桃源郷って理想郷って意味じゃなかったっけ?
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数人の女性が連れ立って家から出てきた。相手が女性ということで優花は小さく息を吐く。
連れ立った男性と女性では危険を感じる度合いが倍以上違う。
しかし強烈な違和感から、優花はそちらに声をかけるのをためらった。
その違和感の元はその女性達の服装だ。
まず連想したのは家庭科の教科書。被服の歴史のページだ。
そう、着ている服装の年代や国がちぐはぐな気がした。
もし、着ている服装がそろっていたら、優花はタイムスリップしたと思っただろう。
同年代の東洋人女性に見えるのに、一人は韓流時代劇に出てきそうな髪型と衣装、一人は第二次世界大戦のモンペ姿。もう一人は大正ロマンの庇髪の女学生だった。
映画村?と疑問符が浮かぶ。
鮮やかな矢絣の袂を優花はしばらく眺めていた。
不意に、優花は寒さを感じた。
身震いして振り返ると、今度は黄八丈の江戸時代の町娘のような格好の少女が自分を見下ろしていた。
足音はしなかった。
感情のない目で、優花を黙って見下ろしている。
「えーと、あの」
やましい気持ちはないのだが、隠れて周囲を観察していたその行動が誤解を生みそうで、優花は言葉に詰まる。
「ここはどこ?」
とにかく、一番聞きたかったことを聞いてみた。
少女は軽く首をかしげる。その緩慢なしぐさに優花は胸の奥で不気味なものを感じた。
目の焦点が合っていないというか、焦点が見つからない。
少女は優花を見ているようで見てはいなかった。
「あのー」
ようやく少女は口を開いた。
「桃花源」
一言だけ言うと、そのまま静かに佇んでいた。
建物の中に誘い込まれた優花は、恐怖に震えていた。
異様に和やかな雰囲気で、国籍も時代もバラバラな衣装を着た老若男女に取り囲まれていた。
桃花源という言葉に聞き覚えがあった、というか漫画ではよくつかわれるモチーフだ。
そのため優花の知識は漫画で得たもののみだった。
「桃の木が生えていて、いわゆる桃源郷って奴、でも想像と違う」
表面だけなら、桃源郷はその通りに見えた。
桃の花の降り注ぐ村、穏やかに微笑む人たちが暮らす場所。
その微笑みに実質が伴っていないことに優花は気づいてしまった。
笑っている形に作られただけの人形だ。
優花が同年輩に見える少女にいろいろ話を振ってみた。
絶望的にかみ合わない。
「明治維新をどう思うか」
大正時代の矢絣の着物を着た少女を横目に訊ねてみる。
きょとんとした顔で見返されるだけだ。
たぶん江戸時代の人間にとって、徳川将軍家の終焉は結構大事だろうと思うのだが。
なんとなく外国の民族衣装を着ている人達には遠巻きにしているようだが、話しかけられても、言葉がわからなそうだから、それで良しとする。
ふと、家の中を見回してみる。部屋割とい言うか外観だけのがらんどうな建物。そして気付いてしまった、この家、台所がない。
煮炊きする竈や、水がめといった、生活必需品が見当たらないのだ。
別の建物の中にあるのだろうか。
たとえば、ここは集会所のようなもので、だけれど、他の建物にも、そうした場所がなかったら。
確かめるのは怖いが、確かめるしかない。
すくっと立ち上がった優花を誰もが無感動な目で見ていた。