表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hidden Pride  作者: KTR
10/23

第三章 悲しき予兆 1.邂逅、あるいは再会

 手紙がやってきた翌日、僕はアリス様と共に再び商業区へと遊びに来ていた。というのも、僕がアリス様に次の対戦相手が恐ろしく強いことを知らせた時に、先の敗北で気を落としているであろう僕を激励してくれるとのことだった。一週間前と同じく、アリス様と一緒に街を歩くのは僕一人だけで、その他の近衛兵たちは陰から僕らを護衛してくれているようだ。


 士官学校時代から見慣れた街を二人してプラプラと歩きながら、僕らはとりとめもない会話を広げる。


「良い? お前はアタシの目付騎士なんだっから、たとえ他の姫に詰め寄られたとしても絶対にそっちになびいちゃだめよ」

「いや、なびかないですよ。ていうか、絶対僕を欲しがるような主なんていないでしょ。アリス様が変わってるだけです」

「か、変わってないしーっ! 至って普通だしーっ!」

「どうですかねー。ちょっと肩に触れただけで顔真っ赤にするし、寝相はめっちゃ酷いしいびきはうるさいですし」

「な、うぅ……っ。ていうかアタシ、そんなに寝る態度悪いの……?」

「あはは、ごめんなさい、嘘です」

「な、お前ぇ! 主に向かってうそを吐いたのか! クビよ、クビ!」


 そんな風なたわいもない会話を続けながら僕らは当てもなく街を練り歩く。護衛の兵たちにとってはまったく楽しくない仕事だろうから申し訳ない気持ちが強いが、今はアリス様の厚意に甘えたい気分だった。

 はっきり言って、四日後の試合で僕が勝利するビジョンが見えない。どこをどう攻めて何をどう守ればいいのかわからない。


 レオル=エーデルフォルトの能力『瞬間加速(ゼロワンアクセル)』――瞬間的な魔力の放出により、初速ゼロの状態から刹那のうちに加速。人の反応速度を超えたスピードでもって敵を切り伏せる絶技だ。その速度たるや風の如し。彼と戦った騎士たちは皆、交錯したことにも気付かぬうちに斬って捨てられた。当然僕もそのうちの一人だ。


 僕は四日後の戦いへ思いを馳せてみる。僕は彼に勝てるのだろうか。

 僕は……。

 さらに思考の奥へ奥へとこの身を沈めていく。

 勝てるのか? 次負けたら? もうあと一敗しかできない。勝てなければ後がなくなる。夢への挑戦が厳しいものとなる。僕を認めてくれたアリス様の期待に応えられるのか? 僕のような弱い男が――。


「ほうらっ、なにボケっとしてんのよ」


 そんな声が横から聞こえてきたかと思うと、首元にひんやりとした冷たい感触が押し付けられた。


「どわッ?」

「あはは、なにそんなに驚いてんのよ」


 そちらへ首を向けると、店で買ったのだろう、アリス様が、両手に持ったジュースの片方を僕へと向けていた。にんまりといたずらが成功して笑っている彼女のその表情は、相変わらず意地の悪いものだった。


「なによ、女の子と一緒に街を歩いてるっていうのに一人でうだうだ考えてるお前が悪いんでしょ。まったく、お前ってもしかしてアタシがいなかったらノイローゼになって死んでたんじゃない?」

「死なないですよ」


 お互い道の真ん中で顔を向け合いながら雑談を続ける。

 当然そんなことをしていれば前から来る人を避けるのが遅くなってしまうわけで。それに加えて、もし前から来る人もまた前を見ていなければ、両者はぶつかってしまう。

 どん、と僕は前から来た誰かにぶつかってしまった。


「す、すいません……!」

「おっと、こちらこそすまない。怪我はないか?」


 アリス様に目向けていた視線を前へ向けて頭を下げようとした。

 だけどそこで、僕は気付いた。

 僕がぶつかってしまった人が誰なのか。

 美しいと言っても良いほど精緻な金色の髪の毛に赤い瞳。女性受けしそうな甘いフェイス。身を包む騎士服は派手な赤色。腰の左右に引っさげた二振りの剣。


「……き、み……っ」


 間違いない。こんな刺すような冷徹な気配を持つ騎士を、僕は一人しか知らない。


「レオル、くん……」


 最初、彼は僕にじっと顔を見られても僕が誰か分からなかったようで、怪訝そうに眉を顰めただけだった。だが、すぐに思い出したのだろう。その表情に明らかな嫌悪の色が現れ始めた。

