一難去ってまた一難
思いもかけない優花の抵抗に玉響媛はいらだったわめき声をあげる。
それを優花は抑え込み、久しぶりに入り込んだ裏側の世界を走り出した。
とにかくできる限りあの場所から遠ざからなければと、力の限り玉響媛を押さえこみ足に力を入れた。
「玉響媛様のお出ましじゃ」
妙にこもった声が上のほうでした。
さかさまの黒い影が、優花を見下ろしている。
「玉響媛様のお出ましじゃ」
影は徐々に増えて優花を取り囲んでいく。
ちっと優花は舌打ちした。
さっさと排除したいが、玉響媛を押さえているだけで手いっぱいだ。
「玉響媛様のお出ましじゃ」
今度はか細い声だった。
「何やってんだお前」
虚空から半身を突き出した沙依にいら立った声をかける。
沙依は妙に焦点の合っていない目で、優花を見つめ、先ほどと同じことを繰り返す。
沙依の手が、優花の足に絡みつく。
「うるさい」
つっ飛ばすと、優花は再び足を進めようとする。
黒い影はみるみる増えて、優花の行く手を阻む。
「玉響媛様のお出ましじゃ」
それは耳を聾する大合唱になった。
優花は唇をかみしめた。玉響媛の金切り声が、優花の脳裏に響き渡る。
身体を明け渡せ、身体を明け渡せ、身体を明け渡せ。
そう叫び続けるその声に、意地だけで耐えた。
黒い影は優花の周囲を埋め尽くし、優花をのみこもうとする。影だけならまだ耐えられた、しかしその中に沙依がいる。それが優花の精神力をゴリゴリと削り取っていった。
優花は渾身の力と、気力を振り絞って一部を吹き飛ばしてみる。しかし、一応吹き飛ぶものの、すぐに再生し、影は決して薄まることはなかった。
内部の玉響媛、外部の黒い影に優花は徐々にのみこまれようとしていた。
そして、影ではなく闇が訪れた。
影をすべて吹き飛ばし、そこにいたのははららだった。
相変わらず、玉響媛は叫び続けていたが。それでも影はない、沙依も、ただ闇の中、黒づくめのはららの顔だけが白い。
まるで能面が浮かんでいるみたいだな。優花は場違いにそんなことを思った。
「助けてくれたの?」
状況を見れば間違いなく助けてくれたようではあるが、日頃が日ごろなので、それを真っ正直に信じるわけにはいかない。
「ああ、そろそろ頃合いだからな」
はららはにんまりと笑う。
「頃合いって?」
優花の疑問に、はららは身をかがめ、優花に顔を近付ける。
「お前を喰うのに」
言われたことが脳にしみわたるのにしばし時間がかかった。
「以前言ったろう、雑魚を喰うつもりはないと」
以前沙依が食べないでと懇願した時にそんな事を言ってたような気がした。
「そろそろ頃合いだ、お前の力も」
うっとりと眼を細め、ゆっくりと優花の髪をなでた。




