事件
ルビ編集しました。(2017/4/28)
「もう! 聞いてるの?」
「聞いてるよ」
俺がうんざりした感じで言うと、それに怒ったのか一層激しくなった。
「じゃあ、何て言ったのか言ってみてよ」
「えー? えっと、もっと作戦を練って、協力して狩りをしようって話だろ? 後、こんな危ない狩りはしないって事だったか?」
「ちゃんと聞いてるじゃない。じゃあ、今度からはしっかりと作戦を練ってからにしましょうね」
「悪かったよ。今度からはしっかりと作戦を練って三人で協力する。これで良いんだろ?」
「何その言い方。全然反省しなないじゃない! ナックからも言ってよ」
「まあ、そんなに言ってやるなよ。今回の狩りだって、一応成功したんだ。それに、他の作戦が浮かばなかったのは、俺もキューだって同じだろ? アロばかり責めるなよ」
「う、分かってるんだけどさあ。ルスを狩るって言い出したんだから、何か策があると思うじゃない」
そう、荷車を取りに戻り、そしてルスを狩った場所までの道で同じ事を言ってくるのだ。さっき話しただろ? って言っても更に熱くなるので、半分聞き流していた。それをナックが宥めると言うのを何度もした。
「もうその辺でいいだろう。アロも十分分かってるさ。次からは気を……」
「ナック急に止まってどうしたんだ? 何かい……」
「どうしたの、二人とも? 急に止まったら危ないじゃない。何かいたの? え? 何でアレがここにいるの!?」
キューが混乱するのは分かる。俺もだ。ソイツは俺たちが狩ったルスを夢中で貪っていた。本来、穏やかで果実を好むルスにはあり得ない光景だった。近くに果実がない訳じゃないから、このルスは明らかに異常だ。
「も、もしかしてルスが魔物化したのか?」
「そ、そんな!? ただのルスかも知れないじゃない」
キューはあり得ないから、偶々ルスの肉を食べているだけだと思いたいのだろう。だけど、ナックがそれを否定した。
「いや、アレはオールスだよ。さっきのヤツより大きいし、何より体毛が茶色だ。ルスは黒茶色なんだけど、魔物化すると茶色になるんだよ」
そう、それは俺も聞いた事がある。だけど、二人に否定して欲しかったから断定は避けたんだけど。ナックは知ってたか。
「じゃ、じゃどうするの?」
「どうするも、逃げるしかないだろ。俺たちじゃあ狩る側から狩られる側にしかなれない」
「そ、そうだよね。じゃあ早く逃げよ? まだ気付いてない様だし」
キューはこんな所から早く逃げたいのだろう。それは俺も同じだ。だけど、気付くのが遅すぎた。いや、見つけるのが早くても気付かれてただろう。ヤツらは鼻や耳や目が良くなり、通常より索敵範囲が広いのだ。だから、俺たちが見つけたときにはもう遅いってわけだ。ここは、もうヤツの縄張りなんだ。その証拠に周囲には動物がいない。鳥さえもいない。だけど、少しの希望を胸に逃げる事を選ぶ。
「よし、じゃあ、ゆっくり物音をたてずに逃げるぞ。アイツから目を離すなよ。ゆっくりだ、ゆっくりと……っっ」
全部食べ終えたのか、ヤツが頭を上げてこちらを見た。ああ、駄目か。希望が打ち砕かれた。だから俺はある決心をした。
「二人とも、先に逃げろ」
「はあ? 何言ってるんだよ。三人で逃げればいいじゃないか」
そう言ってくれるのは嬉しいんだけどな。
「いや、俺たちの足じゃあ逃げ切れない。もし、逃げ切れらとしたら集落に連れて行く事になっちゃう。それは避けないと。だから、二人は先に」
「お前を置いて逃げれって言うのか! そんな事出来ないぞ。だったら、俺も残る」
「いや、ナックも逃げてくれ。お前は俺よりも遅いだろ。狩られるだけだ。だから、逃げて集落の皆に報せてくれ。そして、俺を助けに来てくれ。頼むよ」
「くっっ……分かった。逃げてやるよ。だから、死ぬなよ」
「ああ、俺もただ死ぬのは嫌だからな。せめて抵抗でもするぜ。だから、矢と獲物を置いていってくれ。もしかしたら、この獲物に食いついて時が稼げるかも知れないからな」
「アロ、死んだら説教だからね」
「はは、死んでも説教かよ。分かった。死なない様に心がけるよ」
俺の鼓動はさっきの比じゃない位に、鳴っている。気が緩んだら、奥歯もガタガタ鳴っちゃいそうだ。こんな事になるなら、いつも通りの狩りにすれば良かったなあ。そんな事を思ってたら二人が獲物を下ろし、矢を手渡してくれた。
「よし! 行け!!」
俺の声で二人は集落に向けて走った。そして、ずっとこちらを窺っていたヤツが、俺の声が合図とばかりに突進して来た。何でこんな事になったんだよ。もう少しで儀式だったのになあ。
ここで諦めてどうする。お前は父さんの何を見てきたんだ。憧れてるんだろ! じゃあ、ここで逃げるだけじゃなくて仕留める覚悟で挑めよ!
