加するか分からないから、自分が戦う日は決まってないそうだ。とは言っても大体、十日で終わるそうだ。参加人数と試合時間にも関係するけど、一日十試合を予定しているらしい。そこから、勝ち上がった同士で戦い、最後の一人になるまで続けるらしい。
これは個人の場合でグループの場合はまた別の決まりがあるらしい。個人とグループの両方の登録はしたけど、ここでは個人の説明だけで良いだろう。
っと、もう組合か。
『まったく、忘れてなんかないのに。デルを余り苛めないでよね』
『苛めてなんかないよ』
『では、本当に忘れたと言うの?』
『……』
『”本当に”忘れたのね?』
『……少しふざけたつもりでした』
『はぁ。まあ、今回は仲間内の悪ふざけですから、これ以上は言いませんけどね』
ほっ。危ねえ。テラにこんなに言われるなんて。やっぱり、王族ってのが関係してるのか? それとも、テラを奉る国の生まれだからか?
まあ、何にしても余りって事は少しは苛めても良いって事だよな。そんなつもりは……。
『さっきは”余り”と言いましたが、積極的に苛めても良いとは言ってませんからね』
っぐ。念を押されたか。まあ、積極的にいつも苛めてる訳じゃないから、少し位は、ねえ。
「ほえー。お前さん達、闘技場に出るのか」
「ええ。先ほど、登録をしてきました」
「そうか。もうそんな日が近付いてたのか」
組合に行ったは良いけど狩りの依頼はなくて、こうしてエバさんの畑の手入れをしている。ボウさん達やズワルトさん達と出会ってからは、毎日対人戦や狩りをしてたから、久しぶりにこういう依頼も良いもんだ。休むって意味でもね。
「ならば久しぶりに観に行こうかの」
「観た事があるのですか?」
「そりゃそうじゃ。これでも若い頃は出た時もあったのじゃぞ」
「そうなんですか!?」
「この国に生まれたなら、一度は出てみたいと思うものよ。それに、そこで妻とも出会えたしな」
「へー、そうだったんですか」
「だから、お前さん達も活躍すれば、名と顔が知られて女が大挙してくるぞ」
「い、いや。活躍なんて……」
「今からそんな事を言っておると、駄目じゃぞ。何しろこの闘技場での戦いの時は、兵士連中の気合が違うからな。気になる女がいるヤツは良い所を見せようとするじゃろうしな。それで夫婦になる者が多いんじゃ」
「なるほど」
「それだけじゃないぞ……」
畑の手入れが終わったら、前と同じ様に茶を飲みながら話し込んでいた。主にデルだけど。何だか、エバさんの話し方に熱がこもってる。
早く、言葉を覚えないとな。
「で、さっき何て言ってたんだ?」
「ん? エバさんも出た事があって、その時に奥さんと出会ったらしい」
「へー、エバさんがねえ」
「私もそこは驚いた。後は、活躍すれば女性が大挙するだろうし、兵士として仕官出来るかもだと」
「そんな事があるのか。ただ単に、次の町へ行く許可を得る為だけじゃないんだな」
「そうだな。但し、活躍したらだぞ? 活躍しなかったら、ないんだからな? 分かってるよな?」
「分かってるって。絶対に勝ち上がるなんて言えないけど、自信がない訳じゃない」
「それなら良いがな」
今までだったら、絶対に勝つって言えただろう。でも、ボウさん達と出会ってから、それが揺らぎ始めた。完全に崩壊とまでは言わないけど、ね。
「でも、そうか。勝ち上がると仲間同士で戦う事もあるのか」
「あ」
ナックがぽつりと零した言葉にルークが反応する。そうか一回戦って終わりってわけじゃないんだった。
「なに間抜けな声出してるんだよ」
「いえ、勝ち進んだら戦うのかと思っちゃって」
「ほー、自信満々だな」
「そうじゃないですよ。ただ、その可能性があるんだなって」
「まあ、その時はその時だ。もちろん、手加減するなよ? 俺も容赦しないからな」
「わ、分かってますって」
ナックが念押しで言うとルークが威勢よく返事をする。手加減をされたと分かったら、俺だったら許せないな。仲間として認めないだろう。もちろん、グループから外すけどな。
「その可能性もいいが、最初に戦う兵士の事を忘れるなよ。私達と戦う事ばかり気にして、一回戦で負けたら情けないを通り越して……凄い情けないぞ」
「「「……え?」」」
「……」
「そこで黙るでない! 私だってもっと格好いい言葉を言おうとしたが、思い付かなかったんだ!」
「「「ぷっ」」」
「笑うなー! お前達、笑った事を覚えてろよ? 戦う事になったら手加減などしないし、容赦なく叩きのめすからな!」
「ほほう、それは望むところだ」
「次のかたー」
闘技場の受付で次々に名前を呼ばれていく。今日は募集期間が終わって、兵士を除く登録者が集まっている。何人いるか分からないけど、ボウさん達を見つけた。あっちも気付いた様で、気軽に手を挙げてくる。俺も手を挙げて応える。出来れば最初の方で当たりたくないよな。
そこで、呼ばれた順に受付に行き、大きな箱に手を入れてなにやら木札を取っている。あれに、数字が書かれていて、対戦順が決まるそうだ。
受付の横に大きく、対戦表が掲げられている。そこに数字が書かれていて、木札の数字同士で戦うようだ。
『あれはトーナメント表ね』
『とーな……なにそれ?』
『所謂、勝者を一人に決める為の物かな』
『ふーん』
「で、どうだった?」
一斉に取り出した数字を言っていく。
俺が二、ナックが三十四、ルークが四十六、デルが四十八だ。
これは面白くなりそうだ。




