高貴な人の対応どうしましょうか
「本当に良いのですか?」
「構わん。私は護衛なのだぞ? 一緒に馬車の中で座ってる訳にもいかんだろ」
「それは、そうですが……。デル様を歩かせてワシが馬車でって言うのが、どうも居心地が良くないのです」
「それは前にも話した通りだ。ここにいるのは王族のデルではなく、冒険者のデルだ」
「はあ、それは頭では理解しているのですが」
「なら問題はないな。それに、向こうに着いたら宿がないだろうから、アロ達を護衛として雇って泊めてくれるのだから貸し借りはないしだな」
「貸し借りの問題ではないと思いますが」
「そんな事を言っているが、私は譲るつもりはないんだぞ。ならば、これ以上話すのは無駄じゃないのか?」
「……はあ、分かりました。では、ワシは静かに馬車にいますので、何かありましたらお声を掛けて下さい」
そう言って馬車の窓を閉めるラウンさん。俺達は今王都タルパに向かって移動中だ。在位五十年の式典にデルはもちろんの事、ラウンさんも参加をするので護衛として売り込んだのだ。最初は王族のデルを護衛として雇う事に渋っていたけど、目的地は同じだから一緒に行っても問題ないじゃないかって。だったら、目の届く所にいる方が何かと良いんじゃないかって、半ばデルの説得? で渋々と本当に渋々と頷いてくれた。
さっきのも出発前から繰り返してきた遣り取りだ。頷いたけど、本当の意味では納得してないんだろう。ラウンさんの表情からは困ったしか読み取れない。まあ、困ったところで何も解決策はないんだけどね。
「はあ、私は護衛で冒険者なのだから、言葉遣いを丁寧にする必要はないんだが」
「デル様、それは仕方のない事かと。一緒にいる期間は俺の方が長いですけど、まだ『様』付けで呼んでいますし。代官様となると色々と考えてしまうのではないですか?」
「……まあ、いきなり慣れろって言うのが無理、か。早くルークも私の事をデルと呼んで欲しいものだな。私だけ仲間はずれにされている気分だぞ」
「そ、それは、努力します」
「因みに言っておくが、まだ仲間じゃないからな」
「言われなくとも分かってるわ。全く、アロも頑固だな。ここまで一緒に冒険者として活動しているのに、まだ仲間にしないなんてな」
「俺はまだって言ったんだぞ」
「まだ? それはもしかして……」
「ああ、ナックとも相談したけど仲間にするよ。もちろんルークもな」
「おお! そうかそうか。遂に決心してくれたか。うん、うん。でも何故まだなんだ? コライにも組合はあるんだから、あそこで手続きをしても良かったのではないか?」
「それも考えたんだけどさ。これから王都に行くのは在位五十年って言うシムさんを祝う目的だろ?」
「うむ、まあそうだな」
「だったら、その時は冒険者じゃなく王族として帰った方が良いかなって。ほら、他国からも使者が来るんだろ? だったら冒険者よりも王族の方が良いだろ? まあ、もう冒険者になってるから余り意味はないだろうけど。後は、これから冒険者として旅をするんだ。最後とは言わないけど別れの場くらいあった方が良いだろ?」
「……驚いた」
「何にだ?」
「アロがそんな気遣いを出来るとは」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ」
「代官だろうが王族だろうが、少しも態度を変えないで自分の思った事を思ったまま言うヤツだと」
「俺もそう思いました。アローニさんって誰に対しても変わらないので、ある意味凄いなって思いました。もちろんナックさんもですけど」
「お前達なあ。……まあ、当たってる、かな? 俺達ってこの国で生まれた訳じゃないから、代官だとか王族だとか言われても何がどれだけ凄いのか分からないんだよな」
「それはあるな。冒険者になったからって訳じゃないけど、動物相手に身分って関係ないからな。まあ、だからと言って族長の事を軽く見てるって事はないからな」
「へー、そういうものなんですね。俺なんて農家の生まれですから、代官様はもちろん王族となると雲の遥か上の存在ですよ。想像すら出来ないでいましたからね」
「ふむ、この国で生まれてないからこそだからか。理解は出来るが、これからの旅が不安だぞ」
「何が?」
「アロ達は今までの態度と言葉遣いでやってきた。父上達が気にしないから良い様なもの、他国に行ってもそれじゃあ問題を起こすって言ってる様なものだぞ」
「そうか?」
「うむ、父上達や私みたいに気にしない者だけとは限らない。いや、と言うよりも、私達は少数だろう。父上が冒険者で私も冒険者に憧れがあったから気にしなかったが、代官や貴族、王族である事に誇りがある者に対してだと、万が一罰せられる事もあり得るぞ」
「ま、まさかあ」
「いや、万が一ではなく確実にそうなるだろうな」
「ま、まっさかあ。……本当に?」
本当だとばかりに、声には出さずに頷くだけ。頷くだけの簡単な事だから逆に本当なんだと思ってしまう。でも、今更変えるものなのか? それに、どれが正しいのか何て俺には分かる訳がない。
「ア、アローニさん気を付けて下さいよ。もし間違ったら全員罰せられるかもしれないんですからね? ナックさんも」
