おもちゃでした
「ほらほら、後がないぞ」
「くっ」
どうすれば良いんだ? 距離を詰められたら剣しかないんだけど、得意じゃない。もっとはっきり言えば苦手だ。父さん達から剣の使い方は一通り習ったし、鍛錬は欠かしていない。だけど、どうしても剣より弓を使う回数は多い。それは、安全な所から一方的に攻撃できるからだ。
剣は使ってはいた。狩りをするのだって剣は使っていた。だけど、それは弓で攻撃して弱らせてから剣で止めって感じだ。それで困った事はないから、特に改善はしていない。
でも、今はそんな状況じゃない。一方的に攻撃できる距離じゃないし、そもそも弓を使わせてもらえてない。こんな事なら対人戦と剣を鍛えておくんだった。
「ほい。おわり」
「ぐっ」
考え事してたら、甲高い音と共に剣が弾き飛ばされて、つい剣を目で追ってしまった。気付いて前を向いたら、目の前に剣があった。
「参りました」
両手を挙げて負けを宣言する。負ける事がこんなにも悔しいなんてな。
「まあ、なんだ。精霊術を使ってたら、もっとやりようがあったんだろうな。でもな、それだけに頼るのは危険だぞ」
「は、はい」
はあ、俺ってこんなにも近接が駄目だったかな。いや、ナック達と戦ってる時には、苦手意識はなかったんだけどな。
一言で表すなら、対人戦の経験が足りなさ過ぎるって事かな。
「お疲れ。どうだった?」
「どうもこうもあるかよ、全然駄目だ。近づかれたらどうすれば良いのか、さっぱり思い付かなかった」
「まあ、アロの戦い方って遠くから弓が基本だからな」
「だからって剣の修行を怠ってた訳じゃないからな」
「そりゃ分かってるって。俺なんて剣の方を優先した筈なのに、駄目だったんだぞ。落ち込むなんてもんじゃないぞ」
俺もそうだけど、ナックも一緒になって落ち込んでる。そりゃ絶対の自信があった訳じゃないから、負ける事だったある。あるけど、こうも簡単に負けると少しの自信がなくなっていくよ。
「はぁ。近付かれた時に備えて攻撃方法を増やさないと駄目だな。いつまでも弓だけってのもまずいな」
今回、試しで誘ってみたけど正解だったな。まだ一回だけしか戦ってないけど、どこが駄目なのか明らかになったし。ナック達と戦うのとは違って、初めてで尚且つ戦い方も違うから戸惑う。戸惑ってる間に勝負が決まっている。向こうも同じ条件は同じなのに、こうも違っているのはやっぱり経験の差なのかな。
これから先、対人戦が必要かは分からないけど、備えておいて損はないだろ。ここで盗める物は盗んでおかないとな。こっちの情報は出来るだけ知られない様に、あっちの情報だけを盗む!
……それは都合が良すぎるよな。でも、こっちからは積極的に情報を与える事はしない。あっちだって出来るだけ情報を得ようとするだろう。お互いが得になる様になれば一番かな。流石に契約精霊の事は話してないけど、どの精霊と契約してるかは、来た道から大体予想はついているだろ。
「アロ達は勝負になってたから良いじゃないか。私なんて壁だぞ」
「「ああ、あれな」」
俺達が勝負になってたかはおいといて、デルのは酷かった。デルの戦い方が酷いんじゃなくて、相手が悪すぎたって意味だ。盾を前面にして突進して、端の壁までそのままだ。デルの足じゃ逃げ切れないし、かといって押し返せる程じゃない。壁と盾に挟まれて、何も出来ずに終わった。
「壁に押し付けられて、何も出来ずに終わったんだぞ。戦った感じがしないぞ」
「あんな戦い方は俺達はしないからな。と言うか、出来ないし」
「アロ達なら、どうした?」
「どうって」
俺達なら避けられると思う。思うけど、あの大きな盾をどう攻略するかだな。速さで勝てるなら後ろに回りこめるか? いや、それ位は想定してるだろ。じゃあ、どうする? 弓や剣であの盾は壊せないだろ。ナックの大剣だって無理だろ。
「うーん……逃げ回って体力勝負?」
「だよなあ。俺は横目で見ただけだから、何とも言えないけど盾の使い方は上手いんじゃないか? それに、あの盾ってそうそう壊れる物じゃないだろ。だったら、壊れない物に攻撃しても無駄だから、逃げ回るか回り込むしかないんじゃないか?」
「なるほどな。結局は素早さで勝負って事か。でもな、精霊術を使えば素早さでは勝てるだろうが、それは向こうも使ってきたら勝てないかもって事だよな?」
「精霊術を使わないでの攻略方法か。うーん、盾相手にどうすれば良いのか分からないな。そもそも俺達には対人戦の経験がないからな」
