肩透かし
「あの、一応終わりました」
「早いですね。では、精霊官長様にお伝えしてきます」
「いえ、俺も話さないといけない事があるので一緒に行きます」
「? そうですか。では行きましょうか」
テラ様の部屋を後にして、契約が終わった事を近くの精霊官に伝えた。この事はクセンさんに言われてたからな。でも、俺も一緒に行くって言うと、不思議な顔をされた。今までにこんな事はなかったんだろうな。契約が終わったら、早くどんな事が出来るのか確認したいだろうし。それでも、クセンに伝えなきゃいけない事があるからな。
「失礼します。精霊官長様、契約が終わりました。それで、契約者がお話があるそうなのですが。如何しますか?」
「終わったのに、話がある? まあ、良いわ。通してちょうだい」
「はい」
「それで何の話があるのかしら?」
ここまで案内してくれた精霊官は部屋を出て行って、ここには俺とクセンさんだけしかいない。俺としてもその方が有難い。
「契約なんですけども、出来ませんでした」
「あらま、そうなの。それは残念ね。でも、出来ない人も稀にいるから、そう落ち込まないでね」
「あ、いえ。そうじゃなくて」
「違うの?」
「出来ないとは言いましたけど、それは今は出来ないって事です」
「? 良く分からないわ。もっと詳しくお願い」
「はい。契約を望むならば、最後にもう一度来い、と」
「ごめんなさい。順を追って説明してちょうだい」
契約出来なかったと言うと、稀に出来ない人もいるから落ち込まないでと慰めていたけど、そうじゃないと言うと段々と表情が険しくなっていった。
「そう、だったの」
それっきり、クセンさんは険しい顔のまま考え込んでしまった。契約出来なかったじゃなくって、追い出された様なものだからな。あの場から出てくるのは、契約出来たか出来なかっただけだと聞いた。。だから、もう一度来いなんてのはこれまでにもなかった筈だ。詳しい理由やキューカが出てきた事は、もちろん話してない。そこ等辺は曖昧にして、俺にもどうしてなのか分からないと説明した。ただ、テラ様からそう言われたとしか言ってない。まあ、話せる筈もないんだけど。
「……こんな事は初めてだと思うわ。それで、最後にもう一度と言われたのよね」
「はい、そうです」
「んー、どうしてこんな事を言われたのかしら。分からないわね。貴方には何か理由を仰ってた?」
「いえ、俺もどうしてこうなったのか分からないですね。もしかして、俺が何かしちゃったんですかね?」
「んー、それは分からないわね。私は一緒にいた訳じゃないし。それに、もしテラ様を侮った態度で臨んでいたとしても、もう一度なんてないと思うわよ」
「そう、ですよね」
理由なんて、分かってる筈なのに何て白々しい事を言うんだろうな、俺は。でも、あそこであった事をそのまま何て言えないよな。クセンさんはまだ状況を理解してない顔だ。そりゃそうだ。「はい、分かりました」で終わらないよな。
「分かりました。ではそうしましょう」
「良いんですか!?」
「良いも悪いも、テラ様がそう仰ったのならば、私達はその決定に従うだけです」
「は、はあ」
「それに、テラ様には何かお考えがある様ですので」
「そう、ですか」
すっきりと言うのか、さっきまで険しかった顔が一変してる。この後、テラ様に直接理由を聞きに行くんだろうけど……。もし、俺が何か悪い事を考えての事だったらどうするんだろうか。それでも、信じるんだろうか。
「(そうやって、もし何て考えてる様だと悪い事をしそうにもないけどね)」
「(そんなもんか。ってか、前にもそんな事を言われた様な気がするな)」
「(今はテラに言われた様にするしかないわよ)」
「(そりゃそうか。こればっかりは、俺達にはどうする事も出来ないしね)」
「(そうそう。それに、契約出来るかはもう一度会えば分かる事なんだから)」
そうだよな。それに契約出来ないのに、もう一度って言わないよな。契約出来るから、もう一度呼ぶんだし。
「そういう訳で、次の子を呼んできてくれる?」
「あ、はい。分かりました」
クセンさんも納得したみたいだから、俺はナック達に合流する為に部屋を出た。
「もう一度、ねえ。まさか、あの子が?」
「宿にいないって事は、依頼でもしてるんだろうな。どんな依頼でどこまで行ってるのか分からないから、大人しくここで待つか」
「あれ? 早かったな」
「ん? おお、戻ったか。その事でちょっと、な。飯を食いながら、話すよ」
宿で待っていると、夕飯少し前に戻ってきた。俺達が泊まっているのは、前に泊まったクライブじゃない。本当はあそこにしようと思ったんだけど、これからの事を考えて安宿にした。これからの事って言ったけども、大きくは金とデルだ。金に関しては、グループの証を作って貰ってるから、余計な物は払いたくない。主にルークだけどね。デルに関しては、冒険者として安宿にも慣れてもらおうと思って。
