気分転換も悪くないね
優花は奇妙な植物でできた森にいた。
なんとなく家にいたくなかったのだ。オブジェのような灰色の植物に囲まれて、ぼうっとしていると、なんだか何もかもがどうでもよくなってきた。
墨絵のような世界。
動く者も何もない。
そう思っても、優花は不穏な気配を感じた。
「どんなに平和そうに見えても、安全な場所などどこにもない、か」
優花は小さく苦笑して、足元に力を込める。
額から何かが飛び出すような感じがした。優花は宙に浮き、その足元は煮えたぎっている。
優花を襲おうとした何かが焼けている。
そして耳を澄ませば、何かが逃げていく気配がする。やっぱり家の周りの方が安全かもしれない。
優花が歩いているのは様々な世界の挟間。
異次元の通り道。
そんな場所をただ散歩するように歩いて行く優花はすでに人のもちうる力を超えてしまっている。
その事実を優花は気づいていない。あるいは気づかないようにしているのか。
白と黒の陰影しかないその場所を優花は裂け目を探して歩く。
最初は白いものが空間で黒いものが実態、そう思っていた。しかしいつの間にか逆転している。
騙し絵のような空間は空間自体がねじれているようだ。
面倒臭くなってきたので、優花は巨木に見えるものに、手を添えた。
そのまま左右に引き裂く。
別の空間に抜けた。その身を滑り込ませた。
何かの悲鳴が聞こえる、たぶん優花がここに来なければ起きなかった惨劇が起きたようだ。少しだけ視線をずらしてそれを見る。
モノトーンの中、淡い緑が見えた。
ここは二重写しの世界だった。優花のいたのは影の方。
優花はしばらくそれを見ていたがすぐに興味を失って次元の挟間に滑り込んだ。
少しの気分転換で、優花の気分もだいぶ落ち着いたので、再び厄介事に立ち向かう勇気が出た。
高藤茉莉と向き合う勇気だ。
にっこりと笑って優花は高藤茉莉をひとけのない場所に引っ張っていった。
本来なら圧倒的に腕力のある高藤茉莉が、まったく意のままにならず引っ張られていく腕に戦慄していることにすら気づかずに。
「あのね、とりあえずルールを決めない?」
小さく首をかしげてできるだけ可愛らしく見えるように優花は提案した。
「ルール?」
「そう、ルール、だってこのままじゃあなたいつまでここにいられるかわからないでしょ、魔物だ霊だって言ってその木刀振り回すから一つ所に長くとどまれない、ご両親だってそんなあなたを持て余している」
「なんで知っている」
「さあ、なんででしょうねえ」
優花は笑みを深くする。
これで高藤茉莉の確信を深めただけだとわかってはいるが、こういうときは弱みを見せた方が負けだ。
「あのね、人に迷惑を絶賛かけている連中だけ撲滅することをルールとして求めます」
優花はそう言い切った。結局高藤茉莉が迷惑なのは、まわりの人間に実害がないにもかかわらず見つけ次第妖怪や幽霊を撲滅しようと暴走するから、だが、人に迷惑というか実害が発生した後なら、高藤茉莉の行動はボランティアとして認められるだろう。
「実害が発生するまで待てというのか」
「そうじゃなくてあなたの行動が実害なの」
残酷な真実を突きつけてやる。
「まわりの人間に聞いてごらん、あたしとあなたどっちが害があるか」
「つまり、実害が発生次第、殲滅していいと」
そう言われて優花は少し笑みがひきつったが、胸を張って答えた。
「もちろん、やれるものならね」
優花をしばらく睨んでいたが、あっさりと相手は頷いた。はららのことがよほど懲りたのかもしれない。
合意を得たものの、握手には至らなかった。




