別に食欲は覚えていない
ゆかりは小さくため息をついた。
体調が悪いからと言っていたのが嘘だとうすうす感づいていた。
しかしそのことに突っ込んで話をする気にはなれなかった。優花と話したくなかったのだ。
若すぎた恋。もし子供ができなければそれで終わっていた。そう、若い男女にはありふれた結末。
しかし優花というくさびが生まれてしまった
あの男はいい、逃げられたのだから。
今では顔も覚えていない相手を恨んでもせんないが。
優花は父親似というわけではないがあちらの血筋が色濃い。
あの家系でよく生まれる顔なのだ。実父の姉の娘とは姉妹のように似ていた。
あのとき、優花を養女にという話に乗っていたら今頃はどうしていただろうか。
あの優花そっくりな少女と二人並べば誰もが姉妹にしか見えない。
そして自分は一人になって。
少なくても、あの時は優花と離れがたく思っていたのだ。
あの小さな子供は愛くるしく手を放せば壊れてしまいそうにか細かった。
ふと先日のニュースで殺人を犯してしまった少女のことを思い出した。これからあの少女の人生は変わるだろう。
やったことは真逆でももう少し年齢を重ねていたら思いとどまることができたかもしれないことは同じ。それで人生が思わぬ形になってしまったのも。
家を振り返る。ここにしかいることができない。
優花はその日、不貞寝で、一日を過ごし、夕飯もおにぎりだけもらって終わった。
翌日、優花は思案した。
「このままひきこもるわけにはいかない。だから学校に行かなければならないんだけど」
優花が目覚めてしまった力、周囲の光に触れると人の心が読めてしまうという力をあまり多用したくない。授業を受ける場合、机がぎりぎり離れているので、支障はないが。
しかし、通学途中で人と接触せざるを得ない。
通学をショートカット。
それが優花の思いついたことだった。
昨日はららに促されたように次元と次元の隙間を抜けて近道をする。できるかどうかわからないがやってみる価値はあると思った。
心の奥底で、この異常事態を便利に使っている場合かという声も聞こえたが会えて封印する。
この異常事態さえ解決すれば必要もないことだからと自分をごまかす。
優花は道を歩きながら歪みを見つける。
その向こう側を見透かす。これは使えない次はどれだと探す。
木の表面の歪み。それを見れば、校舎から通り一つはさんだ場所が見えた。
「よし」
意を決して優花は歪みに手を伸ばす。
まるで雲の上のような場所に出た。まるでトランポリンを踏んでいるように歩きづらい。優花は方向を見定めつつ慎重に歩んでいく。
ふいに人影が現れた。
肩で広がる今どき珍しいおかっぱ頭に見覚えがある。確か隣のクラスの、いるのかいないのかわからない影の薄い女生徒だ。
「もしかして迷い込んでしまったのかな」
優花はそう思ってとっさにその腕をつかんだ。
迷い込んだなら保護しないとそう思ったからだ。
振り返ると、影の薄い印象のない顔に恐怖の色をありありと浮かべて彼女は叫んだ。
「お願いですから食べないでください」
優花はその場で思考停止する。
相手は相も変わらずがたがたと震えて食べないでお願いと哀願している。
優花はこの通学方法をとったことを心から後悔した。
 




