側仕えって何するの?
「本当にコライへ来られるのですか?」
「嘘だと思うのか? そもそも式典は国中で祝う物だと考えている。王都だけで祝っても仕方なかろう。だから、コライだけじゃなく、全ての町、村に行く予定だぞ」
「嘘だ何て思っておりません。ですが、急な事ですので準備が出来ません。折角、王がお越しになるのに何もしない訳にはいきません」
「うむ、その考えは分かる。だが、今回に関しては無用だ。事前に知らせていないのだし、式典は私を祝う物ではなく、国民、国を祝う物だ。この際だから、国中を回ろうと計画したんだよ」
「計画されていたなら、事前に知らせて頂きたかったというのは無理な話なんでしょうかね。警備の問題もありますし」
「だから、な……」
と、コライに向かう前にシムさんとラウンさんのこんな遣り取りがあった。しかも、同じ事を何度も繰り返して聞いてた。ラウンさんとしては、準備をしっかりして迎えたかった。シムさんとしては式典の主役は国民だから、自分から行くのは当然という考えみたいだ。まあ、事前に教えると歓待の準備はもちろんだけど、見せたくない部分を隠されるかもしれないから突然にした様だ。まあ、驚く顔が見たいってのが大きい気がするけどな。
同行しているバフさんは、その地にいる兵士を抜き打ちの視察が出来るから、事前に教えない方が良かったみたいだけどね。
そう言えば、王都での炊き出しでの食糧問題は、あの後式典の最中ずっと狩りをした。バフさんは実戦が出来るからと、積極的に兵士を狩りに参加させていたし、冒険者も精霊殿からの報酬なし依頼とは違い、王宮からの正式な依頼とあって組合が混乱した程だ。狩りで汗を流した後に、タダ飯タダ酒で腹を満たす。冒険者はこれを繰り返した。俺達ももちろん同じだ。ただし、酒は飲まなかったけどな。
で、タダ飯タダ酒は各食堂で出される筈なんだけど、精霊殿がやっている炊き出しに王宮からの支援もあり、尚且つデル以外の王族が参加する事になった。そうなると、更に人が集まる。それを見たら、自分の食堂で飯を出すよりは炊き出しに参加した方が良いって考える人も出てくる。その人達は調理に活躍してくれた。で、飯は喰えるけど、酒は? となってくると、自然と酒を扱っている商会や酒場から樽でどんどんと運ばれてくる。それを見た人達がどんどんと集まってくると言う、悪循環……好循環になる。炊き出しをやっている中央広場は人、人、人。ここで飯や酒で腹一杯になったら、休む為だけに宿に戻る。こんな繰り返しが大半だったんじゃないかな。酒もそうだけど、椅子も卓も運んでくるから大きな食堂となっていた。調理する側は大変だったみたいだけどね。
あ、俺達は参加した。と言うよりも半ば強制だな。王族が参加しているし、その中のデルと冒険者仲間だから一緒に参加するのは当たり前だっていう無言の圧力に負けたからだ。朝早くから狩りをして、炊き出しに参加する。短い間だけど、非常に疲れた。でも、その中で良かった事は狩りに報酬がついた事だけかな。
「それにしても、俺達が王様の側仕えなんて良いんですかね?」
「良いも悪いも仕方ないだろ。俺等の位階を思い出せよ。Ⅰだぞ? Ⅰに護衛依頼は無理だ。だから、こうなったんだろうが」
「それはそうなんですけど、何か緊張しちゃって。護衛の方が楽だったんじゃないかと」
「まあ、ルークの立場だったらそうかもな。でも、シムさん達が無理な事を言う訳じゃないから良いじゃないか。それに、側仕えと言っても俺達だけじゃないんだ。俺達が何かするまでもないだろ」
「そ、そうですよね」
明らかに安心した表情だな。まあ、会っただけで緊張してたのに、その王様からの依頼ってなると当然か。他に冒険者はいないから、目立ちはすると思うけどね。まあ、指名の依頼だけど組合には秘密にしてもらってあるから、他の冒険者には知られないと思うけどな。
俺達はシムさん達が乗る馬車の隣を歩いている。護衛を担当する兵士は一番外側で警戒しながら歩いている。騎乗している人もいるけど、その人は馬車を先導する位置にいる。バフさんは……体格的に馬に乗れる筈もないので、俺達とは逆側を歩いている。反対側にいるのに、頭が馬車越しに見える。こんな人が襲ってきたら怖いだろうなあ。まあ、動物とか魔物はもっと大きいのはいるんだけどね。
ただ、あの巨体の一撃を喰らったら平然とはいかないだろうな。それに、どうやって倒すのか不明だ。全身が岩だからなあ。矢は刺さらないだろうし、剣は弾かれるだろうし、最悪折れるだろうな。攻撃するとしたら、目かな。そこしか弱点らしい物が見当たらない。それに、炊き出しの際の狩りでも俺達よりも狩っていたんだ。全身岩だけど、動きは鈍くなさそうだし。
「お前達、普通は王の近くでの依頼なんだから、もっと嬉しいとかないのか?」
「だって、俺等ってこの国の民じゃないし」
「近すぎるので、嬉しいよりも緊張の方が」
「俺達って普通じゃないし。それに、王族のお前と一緒なんだぞ? 今更だろ」
「……はああ。お前達はそうだったな」
デルが嬉しいだろ? みたいな顔で話し掛けてきたんだけど、俺達の返しが逆の反応で一瞬固まって、納得すると同時にガクっと項垂れた。もういい加減慣れて欲しいよな。ルークは別だけど、王族だからって嬉しいなんて感情は出てこない。もしそんな感情が出るとしたら、美味い飯を喰った時とか?
