第四章 アリス=エーゼルク 7.狼煙
部屋を出ると、なぜか、リュージさんが腕を組んで扉の近くの壁にもたれかかっていた。
彼は閉じていた目を開けると、視線だけをこちらに寄越してくる。
「……帰ったんじゃなかったんですか」
「帰ろうと思ったのだが食事に誘われてしまってな。どうせだしもう一度弟子の顔を見ようと思った次第だ」
「僕はもう……」
「君がどう思おうとも、私にとって君は、かけがえのない弟子だ」
リュージさんがもたれかかっていた壁から背を離し、歩き始めた。視線を僕に寄越すと、付いて来いと目で伝えてきた。
「君は優秀だ。私の言ったことをしっかりと吸収するし、戦闘中においても頭の回転が速い。そしてその優秀さは戦い以外の所でも発揮される」
「……なにが。言いたいんですか……」
僕はリュージさんの真意を量りかねて尋ねてしまう。それにリュージさんは、そっと優しく微笑むと、
「答えは自分で見つけるんだ。私は弟子を大切に思っているが、甘やかすつもりはない」
相変わらず何を言っているのか分からない。僕は怪訝に思い、彼の言葉の意味を吟味する。
そこでなにかが、引っかかり始めた。
「君に出来ることは何だ? 君が得意とすることは何だ?」
「どういう……」
「思い出せ。私と交わした言葉を。君の師である私は、君が思っている以上に優秀だ」
背中越しに語られる彼の言葉には、絶対に意味があるのだと、僕はどうしてか直感で分かってしまった。
「師の言葉に、弟子に必要のないものはない。私が君に送った言葉は、その全てが君への贈り物だ」
何かが……何かが繋がろうとしていた。
「思い出せ。私の言葉の全てを。交わした会話を。そして――」
リュージさんは立ち止まり、振り返って僕を見つめた
その目は真っ直ぐで、僕に対する絶対的な信頼がありありと伝わってきた。
「君に出来ることはなんだ? 君にしかできない、私にも、アリス=エーゼルクにもできない、たった一人、リオン=クローゼにしかできないものはなんだ」
「――――――――っ」
ああ、やっと分かった。
彼は、こう言っているんだ。
答えはもう出ている。あとは探し出して捕まえろ。
きっと、リュージさんと交わした会話の中にあるのだ。
たった一つの方法が。
アリス=エーゼルクを救う、唯一の方法が。
僕は廊下の窓から外を見た。雨が降っている。全てを洗い流すような、強い雨だ。
僕がさっきリュージさんに『アリス様を助けることができる方法があるのか』と聞いたとき、彼はなんと言った?
『残念だが、私に心当たりはないな。だが、君ならば見つけられるはずだ』
『君は私の、弟子だからな』
つまり、この会話の以前にはすでに答えは提示されていたということだ。
探せ、探せ、探せ――。
僕の心情の変化を感じ取ったのか、リュージさんは何も言わずに僕の前から立ち去った。
それにすら気付かずに、僕は脳をフル回転させてたった一つの希望を探し続ける。
思い出すんだ。
彼は僕にしかできないと言った。
アリス=エーゼルクは不治の病を患っている。
僕らの出会いは偶然ではなくて。
アリス=エーゼルクは王族であり、御前演武への出場する権利を持っている。
僕はアリス=エーゼルクに選ばれた目付騎士であり、この国最強の騎士を目指している。
此度の御前演武は国王選定戦を兼ねており、優勝者は国王となる。
国王となれば――――、
「ふ、ふはは……」
ああ、笑いが止まらない。
そうか、希望というのはこういうモノを言うのか。
「見つけたぞ」
そうだ。
分かっていたことじゃないか。
彼女を救う方法。
僕にしかできないこと。
僕ができるたった唯一のこと。
自分に問おう。
師の問いを、繰り返そう。
僕は、あの少女に恋心を抱いたことを後悔しているか?
――――NOだ。
彼女を、助けたいか?
――――YESだ。
「僕は――彼女を助けられる方法があるのなら、どんな手を使ってでも助けてみせる。アリス=エーゼルクを、病の呪縛から解放する」
見ていろ者ども。
待っていろ頂点。
笑いたければ笑えばいい。
見下したければそうしていろ。
「頂は僕が奪う」
準備は整った。
反撃の狼煙を上げろ。
最弱よ――誇りを胸に、立ち上がれ。
残るすべての戦いの勝者としてこの名を刻め。
たった一人の少女を救い、その笑顔と共に在るために。
「永病の魔術師、待っていろ。次の王座は僕らが貰うッッ!」
雨を降らす曇天に空いた小さな隙間から、金色に輝く太陽の光が差し込んでいた。




