しばしの別れ
「父上、母上。それでは私はここで」
「うむ。冒険者としての名が、我が国まで届くように頑張りなさい」
「はい」
「冒険者だからと言って、周りに舐められるなよ」
「はい」
「後、王族である事を忘れるなよ」
「はい」
「後、何かあった時は王族としての身分を使えよ」
「はい」
「後……」
「あなた、そんなに言わなくても分かってますよ」
「そ、そうか?」
「そうですよ。もっとデルを信じてあげなさいよ。デル、私からは一つだけ。帰ってきたら旅での事を聞かせてちょうだい」
「分かりました」
折角の家族の別れなんで、俺達三人は少し離れた所で見守っている。こう見ていると、ユニさんよりはシムさんの方が寂しそうに見える。冒険者で旅をした事があるから、危険な事を分かっているから余計に心配になるのかな。俺の時はどうだったかな? んー、あそこまで心配、いや見て分かる程の寂しさはなかったかな。
「ルークはどうだった? 旅に出る時」
「俺は父さんが冒険者になる事を後押ししてくれたので、大丈夫でした。ただ、母さんからは凄い反対されましたね」
「反対されたのに、良く出てこれたな」
「俺が本気じゃないって思ってた様ですね。ただ家を出たいが為に、冒険者になりたいって言ってるんじゃないかって。でも、いままでした事がなかった訓練を続けているのを見て、段々と本気なんだなって思うようになったらしいです。それで、旅立ちの日には笑顔で送り出してくれました」
「ほー、そうだったのか。じゃあ、冒険者として名を上げて、元気でやっている事を教えないとな」
「はは、そう、ですね。お二人はどうなんですか?」
「俺等は反対はなかったぞ。自分が決めた事だから、しっかりやれとは言われたけどな。後、俺等って連環の儀式をやっていてな」
「何ですか? その連環の儀式って」
「連環の儀式ってのは、子が生まれたら植樹して、その樹と対になるって事だ。仕組みは分からないんだけど、俺達に何かがあると対の樹にも変化があるんだ。俺達が死ぬと対の樹も枯れるって訳。だから、俺達が無事かどうかはその対の樹を見れば分かるって事だ」
「へー、そんな儀式があるんですね。知らなかったなあ。でも、遠くにいても無事が確認出来るなんて、不思議でもあり嬉しいですね」
「まあ、な。とは言っても、俺達には向こうの状況は分からないんだけどな」
「そこまで出来ちゃったら、凄いを通り越して怖いですよ」
「そりゃそうか」
「そうですよ」
そうだよな。樹を通してだけど、俺達の事がある程度分かるってのが既に異常か。これ以上の事を求めるのは欲が深すぎるか。でも、これって俺達の森人族だけなのかな。今の遣り取りでもルークは知らなかった。と言う事は、少なくとも人族にはない事なのかな。じゃあ、他の種族は? 今までにも幾つかの種族とは会ってきた。この事を思い出さなかったってのもあるけど、聞く場面がなかったしな。
「何を話しているんだ?」
「ん? デルか。もう良いのか?」
ちょっと考え込んでいたら、いつの間にかデルが近付いてきていた。
「ああ。いつまでも待たせる訳にはいかないからな。それに、母上が止めなかったらまだだったと思うぞ」
「どんだけ寂しいんだよ、シムさんは」
「まあ、そう言うな。子の中で私だけが旅立つんだからな。幾ら昔に冒険者だったとしても、心配なのは心配なんだろう」
「ふーん、そんなもんか」
「それで? 何を話してたんだ」
「特別な事じゃないんだけど、シムさんが言ってた『冒険者として名を上げて』について。名を上げれば親に無事だと知らせる事も出来るだろうって」
「なるほどな。まあ、その道は遠く険しい物だと思うがな」
「まあ、な。その流れで、俺達の旅立ちの事を聞かれたから話したんだ」
「ふむ」
デルも気になっている様なので、この際だから連環の儀式の事を話してみた。別に隠す事じゃないしね。
「んー、それは森人族に昔からある儀式だと、何かの本で読んだ事があるぞ」
「ふーん。アッチャ族にはないのか? それと、他の種族には?」
「アッチャ族にはないな。そんな儀式があるなら父上もあんな事は言わなかっただろうし。後、少なくとも森人族以外で同じ様な儀式をやっている種族は知らないな」
「ふーん。何でだろな。森人族だけってのは何か理由があるのかな」
「さあ。精霊と契約しているんだろ? だったら、聞いた方が早いじゃないか」
「ああ」
「(で?)」
「(……さあ。私にも分からないわね。私達、精霊からやりなさいとか言った覚えはないわね。森で生まれ森で生きるから、樹に親しみを持たせるって意味で始めた事じゃないかしら?)」
「(ふーん。なるほどね。じゃあ、俺に何かあると対の樹にも影響があるのは、精霊とは関係ない?)」
「(ないわね。そもそも、契約する前にする儀式だしね。自分の精霊力を樹に憶えさせる事によって、何か変化があると直ぐにではないけど樹にも影響が出るって訳ね。まあ、簡単に言っちゃうと、レントの森にもアロがもう一人いるって考えて良いかもね)」
「(んー。分かる様な分からない様な)」
結局、何なんだ? 俺になにかあると樹に変化が出て、樹に何かあっても俺に変化はない。さっぱり分からん。どんな仕組みなんだ?