クライブで働いている人達は、また泊まってもらえると思ってたみたいで、落胆してたってのは聞いたけどね。まあ、王族が泊まるんだから自慢にもなるだろうしね。でも、新人の冒険者は泊めないって言ってたから、良かったんじゃないかな。
「という事なんだ」
「「「……」」」
何だよ、その沈黙は。これは俺のせいじゃないだろうが。俺が好きでもう一度なんて頼んだ訳じゃないんだぞ。だから、そんな目で俺を見るなよな。
「それは姉上にも話してあるんだよな?」
「そりゃ、もちろんだ」
「それで、姉上は何と?」
「んー、テラ様が決めた事に従うだけだって。後は、何か考えがあっての事だろうからってさ」
「それだけか?」
「それだけとは?」
「う、うむ。精霊長様に会うって事は、契約出来るか出来ないかの二つしかないんだ。それ以外なんて聞いた事がないから、姉上は何か言わなかったのかと思ってな」
「いや、何も聞かれなかったな。多分、あの後にテラ様に直接聞きに行ったと思うぞ」
「うむ。その方が確実か」
「なあ、それってさ。アロの契約精霊が関係してるんじゃないのか?」
「ああ、それは俺も思いました」
「ナックはそう言うけどさ、流石にそれはないだろ。俺がどんな精霊と契約してるか何て分かるのか? 俺は言ってないぞ」
「だって、アロだろ? なあ」
「はい。絶対に何か理由がありますよ」
ナックもルークも俺を何だと思ってるんだよ。確かに俺は樹の精霊長のキューカと契約してるよ。だけども、それって俺が言わない限り知られる事はないだろ。たぶん。いや、もしかしたら精霊だと分かるとか? いや、それでもだ。テラ様からの質問は俺なりに答えたけども、あれは多分テラ様を満足させる答えじゃなかったんだ。キューカが出てきて全部話しちゃったから、契約するかどうかの判断を迷ったんだと思う。俺もそうだけど、仲間の事も知らなければと思ったんじゃないかな。だから、最後って言ったんだと思う。そう思いたい。
「んー、他って言うと精霊の相性とか?」
「いや、それはないだろう。父上は両方とも契約している」
「確か、父さんもそうだったと思う」
「そうなると、ますます分からないぞ。相性だったら、俺も同じ事を言われるかと思ったんだけど。違ったか」
「うむ。それに、『もう一度』と言ったのだぞ。相性だったら、そうは言うまい」
「ああ、それもそうか。じゃあ、アロの問題だな」
「をい!」
「じゃあ、他に何があるんだ?」
「うぐっ」
ある、とは言えない。言える訳がないだろうが。実は俺には記憶が……何て。どう説明したら良いんだ? 説明したら「ああ、そうだったのか」って納得出来るか? ならないだろ。俺だったら信じられないな。コイツ頭変になったんじゃないか? って疑うだろうな。
「まあ、それを言っても仕方ないだろ。精霊長様がそう仰ったのならば、私達もそれに従うしかないのだからな」
「まあ、な。俺等がどうこう言ったところで何も変わらないか。じゃあ、アロは最後って事で次は誰が行く?」
「それは仲間に加わった順で良いんじゃないか? ナック、ルーク、私の順で」
「ああ、それで良いか」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ん? 何だ?」
「俺がデル様よりも先と言うのは、流石にですね、その、何と言いますか…………」
「ふむ。王族である私よりも先に契約しに行くなんて知られたら、周りの視線が怖い、と」
「……はい。唯でさえ同じグループにいるって事で周りからの視線が怖いのに、この上デル様よりも先に契約となると」
「うむ。分かった」
「じゃ、じゃあ」
「それでも、ルークが先だ」
「そ、そんなあ」
「大丈夫だ。誰が先で誰が後かなんて、誰も見やしない。それに、私が契約するとしてもいつかまでは分からないだろう。後は、精霊官達も言って回る様な事はしない」
「ほ、本当ですか?」
「大丈夫だ。信じろ、私を。そんな事で仲間であるルークを陥れようとする者がいたら、制裁しなければな」
「ほ、本当の本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。……たぶん」
「そうですよね。じゃあデル様を信じます」
「う、うむ」
小さくてルークには聞こえなかった様だけど、俺にはしっかりと「たぶん」って聞こえたぞ。それに、デルがからかってるのも分かってるぞ。その証拠に最初はニヤけてたし。でも、ルークの「信じます」って言葉で焦った様だな。ルークで遊ぶのはまだまだの様だな。
「(アロは契約出来るかどうかを祈ってなさいよ)」
「(……はい)」
肩透かしは相撲用語ですけど、タイトルだけです。




