次から次へとややこしい
基本目立たない生徒だった優花はその日生徒教師問わず一番の注目を浴びることとなった。
誰よりも熱い視線を向けてくるのは優花を必ず倒すと宣言した高藤茉莉だ。
優花抹殺の気合のこもった視線を向けてくる。
もししかけてきてもあの対応でどうにかできるだろうと優花は楽観的に考えていた。
そう言えば、ここ最近怪我をするような事態に陥っていない。もし怪我をしたらどうなるのだろうか。
しかし、自分でリストカットしてみるのはどうだろう。
そう思って、自分の手首をじっと見る。
痛いことは嫌いだ。それにもし予想通り早回し映像のように傷が治ったらそれはそれで人間としてのアイデンティティに傷がつくし、もし治らなければずっと痛い、多分二三日ぐらいは、それも嫌だ。
それにいかにもリストカットしましたって傷をさらすのも。
服に隠れて見えない場所を傷つければいいのだが、それには気づいていない。
惨劇を期待し、恐れる視線のさなか、優花は本人には深刻でも周囲にはさして重要視されないことに悩んでいる中、高藤茉莉は、木下優花抹殺計画を立てていた。
数メートル向こうからでもわかる。あの怖気をふるうような気配。
普通に談笑している生徒達が信じられない。高藤茉莉からすれば、その光景は腐乱死体の横で、鼻の曲がりそうな悪臭やその不吉さにも気づかず談笑しているようにしか見えなかった。
こうしていてもその気配は茉莉の精神に悪影響を与えている。
見ただけなら、どこにでもいそうな少女に擬態した魔物。
そうとしか見えない。
優花は廊下の片隅で震えている沙依を見つけた。
「何してんのよあんたは」
もしかして、こいつがいたせいであんなものを呼び寄せることになったのだろうか。ありそうな可能性だが、優花は小さく首をふる。
基本的に沙依に実害はない、今のところという注釈はつくものの、学校関係者が、霊能力者を呼んで退治に動く可能性はない。
「あれ、何」
沙依はプルプルと震えている。
「強い光、あれ怖い、殺される」
「ああ、確かにあたしも殺されそうになったけどね」
いきなり木刀で襲ってきた。避けなければまともに脳天にたたきこまれていたところだ。
それにしても、高藤茉莉は優花の脳天を叩き割ってそのあとどうするつもりだったのだろうか。
脳天を叩き割れば、優花は正体を現してめでたしめでたしで終わると思っていたのだろうか。
その考えに至るまでどういう人生を歩んできたのか真剣に不思議に思う。
それからふいに思いつく。こうした生き物は基本的に普通の人間には見えないのだ。実際、家族は家に沙依やはららが出入りしていても気づかない。
それこそ真後ろに立たれてもどころか目の前に立って視界をふさがれていてもだ。
つまり今迄は何もない場所に木刀を振り下ろすちょっと危ない女の子ですんでいたのだ。
それでもよく日常生活を送れたなと感心してしまうが。そんなことを考えていると、沙依の顔がひきつった。
優花自身も気づいていた。
背後から圧力を感じる。
「ひぃぃぃぃっ」
まるで軋り音のような悲鳴をあげて沙依は逃げにかかる。
高藤茉莉は沙依と優花、両方に視線を向けて、まずは沙依にしたらしい。
さすがに見殺しにはできないので、沙依りをかばって優花が前に出る。
沙依は見えるときと見えない時があるので、誰かが助けに入る可能性も低い。沙依を背後にかばい掌だけでさっさと行けと合図する。
沙依は泣きながら逃げていった。
正眼に木刀を構え、優花を凝視している。
沙依を先に狙ったのは雑魚から片付けようと思ったかららしい。
優花にとって、高藤茉莉は怖くない相手だ。簡単にあしらえる。
すでに優花の動体視力は人間をはるかに超えていた。木刀の軌跡など、蠅をかわすようなものだ。
軽く身じろぎしただけで木刀は空を切った。
適当にかわし続けていれば、誰かが見つけて教師を呼んでくるだろう。
優花はそのまま無言で、高藤茉莉の出方をうかがっていた。
「妙なことになっているな」
背後で響く低い声。
はららが後ろで優花の後頭部を見下ろしながら、高藤茉莉の木刀を掴んでいた。




