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Hidden Pride  作者: KTR
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第一章 目付騎士 1.気まぐれ天使のお呼び出し

 あの最後の大会から三日後、僕は士官学校の卒業式に赴いていた。

 総勢百五十人にも及ぶ卒業生達が、各々卒業証書を受け取る。

 僕の番が来た。これを受け取れば僕も晴れて国を守る騎士となれるわけだ。もっとも、僕のような弱い騎士を欲しがる兵団なんて無いだろうけれど。


 卒業証書を受け取り席に着いた所で、僕はふと来賓席の方を見た。

 そちらには、王族のお方や貴族様達が座っていた。

 この国を守って下さる素晴らしいお人達……らしい。実は僕にはよく分かっていない。


 ただ、彼らがなぜここにいるのかぐらいは知っている。

 彼らは、己の護衛を引き受けてくれる騎士を探しているのだ。

 貴族という立場柄、やはり彼らには敵対派閥からの暗殺の危険が付きまとう。そのため、毎年全国に数多ある士官学校から好きな騎士を選び、自らの護衛として雇うのだ。


 まあ僕には関係の無い話。

 僕はバレないようにして来賓席の貴族様達の顔を一人ひとり窺い見る。

 どのお方も、美しい姫様や気高い王子様ばかり。イケメン羨ましい。


「それでは次に、卒業生代表、前へ」


 僕が来賓席を見てぼーっとしている間に、式はどんどん進んでいたらしく、主席の生徒がこれからの卒業生の抱負を代弁していた。


 金色の髪を持つ眉目秀麗なあの少年は、僕がこの士官学校に入って初めて戦った相手で、――僕の目標だ。

 結局彼に勝つことは叶わなかったし、最後の試合では侮蔑すら抱かれたけど、今でも彼が僕の憧れの騎士であることに変わりはない。

 名はレオル。ファミリーネームはついぞ教えてもらえなかったけれど。


 レオル君から視線を移し、再度来賓席へ。

 やはりというか何というか、みんなレオル君に注目していた。さすがは『瞬閃』の異名で王国中に名を轟かせる騎士。注目度が高い。その甘く優しそうなフェイスも相まって、お姫様からの熱い視線が多いような気がする。特に、長い金髪と美しい碧眼が特徴のエリザ・フォン・ルーセント様の目といったら、それはもう恋する乙女のそれのようにも見える。……またイケメンか。


 僕もそれなりに整った顔をしているつもりなんだけれどな。黒い髪と青い瞳は結構ポイント高いと思うのだが、何がダメなんだろう。クラスの女子からは「なんか違う」と言われるけど、『なんか』って何だよ。

 僕は面白くない気持ちになって、来賓席から視線を外そうとした。


 だが――。

 一人だけ、みんなが注目しているレオルくんには目もくれず、とても不機嫌そうな視線を僕に送ってくるお姫様がいた。

 雪のように煌めく純白の長髪の一部を、後ろでとても細い三つ編みに結った少女。座っているため詳しくは分からないが、身長はかなり低くそうだ。150センチあるかどうか。エルザ様の緑っぽい碧眼とは少し違い、澄んだ海のように青い瞳が僕を捉えている。が、その不機嫌そうに細められた目つきのせいでときめくことは無かった。というか普通に恐い。

 整った容姿は、体躯相応の幼さと、王族特有の気品や色気を兼ね備えている。目つきがもう少し良ければ惚れていたかもしれない。我ながらチョロ過ぎる。

 出で立ちはシンプルな純白のドレス。それが恐ろしく彼女に合っていた。

 髪やドレスと同じく、彼女の肌もまた雪のような白だ。

 彼女はこの国の第八王女・アリス=エーゼルク。その真っ白な出で立ちや、小さな体躯、可愛らしい容姿、そして彼女の行動から『この世に舞い降りた気まぐれ天使』と称されるお姫様だ。


 そんな、僕とは無縁の所にいるはずの天使様が、僕をじーっと見ていた。

 え、なに。僕の顔に何か付いてるの? まさか今日の朝食べたライスの粒がほっぺに? だから今日めっちゃクラスのみんなに見られてたのか?

 そう思い、僕は口元に手をやった。

 ……………………あった。

 僕は誰にもバレないように手に取ったご飯粒を口へ運んだ。

 よし、誰にもバレてない……わけないですよね。アリス様は一部始終見てましたよね。


 僕は恥ずかしくなって俯いてしまう。窺うようにアリス様を上目遣いで見てみると……めちゃくちゃ笑っていた。

 ニヤニヤとイタズラが成功した子供みたいな笑みを浮かべていた。

 恥ずかし過ぎる。


 ともあれ、これで彼女が僕を見ていたことは証明された訳だ。証明された所でどうすることも出来ないけれど。

 こうして僕の卒業式は、アリス様からのニヤニヤ笑いを受けながら過ごすという地獄のようなものになったのだった。


☆ ☆ ☆


 翌日。

 昨夜、クラスメイトとの卒業式の打ち上げで夜中遅くまで遊んでいた僕は、昼前まで惰眠を貪っていた。

 朝の爽やかな陽光とは違う、人の活気を無理矢理起こさせるような昼の日差しが僕を照りつける。


 結局、昨日の卒業式の間、アリス様はずっと僕を観察し続けていた。時にニヤニヤと笑い、時に苛立った目を向けてくる。何がそんなに気に入らないのか、たまに、僕と目が合った時にちょっと舌打ちをしていたような気もする。

 僕がずっと見ていたことが気に入らなかったのかと思ったけど、そもそも先に見てきたのはアリス様の方だ。


 僕は眠気の抜け切らない体で外へ。ポストを開いて朝刊を取ろうとした。

 だけど、今日はなぜか新聞が入っていなかった。


「……?」


 不思議に思った僕は、パカリとふたを開けて中を確認してみた。

 そこには一枚の手紙。しかもとても高級そうだ。

 僕のような小市民に送るにはあまりに大げさなその手紙に、僕は嫌な予感がした。

 生唾を飲み込んで、おそるおそる手を伸ばす。

 手に取り、裏向けると差出人の名前があった。


「……アリス=エーゼルク……?」


 は? ――と間の抜けた声が漏れた。

 まさか王族直々に僕へ手紙を?