 彼は僕に名前を呼ばれたことすら気に食わなかったのだろうか。口の中で小さく舌打ちを打つと、踵を返して立ち去ろうとした。


「――――ッ、この……ッ!」


 その態度が心底気に喰わなかったのか。アリス様は思い切り拳を握ってレオル君へと歩み寄り始めた。

 何をする気なのかすぐに悟った僕は、彼女を止めるために手を伸ばすも――空を切る。

 そしてアリス様が拳を振り上げる直前――、



「こォらレオル! 人様にぶつかっといて舌打ちを打つたぁどういう了見だ!」



 そんな罵声と共に拳骨がレオル君の脳天に叩き落された。レオル君は「ごぇッ!」とカエルみたいな声を出して地面に蹲る。


「「…………」」


 長い金髪をなびかせる気品あふれる令嬢。豪奢なドレスに身を包んだいかにも姫様といった風貌のこの少女は――


「あなた……もしかしてエルザ?」

「あら、アリスじゃない。お久しぶりですわ」


 卒業式でレオル君に熱心な視線を送っていた少女――アリス・フォン・ルーセント姫だった。


☆ ☆ ☆


 外で立ち話するのもなんだということになり、僕、アリス様、レオル君、エルザ様の四人は近くのレストランで昼食を取ることにした。四人掛けのテーブルに、僕とアリス様が隣り合って座り、その体面にレオル君とエルザ様が腰かけた。


 レオル君はよっぽど僕の近くにいたくないのか、アリス様の前に座った。

 その無礼とも取れる態度に、アリス様がまたも不服そうな顔を浮かべた。僕がそれをなだめていると、エルザ様が申し訳なさそうな顔でこちらへ頭を下げてきた。


「申し訳ありませんわ、リオン様。レオルはとても誇り高い騎士でして、この子が認めた騎士にしか心を開きませんの」

「そうなんですか」


 言外に僕は彼に認められていないと言われているが、実際その通りなので別段気に障りもしない。けれどアリス様は違ったようで、さっきよりもさらに眉を不快げに歪めてエルザ様に食って掛かった。


「ねえエルザ。別に今さらあなたの性格の悪さをどうこう言うつもりはないけど、アタシの騎士をくだらない自己満足に利用するのはやめてもらえない? とても不快なんだけど」


 あろうことか、アリス様は同じ王族に対して強く敵意のこもった言葉を放った。

 僕にいつも向けるようなキッとした強気な瞳ではない。その美しい碧眼が真っ赤な怒りで染め上げられていた。


「アリス様、さすがに言い過ぎじゃ……。彼女だって本気で言ったわけじゃないでしょうし」

「黙ってなさい、リオン。こいつはお前を――アタシの騎士を馬鹿にした。アタシはそれを絶対に許すわけにはいかないわ」


 僕の言葉に、しかしアリス様はパシンと僕の頭を叩いて黙らせた。……どうして僕はいま頭を叩かれたのだろうか。


「それに、お前が思っている以上にこいつは陰湿な女よ」

「あらあら、(わたくし)は別にアリスの騎士を弱いだとか取るに足らない雑魚だとかは一言も申しておりませんが?」

「ふん。確かにお前の騎士の性能は大したものかもしれないわね」

「ええ。それだけではありません。レオルには誇りがあり、矜持があり――何よりも約束がありますから。きっとレオルはこの先も一度として負けません。だってこの子はこのリアルタ王国最強の騎士なのですから」


