前途多難
「まだなんですか?」
「そうなんだよ。商会や鍛冶屋には話はしてあるんだ。だが、それでも準備にはまだ掛かるな」
「そうですか」
「うむ。大きな催しにはする予定なんだが、何せ初めてやるからな。準備をどう進めて良いのか迷ってる部分もあるし、この大会だけが仕事じゃないからな。皆、普段の仕事をしつつだからな」
「うーん、なるほど。じゃあいつになるかは分からないって事ですか?」
「そうだなあ。式典前になる事はないだろうな。出来たとしてもやらないがな」
「それはどうしてですか?」
「出来たとしても、式典に間に合わなくなるからだ。これでもワシはここの代官じゃからな。式典に間に合わなくなるかもって焦って仕方ないわ。それに初めての事だから、準備は万全で臨みたいんじゃよ」
「ああ、それは確かに」
「ところで、お前さん達に聞きたい事があるんじゃが」
「何ですか?」
「どうしてここにデル様がいるんだ?」
「知ってるんですね」
「そりゃそうだろが!」
「まあまあ、落ち着いて下さいよ」
「これが落ち着いていられるか!?」
「それについては私が説明しよう」
コライまでの道順は当然迷っていない。逆に辿れば良いんだからな。でも、途中で野宿をしたんだけど、やっぱりと言うか当然と言うのかデルが問題だった。食料は持ってたんだけど、そのまま食べられる物じゃなくって材料そのものを持ってきてた。あれには流石に驚いた。あれを見て、ああ冒険者には憧れてはいたんだなって思った。
それにしても、シムさんは何も教えなかったって事か。それか、何も聞かなかったのか? まあ、教えられるよりは自分で経験した方が身に付くけどな。それで、食べ物だけじゃなくって他にも問題はあった。寝袋はどこかとか寒いとか言い出した。分からなくもないけど、これも経験だと思って無視した。無視したんだけど、何から何まで初めてだから楽しんでた。
「と言う訳だ」
おおっと、俺が思い出してたら説明は終わった様だ。と言っても、そんなに複雑な話じゃないし簡単だからな。
「なるほど。分かりました。ですが、何故ここなのですか?」
「それはこの二人が行けば分かると言って、理由は教えなかったのだ。だが、さっきの話の感じだと何か大きな催しをする様だな」
「ええ、そうなんです。その発案はここにいるアローニ君でして」
「ほう。それはどんな催しなんだ?」
「この町で料理大会を開こうかと思いまして」
「料理大会? それは準備をしてまでやる事なのか?」
「それはもう! まだ民全体には説明していませんが、料理人はやる気に満ちています。何しろ、一番の料理人を名乗れるのですから」
「ほー。それの規模はどの位になる予定なんだ?」
「町全体で考えていますので、万単位は軽くいくかと」
「そりゃ凄いな、なるほどな。それに私達は何か手伝える事はあるのか?」
「いえいえ! とんでもないです! 後は簡単な準備だけですので!」
「そうか?」
「はい! それにデル様達は依頼でお忙しいでしょうから、どうぞ存分に冒険者を楽しんで下さい。あ、くれぐれもくれぐれも、怪我だけはしない様にお願いします」
「うむ、それは心掛けよう。まあ、冒険者には何があるか分からないからな、怪我をする時はその時だ」
「いいえ、それですとワシが王様からお叱りを受けてしまいます。もし怪我の可能性がある様なら、町中でしか出来ない依頼に限定されて頂く事になりますが」
「ちょっと、待つのだ。それが嫌でここに来たのだぞ。それは困る」
「いいえ、こちらにも立場があります。もし怪我でもされたらワシは王様からお叱りだけで済むとは思えません」
「冒険者になる事には父上達に相談した上だぞ。だから、怪我しようが死のうが別に構うまい」
「いいえ、ワシが構います。もしそんな事になったら、ワシはどんな顔して王様達に報告しないといけないんですか!?」
「いや、しかし……」
「ラウンさん、大丈夫ですよ。ここに来るのだって、俺達だけでしたし。何より、戦った俺達がデルの強さを保証しますよ」
「お前さん達が保証、かあ。お前さん達の位階は?」
「個人とグループでⅣに上がる資格があるⅢですね。ルークはⅡでデルはⅠです」
「絶対に大丈夫って言える程じゃないな。うーん、どうするべきか……」
え? そんなに悩む事なのか? 目を閉じて腕組みしちゃったよ。まあ、俺達が保証すると言っても俺達の強さが分からないんじゃあ安心出来ないか。じゃあ、他に位階の高い人を雇って護衛させるか? いやいや、それだとこの国では良いだろうけど、他の国に行ったらどうするんだよ。ずっと雇うのか? それとも、仲間にするのか? うーん、もしそうなるならデルは外しだな。
