おい一寸待て
ゆかりは目を開くと。誰かに首を絞められている。
「恥さらし」
そう言って自分を責めた母親。
そして体に受けた衝撃、あれは父に殴る蹴るの暴行を受けた時だ。父は決して認めないけれど、あれは流産を狙ってやったのかもしれない。
でなければ、妊娠初期の妊婦を壁にたたきつけるほどの勢いで蹴とばすはずがない。
何度も何度も打ち据える。もし自分が死んだらどうするのかと、実際には止めた母親はいっこうに止める気配もない。
どさりと寝台から転げ落ちる。実際に蹴り落とされたような気がした。
目を覚ませば、寝台で寝こけている夫。
自分がうなされていることも寝台から落ちたことにも気がつかないんだろうなと思いつつもう一度寝なおす。
今度こそ悪夢など見ないように。
願いむなしく生あった買い物にからみつかれるような悪夢を繰り返し見て、ゆかりはどんよりとした目覚めを迎えた。
どれほど眠りが浅くても、むしろ眠らないほうがましなくらい疲れ果てていても、朝食の準備をしなくてはならない。
太平楽名鼾に殺意を覚えながらも、ゆかりはのろのろと起き出してまずお湯を沸かす。
しゅんしゅんと湧くお湯の気配に、いつもと同じ日常の気配を感じてゆかりは息をはいた。
最初に沸いたお湯でお茶を入れる。
ささやかなぜいたくだ。
不意に襲ってきた圧力にその場で茶碗を取り落とす。
胸部が圧迫されるように息ができなくなる。
「どうしたの、母さん」
優花が台所を怪訝そうにのぞきこんでいた。
「なんでもないわ、ちょっと眩暈がしたのよ」
我に返ると、床に落ちた茶碗の欠片が目に入った。
大床の隅に片付けてあった掃除道具を取りに行った。
優花は母親の後ろ姿を見送りつつ、虚空に手を突っ込んだ。
はたから見れば優花の右腕だけが消滅したように見えただろう。
そのままずるずると引きずり出した。
「何してんの、お前」
優花は沙依を見下ろした。
昨日まではなかった新しい空間の歪みを見つけ、そこからなんとなく知っている気配を感じたのだ。
そのまま引きずり出してみた。
沙依は何が何だかwからないのかきょときょとと周りを見ている。
「お前、何をしていたのかな」
腕を組んで仁王立ちして沙依を見下ろす。
「ええっと、だってあの二人気に食わなかったんでしょう」
沙依はあっけらかんとそう言ってのけた。




