前進したの?後退したの?
いきなり形相が変わった母親が火のついたように飛び出していくのを優花は呆然と見送った。そしてしばらく強張った顔をしていた高藤茉莉は優花に向き直ると深々と頭を下げた。
「悪かった」
高藤茉莉は殊勝に謝った。
いきなり謝られて優花はわけもわからず混乱する。
「お前はただの人間だったんだな」
昨日までは聞く耳持たなかった相手のあまりな言葉に混乱は深まる。
「なんでそう判断したのか、聞いてもいい?」
優花は薄気味悪そうに高藤茉莉を見た。
「お前が憑かれていただけだとわかったんだ」
憑かれて、その言葉に優花は目を丸くする。そう自分の胸に飛び込んだあの光。
そのせいで人に見えないものが見えたり人にできないことができるようになった。
それを取り憑かれていたと言われればそうかもしれない。
「どうしてわかったの」
優花は先ほど、母親と高藤茉莉が何かに驚いたような顔をしていた。その理由を知りたいと思った。
「知りたいか?」
高藤は何ともいいがたい表情で優花を見る。その顔は何か迷っているようで。
「あたしのことよ、知らないふりで通る事じゃない」
優花がはっきり問うと、高藤茉莉は優花の顔を直視しないように首を曲げて話し始めた。
その内容に、優花は頬をひきつらせた。
しばしの沈黙の後優花はこわばった声で呟く。
「あの、いきなりあたしがずるっと二重になって?」
「そう、邪気はその別れた方から色濃く噴出していた。あれがそもそもの源だったのだろう」
自分の横にもう一人の自分が胴体からずれる形で出現したと言われて優花は腰のあたりを探る。
手には何も触れない。
それでも自分の腰や肩を触りまくる。
人のことは見えても自分のことは見えないのだ。鏡のない時代、人は自分がどういう顔をしているのか知ることなく一生を終えたというが、優花はその時代にトリップした気分だった。
そしてあることに気付く。
あのとき驚愕の表情をしていたのは目の前の高藤茉莉だけではない。母親もだった。
あの何を見ても気づかない、気づいて当然の者すら気づくことのできない母親がなぜかあれだけは見ることができた。
ゆかりは思わず娘の部屋から逃げ出してしまった。
あれを見たのは自分だけではない。隣に立っていた優花の友達らしい少女も目を見開いていた。
あれはいったい何?
優花から分かれて、自分を見たあれ、あれは何とも言えないような嫌な笑い方をしていた。
一番当てはまりそうなのは嘲笑だろうか。
優花と全く同じ顔で、自分を嘲笑していた。
あれは優花なのかそれとも全く違うものなのか判断がつかない。
それでもあの歪んだ笑みがまぶたに焼き付いて離れない。
あれはいったい何。どれほど呟いても答えは出なかった。




