言葉の壁
「あのー、えー、依頼でけた、エメラルダです」
「ああ、ようやっと来たか。すまんが、また畑の手入れを頼む」
「わかりまじた」
俺達四人は依頼通りに畑の手入れをする為に、作業しやすい様に装備類を外して畑に入る。育てているのは麦らしく、広さは見渡す限り一面だ。だけど、このおじいさんが管理している畑はもう少し狭い。狭いけど、おじいさん一人で世話をするのは大変だろう。おじいさんは一人で暮らしていて、こうやって世話が必要な時は組合に依頼を出すみたいだ。
とは言っても、依頼に出すのは簡単な手入れだけだ。重要な所はもちろん、おじいさんがやっている。日々の手入れも重要なんだけども、種まきや刈り取りと少しの手入れで精一杯らしい。家族は? と聞いたら「妻は一昨年に先立たれて、子供たちは独立した」そうだ。子供たちは一緒に畑をやらないのかと聞いたら「武官や文官になりに王都へ行った」と寂しそうに話してくれた。
俺達はヴァーテルに入って、どれだけ経っただろうか。ヴァーテルに入って何か新しい事が待っていると期待していた。期待していたが、待っていたのは依頼数の少なさと言葉の壁だ。言葉の壁は詳しく説明する必要はないだろう。だが、依頼数の少なさはこの国独特の事らしい。国民のほぼ全員が戦士階級なんだ。正式な戦士としての階級ではないけど、戦う術は身に付けている。だから、荒事専門の冒険者には依頼が少ない。
これは、デルがある程度ヴァーテルの事を知っていたから、予想はしていた。していたけど、予想以上だった。デルもこれほどとは思ってなかった様で驚いていた。
「こんな手入れで呼んですまんの」
「いえ、気にしないでぐださい」
「茶を用意したから、ゆっくりしていってくれや。ちょっと待っておれよ」
「ありがとぅございますぅ」
俺達は畑の手入れが終わったので、エバさんの勧めに従い畑が見える位置に座った。森では畑がなかったからな、こういう依頼はなんだか新鮮で良い。良いんだけど、そろそろ狩りもしたいよなあ。
よくよく考えると、戦士が多いって事は冒険者にとっては良い事ではないよな。組合も依頼ももちろんあるけど、荒事の依頼はタルパに比べちゃうとないに等しいよな。そんな環境なのに、冒険者がいなくなるって事はないんだよな。
「ほれ」
「ありがとぅございますぅ」
「何度も手伝ってもらってるが、言葉は上手くならんな」
「ははは」
これは仕方ないだろ。聞いた事もない言葉を直ぐに習得出来る程、俺は賢くない。いや、聞いた事はあるのか? 確か、ワイバーさんが話し掛けた時はここの言葉だったんだろうな。今では分からない事だけど、ここの生まれだと言ってたからそうだろう。
「一人、大変、でずね」
「ん? ああ、畑の事か。大変と言えば大変だが、子供たちには自分のやりたい事をやらせたいしな。それに、無理に畑の事をやらせると、質が悪い物が出来ちまうだろ」
「え? もう一度お願いしまう」
「大変だって言ったんだ。これ以上はもっと言葉が上手くなってからだな」
「え? なんて?」
「だから……」
「すいません。アロ達はまだ言葉が上手く話せないので、後で私が話しますよ」
「む、そうか。分かった」
タルパ連山を抜けてヴァーテルに入って、最初に立ち寄った町がティンという。ここは比較的大きいらしく、町に入る為の門が木や石で出来ていてとてもじゃないけど飛び越えられる高さじゃない。それが、門だけじゃなくって、町をぐるっと囲んでいるそうだ。その壁も高いだけじゃなくって、厚みもあるので破壊は難しそうだ。
そんな町だからなのか、審査も厳しかった。デルがタルパの王族だろうと関係なかった。寧ろ、他と比べると少し厳しかった様に思える。質問も「王族がどうして冒険者になっているのか?」とか「どうして護衛もつけずに旅をしているのか?」とか「何が目的で、ここに来たのか?」とか、色々聞かれた。
質問は主にデルに集中していた。その時はもちろんヴァーテルの言葉だ。デルは王族だからか、この国の言葉を話せる。最初はヴァーテルの言葉で話していたんだけども、タルパから来たと分かると、たどたどしいけどタルパの言葉でも話してくれた。タルパから近い町という事もあるのか、ある程度は話せる様だ。
だから、交渉とか難しい話はデルが担当する事になった。なったけども、それじゃあこの国で生活しにくいから覚える為に、まずは話し掛けろって方針になった。それで何か問題が起きそうなら、デルが間に入る事になっている。
なってはいるんだけども、さっきのやり取りから分かるだろうけど、上手くはいってない。もちろん俺だけじゃない。ナックだってルークだって同じだ。でも、話し掛けるのはいつも俺が最初だから上達は俺より遅い。