「おい、おまけみたいに言うな」
「あ、そーゆー事じゃないんですけど」
「分かってるって。まあ、今まではアロが話を進めていたからな。俺が勝手に決めた事ってない……んじゃないかな」
「それでもです。お二人は特に気を付けて下さいね」
「特にって言われても、俺等には分からないぞ。貴族とか王族とかいないところから来たんだから、何が駄目で何が正しいかなんて。ルークは分かってるのか?」
「っう。そう言われると自信がないです。今はデル様と一緒に行動していますが、農家の子ですよ。貴族様、代官様、王様なんてどうやって話したら良いのかさっぱりですよ。話す事も会う事すら一生ないと思ってたのに」
「それもそうか。あ、そう言えば、ラウンさんと初めて会った時にベンダーさんに凄い怒られた事あったよな?」
「ええっと、確か『代官様はこの町で一番偉いんだから様を付けるのは当然です』みたいな?」
「そうそう、そんな感じだった。あれを考えると、俺等の方が間違ってたのか?」
「そ、そんな事があったんでか!? 怖い物知らずと言うか無謀と言うか無礼と言うのか分かりませんね」
「あの時はさ、訳も分からずに馬車に押し込められてってのもあった……と思う。まあ、あれがなかったとしても変わらないか」
「だよな。偉いと言われても俺等にはどこがどう偉いのか分からなかったよな。俺等の中では代官は族長みたいなものだから、様を付ける必要はないって結論が出たんだけど」
「そうそう。それを言ったらさ、ベンダーさんの顔が更に凄みを増してさ、今にも飛び掛かるんじゃないかってくらいだったな」
「ああ、あれな。アロが言ったけど、俺も同じだったからな。でも、まさかあそこまで怒るとはな」
「お、恐ろしい。その時に一緒にいなくて良かったです。その時は何もなかったんですか?」
「ああ、なかったな。ラウンさんが急に笑い出しちゃってな。謝って飯まで喰わせてくれたぞ」
「うわ、代官様に謝させるなんて……。本当にその場にいなくて良かったです 」
「全くだぞ。ラウンが何も罰しなかったから良い様なものを。お前達はもう少し遠慮という物を身に付けた方が良いぞ。相手の事を思って、思った事を直ぐに声に出さないで考えてから話す事を心掛けた方が良いぞ。ルークの方がまだ良いぞ」
「そんな事言われてもなあ?」
「おう。今までそんな面倒な身分とは無関係だったからな。今更、なあ」
「王様達を面倒だなんて……」
「おい、何聞き違えてるんだ。面倒なのは王じゃなくって身分だって」
「どっちも余り変わらない気が……」
「変わるぞ。シムさんは父さんの仲間だって事もあるから、面倒よりは昔の話が聞けて楽しかったって思ってるくらいだし。他は……会った事ないから分からないな」
「はあ、お前達はもっと危機感を覚えた方が良いぞ。そんなんじゃあこの先不安だぞ。特にこのグループの頭はアロなんだから、私達の命はアロが握っていると言っても良いだろう。これからも父上達と同じ対応の者が出てくる事はないだろうからな」
そう言われてもなあ。何をどうすれば良いのか分からない。どこから手を付けていけば良いんだ? そもそも会う前提で話してるけど、必ず会うのか? それとも会わないと駄目とかあるのか? もしかしてデルを仲間にするからか? うわ、じゃあ仲間にするの辞めようかな。
「なあ、今気付いたんだけどさ、代官とかに会う事の事を話してるけど、冒険者って会う機会ってあるのか?」
「「「……」」」
沈黙。沈黙。沈黙。
「と、とにかく! 身分に関係なく、相手を気遣う事は大切だぞ」
「そりゃ俺達ってシムさん達には気軽に話してるけど、気遣いが出来ないって事はないと思うぞ。シムさん達以外で気遣いが出来てない事ってあったか?」
「え? そ、そりゃ……」
「あるのか?」
「あれ? ない、かな。少なくとも俺が見てきたお二人は、横暴とか乱暴とはかけ離れてましたね」
「だろ? 俺等にはない身分との接し方がルーク達には危ないって思われてるけど、そもそもその他はいたって普通だと思うけどな。それに、会う機会があるかどうかも分からない身分の人の事を考えるよりは旅の事を考えてた方が良いだろ」
「そ、そうだな。今まで父上達に会っているからと言って、これからも身分の高い者に会うとは限らない。と言うよりも少ないか」
「だよな? あー、安心した。余り脅かすなよな」
そうだよ。今までが普通じゃなかったんだよ。ラウンさんは料理の事、シムさんは父さん達の事だし。これ以上はないだろ。
「(私はあると思うわよ。何しろ、料理大会の事はプーマじゃなくてアロなんだからね)」
「(そ、そうならない様に気を付けるよ。それでも係わる様なら……いっその事)」
「なあ、身分が上の人と会った時の事を考えても仕方ない。あったとしても、俺達からじゃなくて、向こうから勝手に来るだろうからな。俺達が幾ら気を付けたところで来る者は来るさ。だからな……」
そこで俺は思い付いた事を話した。二人は安心した顔になったけど、一人だけ眉間に皺が出来て渋い顔になった。言うまでもなくデルだけどな。




