というか、なんでお互いに気づいてないの?
真一郎はゆっくりと目を開けた。
すると今は亡き両親の姿が見える。両親はゆっくりと真一郎に覆いかぶさってきた。
「お前は」
その声はかつて聞いた声よりも若干低く聞こえた。
父の丸々とした指が胸に置かれる。福々しい顔は無表情だ。
「お前は立派な人間にならにゃあ」
父とは対照的にやせ細った母も復唱する。
「そうだ、人から尊敬される立派な人間にならにゃな」
何度も何度も繰り返される言葉。それは子供のころから言い聞かされた言葉だった。
無表情の両親は寝ている胸に圧力をかけてきた。
「お前は立派な人間か」
「お前は立派な人間か」
「お前は立派な人間か」
「お前は立派な人間か」
「お前は立派な人間か」
「お前は立派な人間か」
「お前は立派な人間か」
繰り返されるたびに圧力は強まり呼吸を阻害していく。
いつの間にか両親の顔は消えさり、闇がそこにあった。
そして胸だけでなく全身が圧迫される。
唐突にまぶしい光が眼を射た。
「どうかしたの?」
不思議そうな顔をした妻ゆかりが明かりのスイッチに手を置いて立っていた。
「うめき声が聞こえたから、発作でも起こしたのかと」
その視線はパジャマを押し上げる腹部に向けられている。
「いや、夢見が悪かっただけだ」
決まり悪げに眼をそらし、再び枕に頭を乗せる。
無表情に妻のゆかりは寝台に戻った。
しかし一晩かけて悪夢を見続け、翌朝の目覚めは最悪だった。
洗面台の鏡に映る顔はたった一晩で十年分は老けこんでいる。
「淀んでる」
思わずといったふうに出た声に振り返れば血のつながらない娘が珍妙な生き物を見るような眼で自分を見ている。
優花はいつも通り、感情のよめない目で、自分を一度だけ見返すと、食卓につき、もそもそと食事を終えると、さっさと学校へ行くとおざなりな挨拶だけ残して、出ていく。
妻もさっさと食事覆えると、すでに食べ終えた、自分と娘の分の皿を片づける。
「そう言えば何だったんだ」
優花はすでに通学路と化した、い世界の挟間を通りながら今朝のことを思い出していた。
両親ともになんかやつれている。そのうえ周囲の光も色が変わってどす黒い感じになっている。
ここ数カ月を思い出してもこんなことはなかったはずだが。
「ねえ、沙依光の色が変わるってあり?」
光と言えばすぐにわかるはずだ。
「ああ、寿命が尽きるか、つきそうになった時にそんな風になるらしいですよ」
沙依はほけほけ笑って言う。
その能天気な笑顔を思わずはたいてしまった。
「何縁起でもないこと言っているの」
早々死ぬようなこと、そう思っていたが、翌日二人の様子はさらに悪化していた。
「確かにこれ、死相かも」
思わずもれてしまうほど悪化していたのだ。
 