 そういうエルザ様の言葉は、少し得意そうで、本当にレオル君のことを信用しているのだと分かった。

 エルザ様に褒められたレオル君もレオル君で、ふん、とわずかに嬉しそうな顔をしてそっぽを向いた。

 が、アリス様にはそんなことどうでも良かったらしく、


「ハッ、笑えるわね。まだたった一回戦っただけのくせによくそこまで大言を吐けるわ。そこの金髪はよっぽど人を洗脳するのが上手いのかしら」

「まあ、一回戦で無様に敗北したどこぞの騎士とは違いますからね。人を信じさせることを洗脳と言うのならば、あるいは」

「…………ッ」


 僕はそれに、何も言い返せない。事実己の心の弱さゆえ負けた僕は、エルザ様の嘲りの言葉に返すべき何物も持ち合わせていなかった。

 だけど。

 アリス様は違った。


「無様、ですって……?」

「ええ、そうですわ。アリス、あなたの騎士の戦い、私も少し小耳に挟みましたの。どうやら、敵の攻撃に気圧されて剣が鈍っただとか?」

「それは……っ!」

「無理に言い訳する必要はありませんわ。あなたの騎士は弱い――それはあなた自身とて気付いていることでしょう?」

「弱くなんかない! アタシの騎士は……リオンはだれよりも強い!」


 二人の姫の間に火花が散る。

 この一連のやり取りで分かった。

 僕の目の前に座る金髪碧眼の姫――エルザ・フォン・ルーセント様は、相当ゆがんだ性格をしているらしく、それに加え、己の騎士であるレオル君に絶対に信頼を置いているようだ。

 アリス様はなお怒りの形相でエルザ様に食ってかかる。


「ていうか何よ、小耳に挟んだって! なにも見てないくせに……なにも知らないくせに、まるでこいつのことをわかっているかのように言うのは――」

「でも事実でしょう? それに、これはあなたの責任でもあるのですよ? あなたの騎士が弱いのは、ひとえに、あなたが彼に授けた能力が貧弱で軟弱で下らないものだったから。取るに足らないちっぽけな物だったから」

「――――ッ、そ、それは……」

「そこの彼も、たとえば私の能力を手に入れていれば話は違ったのでしょうが。まあ、あなたの持つような能力じゃあねえ。なんでしたっけ? 『光屈折(リフレクト)』でしたっけ? ただ光を屈折させるだけの能力で、数多の強大な二重能力者がいる御前演武でどう勝てるというんです?」


 これまで気丈に振る舞っていたアリス様の表情がみるみる内に歪んでいった。先ほどまでエルザ様に負けぬよう必死に言葉を返していたアリス様の顔に明確な悲しみの色が浮かぶ。

 ――――ッ。

 ああ、だめだ。その顔は、ダメだ。

 そんな表情をされたら、僕は――。


「すみません、エルザ様」


 僕は知らぬ間に立ち上がってエルザ様に相対していた。瞳を僅かに潤ませるアリス様の顔を優しく包み、僕の胸にうずめさせて。


 そして僕の敵意を感じ取ったのか、ずっと目を閉じて興味なさげに静観していたレオル君もまた、エルザ様を庇うようにして立っていた。落ち着いた雰囲気からは想像も付かぬほど荒々しく猛る、雷のような瞳を僕に向けながら、彼は平坦な声で言い放つ。


「引き金を引いたのはお前だぞ、落ちこぼれ」

「うるさいよ。先に僕の大切な主を辱めたのはそっちの姫だろう、優等生」


 僕を睥睨するその瞳には相変わらず侮蔑が込められていて――そしてそれ以上の怒りが見て取れた。主へ僅かなれど敵意を向けた僕に対し、強烈な殺気を叩き付けてくる。


「お前程度の男、ただのチリとしか思っていなかったのだがな……エルザに悪意をぶつけたとなれば話は別だ。お前は俺が斬る」

「……違うよ、僕が君を斬って証明すればいいだけだ」

「無理だ、お前には。力や技術云々の問題ではない。戦いに理由のないお前のような男に受けられるほど、俺の剣は軽くはない」


 沈黙が流れる。

 二人の騎士の視線が交錯する。


「この続きは御前演武でやろう。こんな所で戦って大会の出場権を失ったら、それこそバカみたいでしょ?」


 その言葉を聞いたレオル=エーデルフォルトは、くだらなさそうに息を吐くとこう言った。



「だからお前は勝てぬということだ」



「そどういう、意味かな……」

「気にするな」


 そう告げると、彼はエルザ様の手を取って僕らに背を向けた。


「どこに行くんだ」

「お前たちのいない所だ」

「……四日後、楽しみにしておけよ。その得意そうな鼻っ柱をへし折ってやる」

「ならば俺は、お前のなけなしのプライドとやらを砕くとしよう。二度と自分は騎士だなどとふざけた言葉を口走れぬよう、徹底的にな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