ため息をつくと幸せが逃げるって、そもそも幸せならため息なんかつくもんか
しばらく見なかったから油断していたと優花ははららを見上げながらため息をつく。
ああやっぱりと優花はため息をつく。高藤茉莉の視線はばっちりとはららに合わさっていた。
沙依が見える人間はたまにいたが、はららが見えていたのは優花一人きりだった。
高頭茉莉の顔が激しくひき歪む。
もしかして、二人まとめて退治してやろうと思っているんだろうか。
優花は呆れた。高藤茉莉の実力は優花にすら届いていない。
さらにはららまで相手にするというなら、それは虎の檻に飛び込むようなものだ。
そう言えば、どっかの間抜けな格闘家が、虎を倒して名を上げようと動物園に忍び込み虎にひき肉にされた事件があったなと現実逃避気味に考えていた。
ああ、間抜けな格闘家と同レベルの間抜けだったと、優花は沈痛なため息をつく。
高藤は木刀を大上段に振り上げた。
はららはよけもせず、黙ってその一撃を受けた。
木刀ははららの頭にめり込みそのまま下がっていく。
下がっていく。
脳天を突き抜け額にずぶずぶと木刀がめり込んでいく。
その状態ではららはにたりと笑った。
ああ、そう言えば、バラバラ死体になってたこともあったなと優花は遠い目をして過去に思いをはせる。
頭蓋骨割っても死なないんだ。
化け物を見る目で見てもしょうがない。これは化け物だ。
めり込んだまま取れなくなったのだろう。木刀を握る手が小刻みに震えている。
それを見ながら優花は思った。
よかった、はららが見えなくてよかった。
この光景だけで、人死にが出そうなパニックになりかねない。
はららはにたりと笑ったまま動かない。
高藤は余りのことに硬直している。
周囲には高藤茉莉が木刀を持ったまま固まっているようにしか見えないだろう。見えないということはありがたいことだ。
はららが動く前に止めたほうがいいと優花は判断した。
もし、高藤がはららの手で八つ裂きにされたりしたら、その死体はたぶん誰の目にも映るはずだ。
個の平安を守ってやりたいと思ったのか、それとも面倒くさいと思ったのか、それは定かではないが、優花は高藤茉莉の光に衝撃を与えた。
それだけで、高藤茉莉は昏倒する。
「あ、貧血でも起こしたみたい」
わざとらしい声をあげて、ついでにまだめり込んだままの木刀も回収する。
めこめこと音を立ててはららの頭部が再生していった。
それを横目で見た後、優花は高藤を抱えあげると、保健室に走った。
保健室で、優花は聖女のごとく讃えられた。
高藤茉莉が、優花抹殺の思いを抱えていることは隠す気もないことなので、行内のほとんどの人間が知っていた。その高藤茉莉が貧血を起こしたというのでわざわざ保健室まで送っていくその善意に満ちた行動は讃えられてしかるべきだ。
保健室送りにするような目に合わせたのが優花でなければ。
保健室の椅子で、うっかり見てしまった光景に優花は思わず天を仰いだ。
うっかり見てしまった、高藤茉莉の過去。
幼いころから霊能力があったため、辺鄙な山奥の同じく霊能者に育てられたこと。
その霊能者が、かなり反動的な性格をしていたこと。
妖怪や幽霊を撲滅するため力を授かったと教育されていたこと。
その霊能者の死後、家族のもとに返ったが、木刀を振り回す気候のため、遠い土地に転校させられたこと。
本人の責任ではないことも多いが、やっぱり迷惑だ。
そのうえ、幼少時に刷り込まれたことはなかなか矯正が聞かない。
どうしよう。
優花はため息をついた。




