救援 弐
ミラに言われて、大丈夫だと思っていたのが急に不安になってくる。確かに厳しく育てたが、魔物化した獲物の狩りはしていなかった。と言うよりも、魔物化するのが稀だから遭遇する事がない。魔物化していない獲物だったら、確かに大丈夫だ。
「もっと速度を上げるぞ! 場所は分かってるな! 着いたらミラが治癒、トプロは俺と狩りだ!」
後ろを見ないで着いてからの指示を出す。二人からは最初からそうすれば良いのにって言われてしまう。だが、そんな事に構っていられない。大丈夫だと思っていた事が、一度でも否定されてしまうと、途端に根本から崩れていく感じがする。不思議なものだ。だが、旅をしている時は、常に大丈夫だと思った事はなかったはずだ。まして、その対象が自分ではないと尚更だ。ふう、森での生活が長かったから勘が鈍ったかな。落ち着いたら旅に出るのも良いかもな。
「よし! 池が見えてきたぞ! アロはもう直ぐだ!」
そうは言ったが、二人からは返事がない。振り返ると結構後ろにいた。全力で走ったら追いつけないか。指示はしてあるから大丈夫だろう。それに、今は二人よりもアロだ。待ってろよ! 父さんが格好良く助けてやるからな!
「全力で走ってるのに、父さんには追いつかないわね」
荒い息づかいでミラが俺に言ってきた。狩りで父さんには適わないと思ったのに、こうやって目に見える形で差を見せ付けられるとまだまだだなって思ってしまう。
「それだけ心配なんだろ?」
「まったく。初めから心配していれば良いのに」
「まあ、そう言ってやるな。父さん基準だとオールスなんて脅威でも何でもないんだからな」
「そうだけどさあ。父さんは大丈夫よ、それは分かってる。でも、アロは違うでしょ。まだ精霊術だって使えないんだから」
そうなんだよなあ。アロはまだ精霊術を使えない。使えていたら心配の度合いは違っただろう。だが、現実問題としてアロは使えない。俺たちの子供の頃もそうだったが、父さんは自分の基準で物事を考える癖がある。だから、俺もそうだがミラも相当に頑張った。まあ、そのお陰でここまで成長できたってのもあるんだけどな。とは言っても、俺たちは子供の頃に魔物化した獲物を狩るなんてした事はなかった。狩る様子を見る事もなかった。大人になってから数頭の魔物化した獲物を狩ったくらいだ。だから、もし子供の頃にあれに遭っていたら、と考えてしまった。多分、それはミラも同じだろう。
「そうだな。折角の弟だ。早く行ってやろう。だから今は急ぐ事だけを考えろ」
さっきから凄い音が聞こえてくるな。樹の声からは悲鳴と共に戦闘が続いている事が伝わってくる。声を聞く限りはまだ大丈夫の様だ。だが、伝わってくる声は時の差があるから、今大丈夫とは言い切れない。全力で走ってるのにまだ辿り着かないなんて、なんてもどかしいんだ。
いた! アロの姿が見えないぞ!? やられたか!? いや、樹に隠れて見えないんだ。僅かに見えるが、逃げる素振りはないって事は……。いや、余計な事は考えるな。今はアイツを仕留める事を考えろ!
俺の特製の矢を喰らえ!
