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式典

 「今頃は、デル様は王宮で豪華な食事を食べてるんでしょうねえ」

 

 「何だ? 行きたかったのか?」

 

 「いやいやいや! 俺みたいなのがいたら場違いですって! それに、豪華な物を食べても緊張して味なんて分かんないですよ、きっと」

 

 「ふーん、そっか。まあ、今は目の前の飯を喰おうぜ。何せどれだけ喰っても良いって話だしな」

 

 「そうですね。前にお会いした時に言ってましたからね。酒や飯を振舞うって。でも、まさかここまでとは」

 

 うん、それは分かる。昼少し前になると、大きな音が町中に鳴り響いた。何事かと思って噴水のある広場に行ったら、王宮のある山の一番上でシムさんが大声で叫びだした。叫びだしたってのは変だな。在位五十年を迎えられて嬉しい! みたいな事を言ったらしい。らしいってのは、丁度上の町にいた人に聞いたからだ。俺達がいたのは山の中腹だったんだけど、何を言ってるのか聞き取れなかった。俺達で聞こえなかったんだから、麓の町だと聞こえるはずもないな。

 

 でも、その後にシムさん達が王都中を馬車で移動して、各町の中央広場で同じ事を話した。もちろんその中にはデルもいた。中には見た事もない人がいたけど、後で教えてもらったらデルの兄弟姉妹らしい。そこで、乾杯と共に酒と飯を振舞う事を言うと更に盛り上がった。盛り上がるってのは言いすぎじゃないと思う。熱気と言うのか、野太い声がそこ等中から響いた。中には俺達みたいに、この国の生まれじゃない人もいると思うけど、それはそれ。酒と飯がタダならば、喜ばない人はいないだろ。それが上から下の町まで同じ事をするから、上で収まったかと思えば次は中腹、麓と続く。

 

 「いやー、それにしてもどれだけ食べても良いとは言っても限度がありますね」

 

 「そうだな。最初は何て凄い事をするんだって興奮したけど、実際に喰ってみると案外喰えないもんだな」

 

 「ああ、それな。いつもだったら依頼を請けるから腹が減るんだけど、今は違うからな。動いてないと腹が減らないぞ」

 

 「しかも俺達は酒は飲まないからな。喰う事しか出来ないんだけど、喰うだけってのも駄目なのか?」

 

 「でも、酒以外も全部タダらしいですから何か飲みますか?」

 

 「そうしようか。ずっと飯を喰ってる訳にはいかないからな」

 

 「だな。酒は飲まない方が良さそうだし」

 

 「飲まない方が良いって、何かあったんですか?」

 

 「あー、初めて二人で酒を飲んだんだよ。いや、飲まされたってのが正しいかな。で、飲んだ事は確か何だけど記憶にないんだよ」

 

 「記憶がないって……。どれだけ飲んだんですか?」

 

 「どれだけも何も、一口だよ。たったの一口で二人共記憶がなくなったんだよ」

 

 「そ。もう綺麗サッパリ。起きたら頭が痛いの何のって。昼少し前まで寝てたかな」

 

 「そうだぞ。あの時はペルルで魔物の群れが来たから朝方まで迎撃してて、疲れと眠気で夜まで眠りっぱなしだったんだよ。それなのに、酒を飲んだら又寝ちゃうんだぞ」

 

 「そう、起きたら腹が減ってるから肉を喰おうとしたのに、喰う前にバタンだよ。気付いたら次の日の昼だぞ。だから、幾ら酒もタダとは言え進んで飲もうとは思わないって訳だ」

 

 「お前は良いよな、昼に起きて。俺はいつも通りに起きちゃったから、また酒を飲まされたんだぞ」

 

 「それは謝っただろ?」

 

 「まあ、そうだな」

 

 あー、思い出したら嫌な気分になってくるな。別にナックに対してとかヘラクさんに対してじゃない。もちろん、酒でもない。……いや、多少は酒だな。いや、結構酒だな。飲んだ事を後悔してるんじゃなくって、飲んだ事で二人共眠ってしまって隙が出来てしまった事だ。幸い、あの時には何も盗まれたりはしなかったけど。あれは本当に幸運だと思う。何も盗まれなかっただけで済んでるけど、二人して死んでた可能性もあった訳だし。まあ、こんな飲み物があるんだなって事が分かっただけでも良いか。

 

 「俺も酒は飲んだ事がないですね。お二人が揃って記憶がなくなる程ですからね、飲まない方が良いですね」

 

 「いや、俺等は飲んだんだ。ルークも試してみたらどうだ?」

 

 「おい、ナック」

 

 「良いじゃないか。こんな機会は滅多にないと思うぞ。どんな物でも自分で経験しないと分からないだろ」

 

 「そりゃあ、まあそうか」

 

 「いやいや、お二人でも駄目だったんですよね? それを俺が飲むんですか?」

 

 「俺達でもって言うけどな、俺達だって初めてだったんだぞ。何も酒に強いとかじゃないからな。それに、変な飲み物じゃないから」

 

 「そりゃあそうですけど」

 

 そうだよな。一度は経験しておかないと駄目だよな。いつ飲んでも平気な様に慣れておかないとな。

 

 「(それだとアロ達も飲む事になると思うけど?)」

 

 「(いやいや、三人揃って寝ちゃったら誰が屋敷まで運ぶんだよ。だから俺達はルークが寝ちゃった時に備えるんだよ)」

 

 「(あの時、酒にも慣れようって決めなかったっけ?)」

 

 「(言ったよ。言ったけど、それは今じゃない)」

 

 「(まあ、良いけどね)」

 

 そうだ、別に今飲まないと駄目って訳じゃない。いや、寧ろ今は飲むべきじゃない。酒はいつでも飲めるんだ。たぶん。

 

