神頼み
ここを通ると、時間の概念が希薄になる。
何度か、時計を見ると、時間の流れ自体が不規則になっているような気がした。
そう言えば歩いた距離的に普段と変わらないけれど、学校に着いたら五分しかたっていなかったこともあったな。
そんなことを思い出していた。
風景はめまぐるしく変わる。テレビの画面の向こう側でしか見たことのない外国の風景や、明らかに地球上ではない風景がちらちらと移り変わる。
ふいに見慣れた風景に優花は飛び込んだ。
そこは神社の境内だった。
周りの風景は見慣れたものではない、日本であるのは確かだが、もしかしたら県外かもしれない。
そんなことを思いながら、祭殿の前のさい銭箱を前に立つ。
「何ようだ?」
それは声だったけれど、肉声ではなかった。
本殿の中で、金色の女が金色の機織り機で、布を織っていた。
しばらく無言で機を織る女を見つめていた。
しっかりと目があったのを確認した女はその手を止め床にゆっくりと近づいてきた。
「お前、人か?」
そう言って怪訝そうな顔をする。
すべて金色だが、微妙な濃淡で白目と瞳の区別がつく。 その顔だちはやや平面な東洋人だ。
着ているものは金色であるのを除けば、歴史の教科書で見たようなたぶん奈良時代くらいの女性の服装に見えた。
頭の頭頂部で結いあげられた髪に、かんざしのようなものが差されているが、それも金色だった。
そして思いだした、浦島太郎の乙姫がこんな恰好だったかもしれない。
「我はアメノウズメノミコト、そう呼ばれている」
優花でも知っている日本神話の女神を名乗る女はそう言って優花を本殿の中に招いた。
「なぜ、人かと聞いたの?」
女は笑って答えた。
「普通の人は、虚空から境内に現れたりはしない」
「私は人に見えない?」
「よく見なければ」
そう言って再び機織り機の椅子に腰かける。
たぶん、この機織り機もこの女も人間には見えないのだ。
「お前、誰だ?」
アメノウズメノミコトは日本神話で聞いた名前だ。ここが神社であることを考えれば、いわゆる八百万の神の一柱ということだろうか。
「木下優花」
優花は自分の姓名を名乗った。怪訝そうにそれを見ていたアメノウズメノミコトは機織りの前の床を指差した。
「まあ、そこに座れ」
ペタンと優花はその指差された場所に座り込んだ。
「あたし、自分が人間だと思ってたの」
訥々と優花はそう語り出した。
いきなり妙な世界に連れ出されたこと、辛くもそこから脱出した後、妙なたぶん人ではない男につきまとわれたり、妙な力がついたことなどを思い出せる限り。
アメノウズメノミコトは黙ってそれを聞いていた。
「珍しいね、お前」
一通り話を聞いていた彼女の言葉は妙に心に響いた。
一話の予定でしたが二話に分けます