……まあ、それが何の慰めにはならない事は分かってるんだけどな。
「私達はまだこの町にいますので、依頼があればまた来ますよ」
「ああ、その時は頼む。一人だと辛いしな。それに話し相手がいないのも寂しいものだ」
エバさんの依頼を終えて、組合へと戻る。タルパでは違ったけど、この国では依頼者と組合に行く必要はない。依頼書に確認の印章があれば、依頼達成になるらしい。依頼先で問題を起こして、無理やり印章を押させる事があるらしい。あるらしいけど、それは本当に時々らしい。もしそんな事をやって発覚したら、冒険者からじゃなく町の人達からの制裁が待っているらしい。
それは本当に時々で、新しい人や知らない冒険者が来るとあるらしい。俺達は初日に説明されて、忠実に守っている。元々、そんな事をやるつもりなんてなかったけど、アレを見た後だとそんな気すら起きないってものだ。
アレっていうのは、どんな事をされたのかは詳しくは分からない。分からないけども、中央広場で晒されているのを見てしまった。死んではいないみたいだけども、装備品は剥ぎ取られて身体中が痣だらけで裸だった。しかも、種族も性別も関係なくだ。
「達成依頼書です」
「ちょっと待ってな」
組合に着いて依頼書を受付の人に渡す。この人は初めて見る種族でゲコ族と言うらしい。身体はデルより少し大きくて細身だ。特徴は身体中に鱗があって、とにかく目が大きくて舌が長い事だ。男らしいんだけど、見分けが出来るかどうかは怪しいと思う。
「ふむ、問題ないな。これが報酬だ」
「ありがとぅございますぅ」
「まだ言葉は上達しないか。通じないからと言って依頼主と問題を起こすなよ」
「分かってます」
アレを見た後だと、何かを起こそうとは思わないだろ。装備を剥ぎ取られて、裸に晒されるなんて。想像しただけでも嫌だろ。あんな風に晒されたら、この町で活動出来ないだろうな。
いや、もしかしたらそれ以上かもな。この国だけか、そもそも冒険者として活動出来なくなるかもな。そんな危険を冒してまで得る物なんてないだろう。
「今日はこれで終わりにするか」
「そうだな。請けたくても依頼がないんじゃあ仕方ないしな」
「そうですね。この町に来てやった依頼と言えば、今日の様な物ばかりですからね」
「私も話には聞いていたが、ここまでとは思わなかったぞ」
「予想が外れたというか。他の冒険者はどうしてるんだろうな。こうも戦闘系の依頼がないと、ここに来る意味ってないんじゃないか?」
「いや、そんな事はないだろ。確かに戦闘系の依頼は少ない。それは依頼を出すまでもなく、民で解決出来てしまうからな。しかし、冒険者が来る意味はある。王都へ行って精霊と契約する事だ」
「まあ、そうなんだけどさ。今日の様な依頼が嫌って訳じゃない。じゃないけど、狩りの腕が鈍っていくだろ。偶には狩りに行きたいなと」
「そうだよな。タルパまではあれだけ狩りをしてたのに、ここに着いた途端に狩りが出来ないなんてな。まあ、鍛錬は続けてるから衰えてるって事はないだろうけど。狩りの勘は鈍るよな」
「そうですね。どんな動物や魔物がいるのかすら知らないですからね。突然、遭った時に対処出来るか不安はありますね」
ナック達も狩りが出来ない事に不安があるみたいだな。そりゃそうか。毎日とまでは言わなくても、それなりに狩りをしていたんだ。こんなにも狩りをしないなんて、今までになかったんじゃないかな。
「それも仕方あるまい。冒険者が必要ない程に、戦える民ばかりなんだからな。それに、条件を満たさないと次の町へは行けないんだから、我慢するしかあるまい」
「そうなんだけどさ。何となく納得出来ないんだよな」
「納得出来なくとも、これがこの国のあり方なんだから受け入れるしかないだろ。それよりもやる事だろ」
「やる事?」
「言葉を覚える事だ。いつまでも通じないのは問題だろ。私がいつもいるとは限らないしな」
「「「えー」」」
「揃いも揃って、えーじゃないだろ。どれだけこの国にいるか分からないが、覚えるのは損にはならないだろ。それに、次の国へ行けばまた別の言葉が待っているんだ」
「うへー、今から嫌な話をするなよな。それに、デルは良いよな。この国の言葉を話せるんだから」
「そうは言うが、次の国へ行けばアロ達と同じなんだぞ」
「分かったよ。じゃあ飯を食いながら頼むわ」
「うむ」
言葉が違う事は父さん達から聞いてたけど、実際に経験すると厄介だな。言葉が通じない事がこんなにも疲れるなんてな。
早く、狩りがしたいな。