『GRUOOOOO』
「アロは殺させはしないぞ! 大事な息子なんだからな! さあ、第二回戦と行こうじゃないか!」
そう言いながら、俺はコイツとアロの間に立つ。狙いが少しずれて、肩口辺りに当たってしまった。それでも、少しは後退させられた。早く倒してしまいたいが、気を抜くと俺が危ない。アロの状態を確認したいが、今はコイツの注意を俺に向けないとな。たぶん、もう少ししたらトプロたちも追いついてくるだろう。それまでは焦らずに。
「プーマ! アロは命はまだあるわ! 治癒してる間、近づけないで!」
突然声を掛けられて驚いて振り向いたら、スイがいた。スイの方が早かったか。よし、時を稼ぐ事に専念して、スイの協力を待つか。
「分かった! それまでコイツと遊んでるから、早く援護してくれ!」
アロがまだ死んでいない事とスイが到着した事で少し安心した。後ろに護るべき者がいると頑張れるものだ。
『GYAAAAOOOO』
「ほら、遊びの相手は俺だ!」
こいつは巨体での突進に注意がいきがちだが、本当に怖いのは、突進からの爪や牙での攻撃だ。だから近づかないで遠距離からの攻撃が基本だ。だが、俺は違う。敢えて接近する。距離があると安心して攻撃できるが、時が掛かってしまう。それに、俺は剣も得意だ。森人族には珍しいがね。
左右の足の踏みつけを掻い潜りながら、足に斬りつけていく。関節を斬りつけてはいるが、巨体故に関節部も分厚い。首を刎ねるのが一番なんだが、跳ぶと必ず叩き落とされるから今は出来ない。だから、地道に嫌がらせをしてスイを待てば良いだけだ。
「プーマ! とりあえず治癒は終わったわ! だから、私にもヤラせて! アレいくわよ!」
もう治癒が終わったのか。流石に早いな。それにアレか。冒険時代にやってた懐かしい連携だな。アロたちにも見て欲しかったけど、今は無理だな。何度か斬りつけて、俺は離れる。
『ZWEPYUUUU』
意味のない悲鳴を上げて動きが止まる。そこを見逃さずに頭まで跳び、首を刎ねる。
――ザシュッ
刎ねた首と一緒に着地する。それと同時に意思をなくした巨体が崩れ落ちる。森に響き渡るかと思う程の音だ。
「ふう、久しぶりの大物で昔に戻ったみたいだったな。スイとの連携も問題なかったしな」
振り返るとスイは笑っていた。先ほどの大声を出したのが嘘の様だ。でも、興奮が忘れられないのか頬が少し紅潮している。大物を仕留めた余韻に浸りたいとこだが、今はアロだ。
「アロはどうなんだい?」
「そうねえ。外見はお腹に爪の跡があるだけなんだけど、他がぐちゃぐちゃだったわ。アロの自己治癒力を強化しただけじゃあ駄目だから、私の精霊力を少し分けたわ。これで大丈夫だと思うけど、痛みで意識を失ったみたいだから、家に戻る頃には目覚めるでしょ」
「そうか。なら、一先ずは安心って事かな」
そう言って、二人でアロの元に行き、しっかりと鼓動が聞こえる事に安心した。
「なんでえ、もう終わっちまったのかよ」
「父さん! アロは!? って、もう終わってるのか」
そこへ、集落からの援護組とトプロ達が合流した。しかし、二人からの発せられた言葉は同じだった。
「おう、俺とスイが狩っちまったよ!」
それを聞いたらやっぱりなって顔で皆苦笑いしていた。まあ、俺とスイがいれば大抵の事には対処出来るからな。
「あなた、自分の事を俺なんて言って。まだ興奮してるの?」
「え?俺そんな事言ってたか?」
「ほら、また」
スイが呆れたと言う感じで顔を横に振る。だけど、俺だって知ってるぞ。スイだって、興奮してたのを。
「スイだって、私の事を名前で呼んでたじゃないか。それも大声で」
「え?わたしそんな事言ってたかしら?」
「言ったねえ。久しぶりの大物だから興奮しなんじゃないのか?」
「なんでえ、似た物夫婦ってか? まあ、お前さんらじゃなくてもオレだって興奮するさ。こんだけの大物だ。興奮するなって言うのは無理な注文さ」
そこでガシが興奮しない方が無理だと言った。それで皆は頷きながら笑った。確かにこれだけの大物となると抑えられないか。と、そこへ遅れてもう一人到着した。
「はあはあ、アロは、アロは無事なんですか!?」
「おう、遅かったな。もう終わっちまったよ。アロも無事だぞ」
それを聞くなりナック君は崩れ落ちる様に座り込んでしまった。ここに来るまでにアロの事が心配で全力で走って、無事だと分かって一気に気が緩んでしまったのかな。
「よし! 全員揃ったとこでコイツの解体と森の後始末をするぞ! お前さんたち二人はアロを連れて戻りな」
「いやいや、何言ってるんだ。一緒にやるよ」
「はあ、何言ってやがるんだよ。こっちはお前さんたちにいいとこ持っていかれたんだぜ? これ位は譲ってくれないとな」
「そ、そうか。そりゃ悪い事したな。じゃあ、任せるな」
「おう、任された。ナックもここに残れよ。解体は慣れているだろうが、森の再生は見た事ないだろ。勉強だから見ていけ」
「は、はい」
「よし! まずはコイツの解体と森の再生で半分に分かれるぞ。これが終わったら宴会だ! 気合い入れて早く終わらせるぞ!」
「「「おう!」」」
「じゃあ、私たちは戻ろうか」
「そうね。皆にも無事だって伝えなきゃならないしね。後は、宴会の事も伝えないとね」
「そうだね」
そんな会話をしながら、集落に向けて歩き出した。