さあ、こい!!
「ねえ、大丈夫だよね?」
「知らん」
「そんな! じゃあアロが死ぬみたいじゃない!」
そんな事を言われても、俺たちにはどうし様もないじゃないか。アロが言った様に、俺じゃあ狩られるだけだろ。だから、アロが時を稼いでいる間に助けを呼ぶ、これが俺の役目だ。話してる力があるなら、少しでも速く走る事を意識するべきだ。
俺が何も言わないからなのか、必死に走っているからなのかは分からないが、キューも黙って付いて来ている。この事からも分かるが、俺はキューと同じ位の速さしか出ない。ルスの突進ですら逃げられないと思ったのに、魔物化したルスでは話にならない。だから、ルスの突進から逃げ続けたアロならば、もしかしてと思ったのだ。
「獲物がいても無視しろ! 今は時が惜しい!」
「分かったわ!」
時が惜しいのはキューも分かってるので、短い言葉で返ってきた。くそっ、普段なら狩ってるのに獲物を見逃すなんてな。まあ、アロの命には代えられない、か。
俺たちは池を通り過ぎて、やっと集落が見える所まで来た。
「俺は兄貴たちを呼んでくるから、キューはアロの親父さんを呼んで来てくれ」
そう言って俺たちは二手に分かれた。
「母さん、父さんや兄貴たちは?」
「どうしたんだい? 帰ってくるなりいきなり」
「オールスが出たんだよ! 早くしないとアロが死んじゃうよ!」
「なんだって? オールス? それは早いとこ狩らないと駄目だね。でも、なんでアロ君が死んじゃうんだい?」
「そ、それは……。俺とキューを逃がす為に囮になったんだ」
つい強い口調で言ってしまった。何にも状況が分からないと言うのに。それに、自分の口から”逃がす為”と言う言葉が出た事に悔しくなった。俺がもっと……。
「とりあえず、分かった。父さんたちは狩りに出てるけど報せておく。大体の場所はどこだい?」
「池より奥に行った所。でも移動してると思う。アロも逃げ回ってるだろうし」
「大体分かれば良いよ。あんたは他の男たちに言ってきな。それが終わったら休んでな」
「な、なんでだよ! 俺も行くに決まってるだろ!」
「あんたが行っても役に立たないからだよ。案内だっていらないよ。あんたの案内じゃあ陽が暮れちまうよ。そんな事より、早く行きな」
それから俺は集落に残ってる、大人たちに声をかけて回った。声をかけた大人たちは集落の一角に集まっている。
「スイ、プーマはいないのか?」
「ええ、狩りに出掛けてるわ。でも、報せたから合流するはずよ。早く行かないと、プーマたちに狩られちゃうわよ」
「そりゃ急がないとな。でも、随分落ち着いてるじゃねえか。アロが危ないってのに」
「あら、これでも内心は焦ってるのよ? でも、あの子を簡単に狩られる様な柔な育て方はしてないつもりよ」
「そ、そりゃそうか。分かった。じゃあ、折角の大物の狩りに間に合わないなんてないらない様に急ぐとするか! もう集まったな? じゃあ行くぞ!」
「ちょと待って下さい! お、俺も一緒に行かせてください!」
「あん? おめえが行っても役に立つ所かお荷物だ。ここで待ってろ。おめえの足じゃ遅くて駄目だ」
母に駄目だと言われたが、諦められなくてもう一度志願した。だけど、やっぱり同じ理由で許してもらえなかった。
「いいんじゃない?」
「スイ良いのかよ。相手は魔物なんだぞ。気軽に連れて行ける物ではないんだぞ?」
「まあ、確かにそうなんだけどね。私だったら、友達が死にそうなのに待つなんて出来ないと思うし。何か行動しなきゃ耐えられないと思うのよ。それに、この子が着く前に狩っちゃえば良いんだし」
「そうだな。分かった。よし!おめえも来い! だが、間に合っても狩りに参加しようとするなよ。それだけは約束しろ」
「はい、分かってます。見るだけにします」
「おし! 今度こそ行くぞ!」
こうして俺は何とか一緒に行く事が許された。何も出来ないけど、ただ待つだけよりは余程良い。待ってろよ、アロ!今直ぐに行くからな!