 「何やら酒の話が聞こえてきたが、我が国の酒はどこに出しても恥ずかしくない自慢の一品だぞ」

 

 「デル様!?」

 

 俺達がルークに酒を飲ませようとしていたら、後ろから声がかかった。俺達が今いるのは、中腹の中央広場の近くにある食堂だ。そこに来るのは可笑しな事ではないけど……。

 

 「お前、王宮にいなくて良いのか?」

 

 そう何故デルがここにいるのか。王宮で今頃は宴だろうに。何より、周りの視線が怖い。ルークの大きな声で王族のデルがここにいる事が知れてしまった。

 

 「別に構うまい。父上達には言ってあるしな。それに、私がいなくとも兄上達がいるからな」

 

 「そんなもんか?」

 

 「そんなものだ。で、酒がどうしたって?」

 

 「ん? ああ。どうせ酒も飯もタダなんだから、ルークに飲ませようと思ってな。ルークはまだ飲んだ事がないって言うからさ」

 

 「ほー。で、アロ達は飲まんのか?」

 

 「俺達は飲んだ事があるから、今回は遠慮するんだ。三人揃って寝ちゃうのは駄目だろ」

 

 「寝る? 寝る程強いか? まあ、私が来たからアロ達も飲めば良いじゃないか」

 

 「いいよ、なあ」

 

 「ああ。これは飲んだ事がないルークに経験してもらおうって事だからな。俺等は飲んだ事があるから今回はルークに譲る」

 

 ナックも分かってくれた様だな。あんな思いはもうしたくないし。幾らここが安全だとしてもだ。

 

 

 「ほいっ!」

 

 と、俺達がルークに酒を飲ませようとしてる所に酒が入った木樽が四つ(・・)置かれた。何で四つなんだ? 数を見れば分かるけど、これは聞かない訳にはいかないな。

 

 「これは?」

 

 「見ての通り酒だ」

 

 「はあ。で、どうして四つも?」

 

 「どうしてって、デル様がいらっしゃったんだからウチで一番の酒を飲んで貰おうと思ってな」

 

 「それは分かりました。俺達は飲まないんで二つで良いですよ」

 

 「そうはいかないだろ。デル様が飲まれるんだ。お前さん達が飲まないのは可笑しいだろ。それに、祝いなんだから飲んでおいた方が良いぞ。ウチで出せる一番の酒なんだからな」

 

 「は、はあ」

 

 口調こそ優しいが、目が笑ってない。言い訳しないで、黙って飲めって言ってるみたいだ。俺が感じてる事は嘘じゃないと思う。実際、この人もそうだけど周りからの視線が痛い。無言の圧力ってヤツだ。誰もが黙って飲み喰いしてるけど、意識だけはこっちに向いている。

 

 「ほう、そうか。一番の酒か。そう言われてしまえば、飲まない訳にはいかないな。では、飲むとするか」

 

 そう言って徐に木樽に手を伸ばして、口を付ける。一口で終わると思いきや、どんどんと木樽が傾けられていって、ついには顔が真上を向いてしまった。

 

 「ぷはーっ。うん、美味いな。流石に一番と言うだけはあるな」

 

 「お褒め頂き、ありがとうございます。どうです? もう一杯」

 

 「うむ、頂こうかな」

 

 「では、少しお待ち下さい」

 

 そう言って店主は行ってしまった。残されたのは三つの木樽と俺達。これは飲まないと駄目ってヤツか?

 

 「アロ達も飲めば良いではないか。今は式典の最中って事でどれも王家が金を出すんだぞ。それに、あれは美味いぞ。飲んでおいた方が良いぞ」

 

 「そんなにですか!? デル様が言うのではあれば相当なんでしょうねえ。分かりました、俺は飲みますよ。お二人も飲みますよね?」

 

 「あ、ああ」

 

 ルークからも言われてしまった。しかも、飲みますよね? ってきたもんだ。まさか断らないですよね? って言わなくても伝わってきた。出来れば飲みたくなかったんだけどな。仕方ない、飲むか。あの時と同じにはならないだろ、たぶん。それに、飲み干したのにデルは何ともないから大丈夫だろ。

 

 「デル様、お待たせしました」

 

 丁度良い頃合いに酒を運んできた。流石にデルのを待たないで飲むって事はしなかった。それだけ周りの圧力が凄いって事で。

 

 「ありがとう。では。ここにいる皆も一緒に飲もうじゃないか!」

 

 「「おおー」」」

 

 「乾杯!」

 

 「「「乾杯!」」」

 

 デルが運ばれてきた木樽を掲げて、周りにいる人に大声で呼びかけて乾杯をする。呼ばれた周りの人達は嬉しそうに、木樽を掲げて飲み始めた。それを見て、俺とナックは覚悟を決めて口にする。

 

 「んぐっ。……あれ? 飲みやすい?」

 

 「だな。前の時は味なんて分からなかったけど、辛かったのだけは覚えてるぞ。これは、あれとは随分と違うな」

 

 「ああ、これなら飲めるな」

 

 って、飲みやすいからって調子に乗って一息で飲んだら案の定。

 

 「あ、れ? 何でだ?ルークが歪んで見える」

 

 「あれ、俺もだ。デルも同じだぞ。何でそんなに揺れてるんだ? 落ち着いたりゃどうだ?」

 

 「揺れてるって、私達は座ってるだけだぞ。揺れてるのはアロ達の方だぞ。飲みやすいからって強くない訳じゃないんだぞ。寧ろ、これは強い方だ。それを一息で飲むなんて」

 

 駄目、だ。デルがなにを言ってるのか分からにゃい。あれ? 何だか顔が熱くなってきたぞ。それに、バクバクと心の臓が早くなっている。なんだこれ。ああ、もう駄目。


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