ウロボロス
優花は、はららに見降ろされながら、内部の玉響媛がパニックに陥っているのを感じた。
そのせいでかえって落ち着いてしまった。
優花は周りにパニックに陥っている人間がいると、かえって落ち着いてしまうという性格だった。
玉響媛は優花の身体の主導権を何とか奪い返そうともがくが、もともと優花の身体だったためと優花が玉響媛を抑え込むのに慣れたため同行もできなくなっていた。
「身体を明け渡せ」
エコーを利かせた声が響く。優花はそれを無視した。
「身体を明け渡さねば戦えない、このままでは喰われてしまう」
それでも優花はその言葉に従う気はなかった。
「このままでは二人とも」
優花は言った。
「あたしが死んで、あんたが生き残るの、や」
死なばもろともだ、優花は言い切った。
そうした内部の葛藤を見切っているのだろう。はららは楽しそうに笑う。
「内部が分裂している以上お前たちは十分の位置も本来の力を持つことはない、喰い放題だな」
そう言って長い指を伸ばす。
どろりとしたものが優花の足首にまとわりつく。そして徐々に体全体を覆い尽くそうとしていた。
これははららの身体の一部。ハエジゴクの補色を思い出した。
いやな顔をして見せればはららはにたりと笑う。
優花はその笑顔を見て少し笑った。
「思ったより、わかりやすい男だったんだな、あんた」
優花は玉響媛を押しこんだ。悲鳴すらかすれる。
「やっとわかりあえて、嬉しいよ」
優花の身体から圧力が噴き出す。その圧力がはららを吹き飛ばすまではいかなかったが押しとどめる力にはなった。
いつしか優花は飛んでいた。
いつか見た夢の中、宇宙空間のような場所。そこで、玉響媛と優花は相対していた。
風もないのに、髪が揺れた。
玉響媛は、かつて見ていた姿ではなかった、優花と同じ顔をしていた。
はたから見れば二人の優花がにらみ合っているように見えただろう。
二人の優花は光の尾を引いて互いの周りを回りあう。
そしてぶつかりあった。
触れ合いもしないが、太陽のような光が、ぶつかり合うたびに輝く。
「高藤茉莉、いい事を教えてくれてありがとう」
優花は圧力に耐えながらそんなことを呟いた。
玉響媛は力を蛇のようにうねらせて優花に襲いかかる。優花はそれを受け止めながら、力を二つに分ける。
細く伸ばしたそれが、玉響媛を襲う。
それは細いが故に局地的に痛みを与えた。
「ずっと待っていたのだ、この時を」
悲鳴のような玉響媛の声。ふいに、誰かの背中を見つめている小さな子供の姿が映った。
あれは遠い過去の姿、数百年も昔の。
「正体が分かれば、あいつはそう言った。そうさ、お前は数百年前の幽霊にすぎない」
優花の力が、徐々に強まっていく。
「何百年も前の幽霊が」
優花は両手を前に向ける。
「生きた人間に勝てるか」
玉響媛は完全に力負けをしていた。そしてそれが信じられなかった。
数百年分の思いが、目の前の凡庸な少女の前に屈するのが。
「だから何、あたしはあんたなんか大嫌いだ」
優花と玉響媛の力が徐々に絡み合い溶け合っていく。それは互いを喰いあう行為。
二匹の蛇が互いの尾を加えて飲み込もうとするように二人は回りあった。