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Hidden Pride  作者: KTR
23/23

Epilogue 最弱、その余韻

 窓辺から差し込む朝日が僕の目を焼いた。あまり優しい朝だとは思えないが、


「むふぅ……リオンのほっぺぇ……」


 隣で眠るアリスのこんな姿を見てしまえば、どうでも良くなってしまった。

 ちなみに今のアリス、僕の身体に抱き付いてきている上、僕のパジャマの寝巻をよだれで汚してしまっている。これがアリスでなければ怒っていたけれど、アリスがやっているのですべて許したし、むしろもっとやってほしいと思ってしまった。

 アリスはさらに僕に密着してくる。胸を押し当て(質感はゼロ)、顔をうずめてきた。そこ、あなたのよだれまみれですけど大丈夫……?


 と、そんな心配をしている暇もなかった。

 なんかもう、抱き枕みたいな扱いになっていたところで、アリスが歯を立ててがぶりと僕の肋骨の辺りの皮膚を服越しに噛んだのだ。

 女の子に噛まれると気持ちいいものだと夢見ていた僕だったが、とんでもない。激痛だった。それも痺れるような激痛。まるで全身に電撃でも走ったかのよう。

 とはいえ、僕はアリスの恋人だ。それくらいでは怒ったりしないし、アリスがやるのならちょっとうれしいぐらいに思ってしまう。


 というか、さっきの激痛で気が付いていたけれど、僕の傷はまだ癒えていないらしい。

 当然だ。あれほどの傷を負ったのだから。

 あの激戦の後、僕はおそらく気を失ってしまったのだろう。


 アリスが僕を病院に連れて行ってくれたのか、あるいはあの場に医療関連の能力を使う医者が待機していたのかは知らないが、とにかく治療されて夕方から今まで眠っていたらしい。


「っつ、起きよう」


 一つ呟き、僕はアリスの頭を軽く撫でて上げるとベッドから降りようとした。が、そこでもう一つ、


「うぅ……ねむい……」


 明らかに寝ぼけている小さな声があった。僕の隣、寝癖だらけの白い髪が顔を隠してしまい、まるでお化けのようになったアリスが身を起こしていたのだ。

 おそらく起こしてしまったのだろう。

 申し訳ないなという気持ちがあったので謝ろうとしたが……


「あ、リオンが起きた……」


 そんな言葉と共に、アリスはボロボロと両目から大粒の涙を流し始めたのだ。


「え、は、え? なんで? なんで泣いてるのッ?」


 訳も分からない状況に狼狽する僕に、アリスは子供みたいに泣きながら僕へ飛びついてくる。


「だって、だって三日も寝込んじゃったんだよぉ……っ。もう起きないかと思ったよーっ!」

「え、三日も……?」

「そ、そうよ! まったく……あんなに無茶して……バカ。心配したのよ……」

「う、ご、ごめんなさい……」

「でもまあ」


 するとアリスは、ハイハイで僕に近づくと、そっと頭を包み込んで、


「約束、守ってくれたしね。『勝ってくる』って。だから、まあ、えっと……」


 するとアリスは突然しおらしくなって、


「だからその、しょうがなく、だけどさ……その、キス、して上げなくもないわよ……アタシの方、から……」


 そんな、いつもなら絶対に言ってこないような提案に僕が絶句していると、


「や、やっぱなし! いまのはなしよ! 忘れなさい」

「嫌です! 絶対忘れないです!」

「はッ? お前ぇ! アタシは主だぞ!」

「いやでもその前に恋人でしょう?」

「う、それはそうだけど……」


 それからもあーだこーだ言っていたが、結局僕が、「あ、じゃあもう良いです。これからは敬語で話しますし、ちゃんとアリス様と呼びますから。キスも控えますね」と言うと、卑怯だとかなんとか言ってキスしてくれた。やはり世界一可愛いと思う。


 一通りイチャイチャし終えると、僕とアリスは一緒に食堂へ。

 食堂に入るなり、色んな人が詰めかけてきて、僕に労いの言葉やらお祝いの言葉やらをかけてくれた。本当にこの屋敷に来てよかったと思える。あとなぜか、女の子が僕の半径一メートルの距離を保ち続けていたのだけれど、あれはいったい何なのだろうか。なんかアリスが隣でうなっていたことと関係あるのかもしれない。


 隣あって朝食を食べながら、僕とアリスはたわいもない話をした。今日は修業するなだの、明日はデートに行こうとか、プロポーズはいつしてくれるのかとか……さすがにプロポーズは早すぎはしないだろうか。


 僕はこの、アリスとの日常を、会話の一つ一つを、彼女の仕草、声、笑顔――その全てを大切にしたいと思う。

 そして大切に思うからこそ――――、


「アリス」

「なに?」

「愛してる」

「うっさい。……アタシの方が愛してる」



 ここから先に、敗北は存在しない。

 ただ貪欲に勝利を欲しろ。

 たった一人、愛した少女を救うために。



 朝食を食べ終わると、僕らは一緒に食堂を出た。



 左手に感じる彼女の右手は、とても温かかった。


☆ ☆ ☆


 今日は病み上がりということで特訓はなかった。先にアリスがリュージさんに断りを入れていたらしい。

 アリスはそれを朝食の時に教えてくれたあと、僕にデートに行こうと誘ってくれた。当然断る理由がないのでそれを二つ返事で承諾し、支度を済ませた僕らは、いま商業区にやってきていた。

