Prologue 最弱、その敗北
負けた。
完膚なきまでに負けた。
地に這いつくばる僕を下らなさそうに眺める彼への声援が、とても遠くに聞こえるような錯覚がある。
手も足も出なかった。
僕の全てを出し切った。十五年間培ってきた僕の全てを。
だけど届かなかった。
腕に力を込める。立ち上がろうともがく。だけど、血を流し過ぎた体は一寸たりとも動かない。近くに転がる直剣を拾おうと指を動かすも、ピクピクと痙攣するだけで、僕の言うことを何一つ聞いてくれはしない。
歯を食いしばり、僕を見下ろす彼の瞳を見上げた。
まるで路傍の石を見るかのような瞳。その瞳が、さしたる感動もなく僕から切られる。
「ま、て————」
必死に呼び止めた。けれど、彼はまるで何も聞こえていないかのようにカツカツと靴を鳴らして決闘場から降りていく。
「待て、レオル=エーデ——」
「黙れ」
名を呼ぼうとした僕の言葉を、怒気の孕んだ声が遮った。
僕を下し興味も持っていなかった男が、一転して敵意と侮蔑の視線を投げてくる。
「貴様のような愚鈍な男が易々と呼んで良いほど、俺の名は軽くない」
「ッ!」
「俺は、俺が認めた騎士と戦士にしか己の名を教えぬ。俺の名を呼んで良いのはその者だけ。誇りも持たぬ下らぬ弱者に語るべき名など持ち合わせてはおらん。貴様如きが俺の名を穢すな」
「…………ッ!」
その言葉に、どうしようもなく胸を抉られた。
誇り。
僕はそれを持っていないというのだろうか。
誰よりも努力を重ねてきたつもりだ。手に出来たタコは何度潰れたことか分からない。
一番になるために。
騎士になるために。
誰もが憧れる、最高の騎士を目指して。
「僕は……僕は……‼」
「失せろ。俺の前に二度とその不快な姿を晒すな」
腹に付けられた十字の傷よりも、胸を抉る屈辱が痛みを与えてくる。
目頭が熱くなる。悔しくて、悔しくて。
地を這う僕の瞳に、雫が溜まる。
けど。
「あ、ぁあ……ッ、ぐっ」
泣いちゃ……ダメだ。
寝てちゃ、ダメだ。
誇りなんてまだ持てていないのかもしれない。
それでも、騎士ならば。
たとえ誰に認められなくても、僕自身が僕を騎士と認めるならば。
立ち上がれ。
敗北を受け入れて、前へ進むために。
僕は血を流しながらも、フラフラになりながらも、目に涙を浮かべながらも。
それでも、立ち上がって、上を向いて。
堂々と敗北を受け入れた。
視界がぼやけ、不明瞭になる。
だけど、
頬を伝う雫の感覚は無かった。
こうして、僕の士官学校最後の大会は幕を閉じた。
僕——リオン=クローゼの士官学校での戦績。
公式戦四十五、模擬戦十五、計六十戦中——〇勝〇分け、六十敗。