「(それは違うんじゃないかしら?)」
「(ま、まあそうかもね。んー、じゃあ……)」
「(……ないんじゃないの?)」
「(……ないな。今のところ、嬉しいとか感じたのって父さん達の話を聞いた時かな)」
「(無理に嬉しい事を探さなくても良いわよ。旅を続けていれば、嬉しい事、楽しい事なんて沢山あるはずよ)」
「(それもそうか)」
「デル、ちょっと良いか?」
「何ですか? 父上」
馬車の窓からシムさんが顔を出して、ちょちょいとデルを呼んで何か話している。俺達は馬車の隣とは言っても、ピッタリと張り付いている訳ではない。だから、何を話してるのか分からない。それに、小声だしね。
「それなら適任がいますので。ちょっと待って下さい」
そんな声が聞こえたから、馬車の方を見ると、デルがこっちに来いと仕草で知らせてくる。確認の為に自分の事を指差すと、頷きが返ってくる。俺に頼む事って何だ? 側仕えなんてした事ないから、頼まれても出来るとは思えないぞ。
「俺に用みたいですけど、何かありましたか?」
「うむ。これから行くコライで面白い事をやるんだろう? しかも、それを言い出したのはお前さんだって言うじゃないか。それを聞きたくてな」
「ああ、あれの事ですか」
「その事を詳しく聞きたくてな。今回の式典に合わせて、何か出来ないかと思ってな」
「ああ、なるほど」
「だから、ほれ。馬車に乗って詳しく聞かせてくれ」
「え? でも……」
そこで周りを見ると、興味津々なのか護衛の兵士がこちらを見ている。それに一応、俺達は側仕えの依頼中だ。それなのに、依頼主と同じ馬車に乗るってのもなあ。
「別に気にせんで良い。これも依頼内容の一つと思ってくれ」
「……分かりました。じゃあ」
そうまで言われてるに、断るのは逆に目立つだろう。だから、馬車に乗り込んだ。動いてる馬車に乗るってのも何だか変だけど、歩くより少し早いだけだから難しい事もなかった。
中は案外広くて、シムさんはもちろんユニさんもいた。デルの兄弟姉妹は別の馬車に乗っている。クセンさんだけは、精霊官長だから王都に残っている。で、俺だけが乗り込んだ訳じゃなくってデルもだ。四人座ってるのに、狭く感じない。まあ、体格の事もあるんだろうけどね。椅子は前に王宮に呼ばれた時に乗った椅子よりも柔らかいし、俺が座っても頭が天井につく事もない。しかも、良い匂いがする。
「で、詳しく聞かせてくれないか?」
俺がキョロキョロ見渡したり、鼻をスンスンさせていたらシムさんから催促がきた。その顔や目からは、強い熱が感じられた。そこまで期待されても、なあ。
「あ、はい。でも、詳しくも何も料理大会を開くってだけですよ?」
「お前さんが考えたんだろ? だったら、考えた者に聞くのが一番だろ」
「そうですけど……。でも本当に、俺は言っただけなので、ラウンさんがどうするのかは知りませんよ」
「それでも構わんよ。その料理大会の流れだけでも知っておきたいからな」
「じゃあ、俺がラウンさんに話した事をそのまま話しますね」
本当に、ラウンさんに話した事をそのまま話した。あの後、いつどうやって料理大会を開くのか聞いてないから、俺が話した事が実行されるかは不明だ。まあ、それでも良いからって言うから全部話した。
話しているうちに、シムさん達が出来る事があるんじゃないかと。出来るというよりもやってもらった方が盛り上がるかもな。うん、初めての事だから尚更良いかもしれない。
「と、言う事なんです」
「ふむ。料理大会か、面白そうだな。それに、コライステーキだったか? デルが美味い美味い言うから、それも食べてみたいしな」
「そうですわね。言っては何ですけど、ウチの料理人の腕も確かなはずなのに、あれだけ絶賛するんですもの。食べない訳にはいきませんね」
「それで、これはラウンさんに相談になるんですけど、思い付いた事がありまして」
「ほう。それは面白そうだし、盛り上がるだろうな。これは式典の為に用意された様なものだな」
「ですわね」
俺の思い付きを話したら、シムさんとユニさんが嬉しそうに同意してくれた。
あ、これって俺がラウンさんに言わないと駄目なのか? 言うのは良いんだけど、ラウンさん達が考えてる流れってのもあるからな。シムさんがって言ったら、断れないよなあ。はあ、どうしよ。まあ、言うしかないんだけどな。