 人通りの多い道の真ん中で、僕らは手を握って歩いていた。


「あ、ねえねえ、あのジェラート美味しそうじゃない? ちょっと食べたい」

「ああほんとだ。じゃあ買いますか」


 道に沿って様々な売店が立ち並び、主人たちが張りのある声で客引きをしている。僕とアリスはそれらの店の一つの前に並び立ち、どのジェラートにするか言い合った。

 五分ほど悩んで、結局二人ともオーソドックスなバニラ味を選んだ。


「やっぱりこのあたりのジェラートは美味しいな」

「あれ、リオンはよく来てたの?」

「うん、まあ。士官学校に通ってた時は友達とよくここに来てたかな」

「友達って、女の子……?」

「女の子もいたけど……大丈夫だよ。僕にそういう浮いた話はなかったし」

「あ、そう……別にどうでもいいけど」


 そんな、強がって思ってもないことを言うアリスが可愛くて、僕はついからかいたくなってしまった。


「ああでも、一回告白されたことはあったなあ」

「え、うそッ? だれに、なんで? お、オーケー、したの……?」


 ほら、僕の予想通り、アリスはちょっと泣きそうな顔で僕に詰め寄ってきた。


「ふ、ふふ……」

「な、なによ……なんで笑ってるのよ」

「だって、ウソなのに……アリスが想像以上に可愛い反応したから」


 すると一転、泣きそうだっていた顔が羞恥と怒りで真っ赤になってしまった。


「う、し、知らない! 知らない知らない! ばーか! そんな変な嘘ついてぇ……っ!」


 ぽかぽかと僕の胸を叩いて怒りを表現してくる。が、病み上がりな僕を気遣っているのか、とても弱い。全く痛くない。

 一通り叩いて気がすんだのか、アリスはぷいとそっぽを向いて僕らから離れてしまった。そのまま、僕と目を合わせようともせず、すたすたと前を歩く。


「あの、アリス……?」

「…………」

「アリスー……?」


 まずい。どうしよう。まったく口を聞いてくれない。どうやら本気で怒らせてしまったらしい。僕は少し泣きそうな気分になり、すぐさま歩調を速めると、アリスを追い抜いて彼女の前に立った。


「あの、ごめん。そんなに怒った……?」


 しかしまた僕から顔を背けてしまった。


「あのさ、ほんとにごめん。そんなつもりじゃなか――」


 けれどそこで僕は気付いた。おたおたと情けなくアリスに言い訳をしている僕の前で、アリスが必死に笑いをこらえていることに。


「…………ふふっ……」

「……だ、騙したの……?」

「ふふ、ふふふ……うんっ」


 直後、怒りや羞恥よりも先に、僕の体を虚脱感と安心感が襲った。


「ほんとにびっくりしたぁ……。いや、僕が先に始めたことだから悪いんだけどさ……」

「まったく。これからアタシをからかう時は気を付けるのね!」


 するとアリスはパッと顔を明るくして僕の腕に巻き付いてきた。


「ま、アタシも意地悪したから、ご褒美にこれくらいは密着してあげるわ」

「なんで偉そうなの……。というか、アリスが僕と密着したいだけでしょ?」

「う、」

「すぐに強がるんだから。そこが可愛くて僕が好きなところなんだけどさ」

「は、はは。そんなこと言われたって別に嬉しくも」

「顔は当然可愛いし、僕のことずっと見てくれてたし、こうやって僕に密着してくるし、個人的に僕の身のたけに合わないほど可愛くて優しい女の子だよね」


 仕返しだ。アリスが可愛すぎるし、このまま一気に褒め殺してパニックにさせてやる。


「本当に、アリスに出会えてよかった。君がいてくれて、僕はこの世の誰よりも幸せだし、きっとこんなに愛せるのは世界でただ一人、君だけだよ」


 しかしなぜか、途中から少しキザったらしくなってしまったし、ただの本音に変わってしまった。あまりの恥ずかしさに死にたくなってきて、僕は思わずごまかそうとしてしまった。

 けれど、


「うん、アタシも」


 それを、許してはくれなかった。

 アリスは、目に涙を溜めながら、僕の顔を覗き込んでこう言ったのだ。


「あの時、あの場所でリオンを見つけられて、本当に良かった。リオンに恋をして、アタシは、もう思い残すことはないよ」


 そんな、まるで、もう何もいらないかのような言葉を。


「――――、」


 僕はそれに何かを言おうとして、

 そこで――――、

 誰かが。僕の横を通り過ぎた何者かが、老い、それでいて瑞々しい、矛盾した声でもってこんな言葉を投げてきたのだ。



「彼女を救えるのはぼくだけだよ」



 僕はそちらを,向かない。

 誰かは分かった。ほんとうならば今すぐにでも追いかけなければならない人間だろう。

 けれど、いまは目の前のこの時を大切にしたいから。


「アリス」


 僕はこう言ったのだ。



「次の年の僕らが出会った日に、――――――」


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