希望的観測は捨てなければならないようだ
優花は夢を見た。長い髪の女がそこに立っている。
立っている場所は天と地も定かではなくまたどこまで広がっているか判断もつけにくい漆黒の闇だった。
後ろを向いているその女はどんな顔をしているか全くわからない。
まるで水中にあるかのように長い髪はゆらゆらとうごめく。
ゆっくりと振りむいた女の顔は長い髪に隠されて判然としない。
長い髪の隙間から小さな口が見えた。その唇がゆっくりとつりあがる。
見てはいけない、そう思った優花は力技で無理やり目を覚ました。
「夢?」
夢なんて何日かぶり、いや数カ月ぶりに見るかもしれない。
いつから夢を見ていないんだろうと考えてみると、現実が夢のように不合理になったあたりからだと気づく。
「やっぱり疲れていたのかな」
優花は軽く眉をしかめる。
「あの顔をなぜ見てはいけなかったんだろう」
夢の内容を思い出してみる。
宇宙空間のような場所にたたずむ女、着ていたものは白い着物だったろうか。
「うん、普通の和服じゃなくて、あのNHK大河ドラマに出てくるような、やつかな?」
小袖という単語を優花は知らなかった。
普段一般に出てくる和服と少し違うと気づいただけでえらいというレベルの和服知識だった。
水中を漂うようにうごめいていた髪とは裏腹に着ていた小袖はそよともなびいていなかった。
あれだけ髪が乱れるほどの強風の中なら小袖などまともに着ていることは不可能なはずだ。
まるでメデューサのように髪だけがうごめいていたのだろうか。
あのつりあがった唇が目に焼き付いて離れない。
「優花、どうしたの」
気がつけば普段起きる時間を少し超えていた。
あわてて優花は跳ね起きて、服を着替え始めた。
最近は妙な声は聞こえなくなった。そして妙な現象は、やや小ぶりになった。
しかし急に壊れたため冷蔵庫はいまだ買い換えられていない。
テレビはやや小ぶりなものが、落下しないよう、ロープでくくりつけられた状態で置かれている。
優花はトーストをのみこむと洗面所に向かう。
そして、そのまますでに置いてある鞄をつかむと学校に向かった。
最近はどうしてかあの道を通ることはほとんどなくなっていた。
「このまま妙なものが見えなくなれば、元に戻るんだろうか」
そんな希望的観測を口走るほど、優花は疲れ果てていた。まったく自覚はなかったが。
そして再び優花は明け方に見た夢を思い出してみる。
振り返ったその顔を見ようとした時の強烈な忌避感。
「なんで?」
誰だかわからないあの女の顔をあんなにも見たくなかったのは何故。
あのつりあがった唇を思い出すだに優花の背筋に怖気が走った。
あの笑みが脳裏に焼き付いて離れない。
もしかしたらあれが、優花に取り憑いているものなのか。
とうとう一番たどり着きたくない答えにたどりついてしまった。
見たくない、だけれどもう一度あの顔を見なければならない時、目をそらしていいのだろうか。