 意味が分からない。

 もしかしたらイタズラかもしれないという可能性もある。というか、その可能性の方がどう考えても高い。だけど、もし本物だった場合、この手紙を無視してしまうと確実に不敬罪に当たってしまうだろう。


 確認という意味を込めて、僕は封を開けて中の手紙を開いた。

 そこには、一言。


『アタシ屋敷に来い。昼の十二時までよ。遅刻したら殺す』


 手紙の最後にエーゼルク家の家紋が無造作に押印されていた。

 現時刻は午前十一時。

 命がけの身支度が始まった。


☆ ☆ ☆


 エーゼルク家はこの国を治める国王の直系の家だ。

 けれど、王子が八人、王女が六人もいるという大家族で、末っ子のアリス様を含めて、みんなが自分の屋敷を持ち、各々の館で気ままに暮らしている。

 僕はそれらの屋敷のうち、第八王女・アリス様の屋敷の前までやって来ていた。


 時刻は十一時五十五分。『遅刻したら殺す』と言われていたので、持てる限りの全てを使ってここまで走ってきた。騎士が暮らす街が、王族が暮らす中央圏内にあって本当に良かった。


 ゼエゼエと息を切らす僕の目の前に、果たして彼女はいた。

 腰まで届く、雪のように煌めく純白の長髪。流れる長髪の途中、細い三つ編みが背後へ流れていた。首を振るたびに揺れ動くその三つ編みはまるで尾のよう。

 卒業式でも小さいと思っていたが、実際見てみるとさらに一回り小さいような気がした。

 が、チンピラのように細められた青い瞳が僕を否が応でも萎縮させる。背丈は僕よりも二回りぐらい小さいのに、彼女に睨まれた僕は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。

 服装はこの前とは違う種類の純白のドレス。

 ゾッとするほど可愛らしい少女。彼女に、僕は畏怖にも似た感情を抱いた。これで僕と同い年だというのだから、世の中よく分からないものだ。


 おそるおそる口を開く。


「あ、あの……お待たせしました」


 すると彼女はふんと鼻を鳴らして、


「ホントよ。こんなあっつい日に三十分も待たされるこっちの身にもなって欲しいわ」


 高い、しかし耳障りではない可愛らしい声。


「全く、姫である私を三十分も待たせるなんて、お前、それでも本当に騎士なの?」


 初対面であるはずなのに、目の前のお姫様はゼエゼエと息を切らす僕に一切の遠慮もなく文句をぶつけてきた。

 というか……、


「ま、待って下さいアリス様……。僕が来たの五十五分ですよ。アリス様まさか時間を間違えたんじゃ……」


 すると不機嫌そうな表情が一転、己の失態を指摘された恥ずかしさからか、顔を熟れた林檎のように赤くした。


「う、うるさいわね! お前がアタシを待たせたことに変わりはないでしょ! とにかく、お前はアタシを待たせたんだから謝っとけば良いのよ!」


 なんて横暴な人だ。

 けど僕は権力には逆らえないので素直に謝っておくことにした。

 僕の謝罪を聞いたアリス様は、「それでいいのよ」などと言って若干上機嫌でふんすと鼻を鳴らした。


「それで、あの……僕は一体どうして呼ばれたのでしょう」


 このままでは話が進まないと思い、僕から話題を投げてみた。するとアリス様は少しだけむっとしたような表情を浮かべた。が、すぐに表情を仏頂面に戻し、


「まだ自己紹介もしてないのにせっかちね。少しは待ったらどうなのよ」


 確かにそうだ。僕は呼吸を整えながら、ゆっくりと自己紹介を始めた。


「ぼ、僕の名前はリオン=クローゼと言います。よろしくお願いします!」

「そ。アタシはアリス=エーゼルク。よろしくね。……さ、自己紹介も終わったし、すぐに屋敷に案内するわ。来なさい」


 くるりと身を翻し、門へと向き直るアリス様。

 改めて屋敷を見てみると、意外と小さいような気がする。いやまあ、僕が暮らしているアパートの十倍以上は余裕であるんだけど……王女様の屋敷にしては小さいと思うのだ。

 そんな僕の不躾な視線を敏感に感じ取ったのだろうか。屋敷を眺める僕に、アリス様がさして気分を害した様子もなくこう言った。


「ごめんね、王女が暮らすにしてはちょっと小さいでしょ」

「あ、いえそんな!」

「遠慮しなくて良いわよ。ただ、ここに住む私の使用人達はとても良い人達だから、きっとお前も気に入るわよ」

「はあ」


 生返事を返す僕に、アリス様は苦笑を浮かべて、


「ま、まだ何も分かってないわよね。これからお前の部屋に私が直々に案内して

あげるから、ちゃんと付いて来なさい」

「は? 僕の部屋? え、どういうことです?」

「付いてからのお楽しみ」


 そう言って、アリス様はイタズラっぽくウィンクしてみせた。

 ああなるほど、これは天使だ。

 僕は世界で一番可愛い女の子を見つけてしまったかもしれない。


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