「対人戦の経験がなさすぎるってのは俺も同じだ。今まではアロ達と鍛錬はしてた。してたけど、あんな攻撃はなかった。だから、対処方法が分からない。で、迷っている間に勝負が決まってると。これは鍛錬だから良かったけど、鍛錬じゃなかったら全員死んでるぞ」
「うむ、私も同意する。負けて悔しいって気持ちはもちろんあるが、これが鍛錬で良かったなと」
今回のはやって正しかったな。やってみないと分からない事、やってみて反省を活かして次に繋げる。最初は闘技場での戦いの為だったけど、これは俺達の戦いの幅を広げる良い機会になったな。
こうやって、どうやったら勝てるのか話し合いが出来るってのは良いな。見えてこなかったお互いの粗が、違う相手と戦う事で見えてくる。そうする事で俺達は強くなれる。ここで楽に勝ってたら成長しないで、あっけなく死んでただろうな。
「あの~終わっちゃいました」
「「「!?」」」
声がした方に目を向けると、ルークが立っていた。
「見てました?」
「「「あ」」」
何とも間抜けな声が三人から出てきた。見てないとは言えないけど、今ので分かっただろうな。
「その、すまん」
「もう、ちゃんと見てて下さいよ。……と言っても、見るところなく終わっちゃったんですけどね」
「すまん、ルークを見ないで反省会してた。因みにどんな戦いだったんだ?」
「ええっとですね……」
それからはルークが如何に負けたかを力説してくれた。自分の負けを力説ってのも変な話なんだけど、俺達は見てなかったから後ろめたさもあって、何も言えなかった。
「……と、言う訳で呆気なく負けてしまったんです」
「ああ、うん」
ルークが戦ったのは同じ槍使いのデューイさんだ。この人はクローコー族で一番の年上だ。特徴は何といっても強そうに見える事と如何にも硬そうな鱗だろ。後は小柄って事かな。前に会ったワイバーさんより小柄で、しかもこの中では一番の小柄だ。でも、手に持つ槍は自分の背よりも長い。
その槍はルークのとは違って、先端の刃の部分が二又になっている。変わった形状ではあるけど、あれで槍を絡めて跳ね上げてしまったみたいだ。
失敗した。何でルークの戦いを見ないで反省会をしたんだよ。あんな面白そうな槍でどんな戦いをしたのか観察するべきだった。反省なんてルークが戦い終わってから幾らでも出来るのに。これじゃ仲間とは呼べないじゃないか。
『おい、反省してる暇なんてないぞ。これから違う組み合わせで戦うぞ』
「え?」
振り向くとボウさんが立っていた。だけど、何を言ってるのか分からない。理解したくないとかじゃなくて、言葉が通じてないんだ。こりゃ、早めに覚えないと駄目だな。ヴァーテルの言葉もそうだけど、タロスの言葉も。
「ああ、すまん。違う組み合わせで戦うぞと言ったんだ」
「え?」
「お前さん達から誘ったんだろ? だったら、こっちが満足するまでせめて付き合えよ」
凄みのある笑顔で言われると、何故だか嫌だとは言えない強さがある。
実際問題、嫌じゃない。寧ろ、望むところだ。俺達には決定的に対人戦の経験がなさ過ぎる。それを取り返す意味でも多くの人と戦って経験を積まなければ。
さあ、やってやるか!
「どうした? もう疲れたのか?」
「流石にこれ以上は無理です」
「何だよ、だらしないな。……まあ、こっちも久しぶりのおも……楽しかったからつい張り切ってしまったぜ」
「はぁ」
何と答えれば正しいんだ。張り切る程に俺達が手強かったかと捉えれば良いのか、俺達が弱すぎて張り切ったのか。……手強いって事はないな。全員と戦ったけども、勝ってはないんだからな。本当に誘ってみて良かったよ。今日の事がないまま闘技場に行ってたら、負ける確率の方があっただろうな。
「今日戦ってみた感想なんだが、お前さん達、対人戦の経験がなさ過ぎるな」
「ぐっ」
「今まで動物や魔物相手の狩りしかしてこなかったんだろ。今まではそれで通用したかもしれんが、このままだとこの先、苦労するぞ。初めての相手への対処なんて咄嗟に出来ないと死んじまうからな」
「分かります」
「そうか、分かってるか。じゃあ、今日はこの位で終わりだな」
「ん?」
何か変な事言わなかったか? 聞き間違いかな。
「何不思議な顔してんだよ。当然、明日もやるぞ」
聞き間違いじゃなかったか。
「はい、お願いします」
「おう。こっちも折角の玩具が出来て楽しんだから潰れない様に努力しろよ」
「!!」
うわ。玩具って言っちゃったよ。さっき、咳払いで誤魔化してたのは、それだったのか。
まあ、ボウさん達からすれば良い玩具が出来たと喜んでるのかな。潰されない様に努力しますか!