「代官様、一つ提案があります。デル様の個人の位階が彼等と同じになるまでは、請けられる位階の上限をデル様に合わせる様にすれば良いのではないでしょうか」
「「なっ!?」」
「ふむ……それは少しは安心出来るか。じゃあそれで良いですか?」
「うむ、外に出られないよりはマシか。仕方ないな」
「ちょっと待って下さいよ! 俺達はどうするんですか? Ⅰって報酬が低いんですよ!?」
「お前さん達より、デル様の方が優先に決まってるじゃろうが。何を言ってるんじゃ」
「「えー」」
「お二人には悪いですけど、俺もその方が安心出来ます」
「ルークもかよ」
折角、狩猟が出来ると思ってここに来たのに……。これじゃあ何の為に来たんだよ。いや、狩猟したい時は二人だけで行けば良いのか? うん、そうしよう。ここじゃあデルを王族と知っている人は少なそうだから、一緒にいなくても怪しまれないだろう。
「と言う訳ですので、ここにいる間は怪我だけはしない様にお願いします」
「うむ。無闇に心配を掛けるのは本意ではないからな」
「ちょっと、本当に本当なんですか?」
「当たり前じゃろうが」
「はあ、仕方ないか。今回は諦めますよ」
コライに着いて、初めにしたのがラウンさんに会う事。もちろん料理大会の事を聞く為だったんだけど、まさか冒険者の依頼にまで指示が出るとは、な。外に出るなと言われないだけマシか。
「ちょっと待ってくれ。本当に本当に怪我だけはさせんでくれよ!」
部屋を出る直前に俺だけを捕まえて、そっと囁いた。囁いたにしては力強かった。器用な事するなあ、と感心してたら凄い睨んで嘘じゃないぞって脅してきた。これは本当に怪我させたら、大事になるぞ。
「どうして、料理大会の事を教えてくれなかったのだ?」
「それは着いてみてのお楽しみにしたかったから。予定だと、着く頃か少ししたら開催だと思ったんだよ」
「ふむ、なるほどな」
「それよりも、依頼に制限が掛かるとはなあ」
「それについては、申し訳ないとしか言い様がない」
「まあ、デルの位階がⅠだからグループはそれに合わせるよ」
「グループは?」
「グループはデルに合わせるけど、個人ではデルに合わせる必要ないだろ。だから、個人とグループ両方で依頼を請けるって事」
「だと思ったぜ。俺だって今更薬草集めとか嫌だからな」
ナックも分かってるじゃないか。狩猟がやりたくて王都を出たんだ。町中での依頼も悪くはないけど、やっぱり狩猟がしたいよな。
「ちょ、ちょっとそれは良いんですか?」
「良いんじゃないか? だってデルに位階を合わせろって言われたけど、それってグループの事だろ? 個人の依頼までは何も言われてないし」
「そうだぞ。もし個人の方にも制限を掛けられる様なら、デルとルークとは別に行動するぞ」
「う、うむ。仕方ない、のか?」
「デル様まで!?」
「仕方ないだろ。狩猟がやりたくてここまで来たんだから。お前達は元々Ⅲじゃないから良いだろうけど、俺等はⅢなんだぞ。狩りの腕が鈍っちまうだろうが」
「そんなあ。さっき代官様に言われたじゃないですか。それを破っても良いんですか?」
「何も、わざと破ろうとしてる訳じゃないさ。ただ、工夫をするだけだよ」
「そんな言い訳通用しますか?」
「「さあ」」
「さあ、って」
ルークは何やらぶつぶつ良いながら、頭を抱えて蹲ってしまった。そんなに悩む事か? 冒険者なら危険は当たり前だろ。それに、これからも冒険者を続けて旅をするなら尚更だ。今の内に狩猟にも慣れておかないと、連携に不安が残ったまま旅をする事になるし。それに、ここなら大体の動物・魔物は知ってるから対処は出来るだろう。他の国に行って知らない動物に出くわしたら、もしかしたら俺達でも対処出来ないかもしれない。そうなった時に、デルを助ける余裕があるとも思えない。だから、これは必要な事なんだ。決して、俺達が狩猟をしたいだけなんかじゃない! うん、だけじゃない!
「(そうやって自分に言い聞かせてる訳ね)」
「(そうとも言う。だけど、連携が出来ないまま旅をするのは不安だろ?)」
「(そりゃあね。だったらさ、先に精霊と契約しちゃえば良かったんじゃないの?)」
「(……それは言わないでよ。忘れてた訳じゃないんだよ、忘れてた。ただ、早く王都を離れたいって思っただけで)」
「(それを忘れてたって言うんだけどね)」
「(……はい)」




