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Hidden Pride  作者: KTR
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第五章 リオン=クローゼ 3.敗北の終わり、伝説の始まり

 コロシアムの中央。雷の竜巻によって無残に引き裂かれ黒く変色したその場所に立ちながら、僕は自分の姿を見た。

なんだろうか、これは。

 体中に刀傷を受け、熱傷が僕の肌を焼き、もうすでに、この身体は動けるような状態ではない。

 まともに剣を振るえるのは、おそらくあと一度だけだろう。――いいや、もはやいつ倒れてもおかしくないほどに消耗している。


 けれど。

 僕の視線の先。

 まばらな観客席のその中に彼女の姿を見つける。

 ああ、それだけで。

 彼女の顔を見ただけで。

 僕は、何度でも立ち上がれる。倒れずに、折れずに、踏みとどまることが出来る。


 吠える。

 その僕の周囲で、五つの雷柱が天へ翔けた。

 レオル=エーデルフォルトが持つ最大にして最強の技。当たれば必殺の最速にして最強の雑技――――『界道・五芒星(アンサンブル・ペンタグラム)』。

 超絶の加速によって雷柱の中央を斬り刻み、その余波によって瞬間的な竜巻すら引き起こす技だ。


 その、消えたかと錯覚するほどの加速の秘密は――磁力の操作だろう。

 僕の周囲五か所で立ち昇る(いかづち)の柱。見た目こそ派手ではあるが、その派手さに騙されてはいけない。これらの真の目的は、高圧電流による磁力の発生にあるのだから。


 落雷にも匹敵するであろう雷柱と雷柱の間には強力な磁場が形成されており、互いに強く影響を及ぼし合っている。

 そしてレオル自身が雷を纏うことによって己を一種の磁石へと変化させ、

 レオルが駆けた瞬間に雷柱の電圧および電流を操作し、磁力線を間接的に操る。一歩踏み出せば、あとは磁力が自彼を運んでくれる。

 それが、この技の正体だ。


 そして――攻略法でもある。

 欠点は三つ。

 一つは、あまりに強力な磁力に移動を任せるため制動が効かないこと。

 もう一つは、ある程度疾走のコースが決められていること。中央の一点を切り裂くために、彼は絶対に『星形』に動かなければならない。

 最後の欠点――それは、この技は発動の直前、地面を僅かだけ脈動させる。おそらく磁力が地面にも影響を与えるためだろう。地中に存在する大量の砂鉄が蠢くのだ。


 そこに、勝機はある。

 僅かで(ささ)やかな変化でしかない。よほどの達人でなければその微細な現象を感じ取ることはできないであろう。僕にだって無理だ。

 ああ、けれど。

 僕は、一つの能力を持っている。

人心断聞(ヒアフラグメント)』――十五年間僕と共に在り続けた、ただ殺意を読み取るだけの能力が。

 大地の脈動とレオルの殺意を読み取り、制動の効かない彼へ一刀を見舞う。


 チャンスは一度だけ。

 賭けの要素が十二分に存在する策だ。

 失敗すれば死ぬだろう。虚を突けたところで勝てる道理もない。

 けれど、ここで臆するわけにはいかない。出し惜しみができるほどの余裕もない。


 全魔力開放。

 身体の奥底に眠っていた分まで振り絞って、リオン=クローゼは最後の一合へ臨む。

 文字通り、決死の覚悟。


 敗北は首と共に。

 勝利は剣と共に。


 眼前を見据える。獰猛な笑みを張り付け雷柱の中で佇むレオル=エーデルフォルトが双剣を翼の如く広げる。その姿はもはや鳳凰。雷が形を成さず、まさに金色の比翼と化した。



「行くぞ、『幻狼(げんろう)の騎士』ッ!」

「来い、『雷光の騎士』ッ! 正々堂々、真正面から騙し討つッッ!」



無明御身(インビジブルイマジン)』と『錯明御身(マージナルホロウ)』を並列発動。

 この身体を動かす命の灯すら魔力に変える。

 僕の姿が虚空へと消え、入れ替わるようにしてゆらりとゆらめく僕の姿をした虚像が生み出された。僕は自身はほんの半歩だけ身体を横にずらし、最初の一閃だけは致命傷を避けられる場所に立った。


 そして――――、



「『界道・五芒星(アンサンブル・ペンタグラム)』ッッッ!」



 視界が黄金すら通り越した白磁に包まれる。

 けれどそれでいい。

 視覚はいらない。聴力など捨て置け。嗅覚など意味を持たないし、味覚など決闘に必要ない。

 ズ……っ、と。大地が脈動を始めた。それを追うため、僕の脳が限界を超えて稼働する。

 知覚するのは一つだけでいい。レオルを始点にしたものだけ。

 人心断聞――、発動。

 そして、そして、そして。



 レオル=エーデルフォルトが、飛んだ。



 脇腹から鮮血が舞った。初撃を受けたのだ。

 僕の身体から大切なものが、命を構成する赤い血潮が、こぼれていく。

 意識が遠くへ離れていく。

 視界が黒く染まっていく。

 全身から力が抜け、

 するりと剣が滑り落ち、

 走馬灯のようにアリスとの思い出が湧き上がった。


『きょ、今日からお前――リオン=クローゼには、アタシの『目付騎士』になってもらうわ』


『ふ、ふんっ。アタシの優しさに感謝しなさいよね』


『リオンくんが頑張ってることは、アタシが知ってる』


『お前はいま、楽しい?』


『ずっと見てたのに……ずっと応援してたのに……助けられたのに……。なんで……? なんで諦めるの……っ』


『ありがとう、リオン。アタシいま、人生でいちばん幸せだよ』


『大好き……だから勝って来い……』


『アタシは、お前を信じてるぞォぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!』


 やっぱり、(アリス)しかいない。

 アリスの言葉が、

 アリスの表情が、

 アリスの温もりが、

 小さな僕を最強の騎士に変えてくれたんだ。


 僕は手放しかけていた剣を握って、

 力の抜けた全身をもう一度だけ踏ん張って、

 黒く染まった視界を無理矢理こじ開けて、

 遠く離れた意識を強引に引き戻した。

 勝つんだ。アリスを救うために。アリスと共に在るために。


 僕の賭けには、はじめから初撃を受けることが入っていた。


 ゆっくりと時間が流れる中、僕は没しかけた身体を意志の力だけで叩き起こして、

 旋回した。

 大地の脈動の流れは捉えていた。五つの方向から突き刺さる殺意――それらに若干のタイムラグがあることを直感でもって察していた僕は、第二の殺意だけに神経を注いでいた。

 一撃目を与え、技の成功を確信し油断した今こそが、最大の好機ッ!

可聴領域さえ超えた絶叫を吐き出しながら、残る力の全てを絞りつくして、僕は直剣を振るった。


 刃がレオルを捉える直前、僕はアリスのある言葉を思い出していた。



『うっさい。アタシの方が好きだし』



「うるさいよ。僕の方が大好きだ」



 交錯し――レオル=エーデルフォルトが崩れ落ちた。

 コロシアムの中央。

 僕は天に拳を突き上げて、

 僕の意識は闇へと沈んだ。


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