運命は私に何か恨みでも?
やっと核心に迫るところまで来ました。
しばらくは平和だと思っていた。しかし、と優花は拳を握りしめた。
何だややたらと寄ってくるのだ。
何やら不形体な、わけのわからないものが。露骨に高藤は疑いの目で見ているが、優花は何も知らない。
それはどこか歪んでぐにゃぐにゃした透明な液体にガムシロップを落としたような歪みにしか見えないわけのわからないものから、歪んだガラス越しに見た生き物のようになんとなく生き物に見えても不均衡というか、バランスを欠いた形体をしていた。
それが優花の周囲をうずめていく。
沙依は近寄りもしない。
ひらひらと寄ってくるそれにいらいらしながらも、基本的に実害がないので放っておいた。
それ以外に対処のしようがなかったとも言えるが。
優花がそれを消そうとしても、触れることができないのだ。
ホログラフィのようにすかっと手ごたえがない。
以前似たようなものが現れた時は触れることができたのに。
「やっと見えるようになったのか」
ふいに背後から声がした。はららだ。
「次元の位相が違うから今のお前では触れることは無理だ」
そう言って骨ばった指で、もやもやとしたものを掴む。
それは蒸発するように消えた。
「今のお前では?」
思わず言葉尻を掴む。
「そうお前の力は徐々に強まっている。薄皮一枚隔てたものは以前のお前では感知することすらできなかった、しかし今はできる」
同じようにつかもうとすればすかっと手ごたえもなく空振りする。
「まあ、力が強まっただけでなく、増えてきたせいもあるかもな」
「増えてきた?」
「ああ、最初は遠巻きだったが、どんどん近付いてきた。おそらく魅かれているのだろう」
そう言ってはららは優花の薄い胸を指差した。
自分の胸の内側に憑りついたもの。
優花を人でなくそうとしているもの。
ほかの者には見えるが、優花自身にはどうしても見えない。
自分の背中が見えないように、他のものならだいたい見透かす優花にとって数少ない見ることのできないもの。
「今はまだ影響は少ないが、そろそろ周囲にもわからずともなにがしら起こるかもしれないな」
そう言ってはららはくすくすと笑う。
「笑い事じゃない」
周囲に影響が出ると聞いてさすがに優花の目が据わった。
「どうすればいいの?」
「原因を何とかすればいい」
そう言って優花の胸を指差しにんまりと笑う。
優花はギリと唇をかんだ。どの道優花のためを思って言っているわけじゃないのはわかっている。こいつは面白ければいいのだ。
優花はぎっとはららを睨みつけ、踵を返す。
とりあえず家に閉じこもれる部屋に戻ることにした。
部屋に戻ったのは失敗だったかもしれない。優花はため息をつく。
物置も同然な狭い部屋、その周囲に触れないけれど視界はみっちみちだ。
ぐにゃぐにゃと歪んだそれが邪魔でマンガを読むことすらできない。
ぐにゃぐにゃを通してページがゆがんで見えるのだ。
原らの言う悪影響らしいものは今のところ感じない。それは単に優花が感じないだけで、家族は何かしら感じているのかもしれない。
たぶん、今の自分は規格外に頑丈だ。優花はそっと自分の手を見る。
この手はかつてと変わらないのに、どんどん何かが変わっていくのがわかる。
視界の端を掠めて歪んだ笑う女の顔が見えた。
優花は軽く眼をこする。
モザイクでもかかったように細部は判然としない、だが笑顔の女だということはなんとなくわかった。
そのとき、今まで感じたこともないような悪寒を感じた。
ゆがんで、細部が判然としないにもかかわらず、明白な悪意を優花に向けていた。
そして考え直す。あれは悪意か?
それでも、優花はわが身の危険を感じたことは間違いない。