「で、何だって?」
「分からないって。精霊側から言った事はないんだって」
「うーん。そうなると、森人族が独自にやっている事なんだな。我々アッチャ族にはないからな。でも、それは便利だな」
「便利とは言うけど、俺達の状態はある程度は分かるけど、樹が話し出したりする訳でもないから、変化を見付けるのって難しいと思うぞ。それに、向こうの状況は俺達には分からないんだから」
「まあ、そこまで求めたらキリがないからな」
「あ、今ので分かっただろうけど、アロの契約精霊は精霊長様だからな」
「「!!」」
「をい!!」
「ん?」
「『ん?』 じゃねえよ! どうしてさらっと言うんだよ! 言うとしても俺からだろうが!!」
「どうしてって、ずっと隠すつもりだったのか?」
「そ、それは……。言わなきゃいけないと思ったら、話さない事はないかもしれない」
「じゃあ、良いじゃないか」
「それでも、だ! 俺に相談もなく、今言わなくても良いじゃないか!」
「いつか言うんだったら、早い方が良いだろ」
「それはお前の考えだろ? 俺には俺の考えがあるんだよ。話すとしたら俺にも準備ってのもあるんだぞ!」
「良いじゃないか、もう言っちゃったんだから」
「っぐ。はああああああ」
何だよ。精霊の話にはなったけど、契約した精霊の話にはなってないじゃないか。それに、ナックは薄々気付いてたから良いけど、ルーク達は気付いてもいないだろ。しかも、突然話すなんて何考えてるんだよ。ここに俺達しかいないから良い様なものを。良くないけど。誰かに聞かれたらどうするんだよ。ったく。
「お二人は精霊と契約しているから、強いと思ってました。でも、アローニさんは精霊長様だったんですね」
「まさか、精霊長様だとはな」
二人を見ると、目を見開いて唖然としている。俺を見ているのか見てないのか分からない目で、口からはそんな事が出てきた。もう良いか。話しちゃったのは仕方ない。戻る事は出来ないんだ。
「ああ、そうだよ。俺は精霊長様と契約した。ついでに言うと、この弓の素材は精霊樹だよ」
「な、なんと」
「す、凄いっす」
「今回はナックが何の相談もなく突然話しちゃったけど、黙っていてくれ。もし、言う必要が出たら俺が言うから。分かったか? 特にナック」
「あ、ああ」
睨んだら気まずそうに頷いてくれた。そんな顔するなら、相談くらいしてくれよ。俺自身の事なんだぞ? 相談くらいしろってのは贅沢なのか?
「じゃあ、これから王都に戻って精霊と契約する訳だが、私からも秘密を話そうか。とは言っても私の事ではないんだが。父上は精霊長様と契約している」
「「「!!」」」
「そんな大事な事、シムさんがいない時に言っちゃって良いのか?」
「別に構わんだろ。知っていたところで、何がどうなる訳でもなし」
「いや、それはそうなんだが……」
そうか、シムさんは精霊長様と契約しているのか。誰かが契約してるとは思ったけど、まさかシムさんだとはねえ。でも、それを知ったところで俺に何の得があるんだ? ……いや、ないな。じゃあ、俺の事を話しても構わないって事か?
「んな訳あるか!」
「ど、どうしたんですか?」
「ああ!? シムさんがどんな精霊と契約してるのか知っても俺達には何の関係もない。だけど、俺の事とは違うだろって事だ。危うく話しちゃっても良いかってなるところだった」
「ちっ。それで、勝手に突然言ってしまったナックはどうなんだ?」
「そうだよ。俺の事は良いから、自分の事を話せよ」
「良いけど、アロは知ってると思ってた」
「何で?」
「だって、俺が契約したのはアロの前だぞ。俺の契約精霊は精霊長様が選んだんだぞ。だから、教えられてると思ってたんだけど」
「え?」
「(そうなの?)」
「(そうよ。聞かれなかったから、言わなかっただけよ)」
キューカの事を打ち明ける相談をしてる時にでも話してくれれば良かったのに。
「俺が聞かなかったから、言わなかったらしい」
「ふーん。精霊には冒険者の様な位階はないから、強さってのは分からない。でも精霊長様からは、敢て言うなら真ん中よりは少し上らしい」
何ていい加減な。そう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。他の二人も何とも言えない顔になっている。はあ、これから契約しに行くんだぞ。もしかして、どんな精霊と契約したか言わないと駄目なのか? 嫌だな、次もまた精霊長様だったら。




