どこかに行きたいと思っていたけど、こんな形で望んでなかった
最初、挟魔<HAZAMA> 続編として入れていましたが、独立させます。
最初の挟魔<HAZAMA> は青金を付け足す形でタイトル変更します
他人の中で生きていた。優花はそう思う。
家族、一応かなり近い血のつながりがあるはずなのにそう考えてしまうのは、若すぎる恋の結晶だったからだろうか。
優花は一人で、その場所に来ていた。元公園だった空き地に。
かつて遊具があった場所は掘り返されたり、遊具の残骸が隅に転がっている。
住宅に挟まれた誰も来ない場所。
優花は確かに、きちんと覚えているはずの道順をたどったはずなのだ。
優花はプルプルと頭を振る。切りっぱなしの髪が軽く揺れた。
今まで帰宅途中でこんな場所に来たことはなかった。
周囲は霧に覆われていたが、まだらに木の生えた林のような場所。足元はふかふかの苔。
ふいに桃の花の匂いがした。
ミルクのような霧が立ち込めて視界をふさいでいる。優花の踏んでいるのは苔むした大地。
鳥の鳴く声が聞こえた。
ここは朝なのか夕方なのかわから名生ぬるい空気の中、優花は桃の花の匂いをたどって足を進めた。
空気は冷たくもなければ暖かくもない。風は吹いているのだろうか。
苔は踏み荒らされた形跡はない。イネ科に似た草が生えているが、それも踏みしだかれた形跡はない。
人の痕跡は皆無だ。
ふと振り返る。そして優花は目を見張る。
苔を踏みしめたスニーカーの足跡、それはある場所から唐突に表れていた。
やわらかい苔だ、踏むたびに身体が沈む感覚がある。だから足跡を残さずに歩くことは不可能なはずだ。
「落ちた、はずないわよね」
どこかから落下したならば、足跡はもっと深くめり込むはずだ。最初から最後まで足跡の深さは一定だ。
あの公園の廃墟は一歩出れば商店街だったはずだ。近所にこんな場所があるとは聞いたこともない。
しばらく後ろを振り返った状態で優花は固まっていたが、肩が凝ったので向き直った。
桃の花の匂い、桃があれば食べられるし、桃じゃなくても、基本的にバラ科の植物には毒はない。
足跡という目印がある、だからあちらの様子をうかがってからまたこちらに戻ることは簡単。そう自分に言い聞かせて優花は再び歩き出した。
少しずつ強くなっていく匂い。ミルク色の霧の中、柔らかな紅色が見えた。
「桃の木かな?」
優花は足を速めた。
優花はその木の場所にたどり着いてようやく全体の地形を把握できた。
すり鉢状にくぼんだ土地、その周囲をぐるりと桃の木が囲んでいる。
そして、その周囲は深い深い森。
確実に近所にこんな場所はなかった。
すり鉢状にくぼんだ場所の底に数軒の家が建っている。
優花はしばらく考え込んだ。
家があるということは、人がいるということだ。しかし、人がいるイコール安全だろうか?
水と安全はただ、そんな言葉は死語になって久しい日本だ。そしてここが日本である可能性はかなり低い。
高々十分歩いたぐらいで半径百キロ以内に存在しない地形の場所に来たのだ、国から飛び出していても驚かない。
優花はその場にしゃがみこんで、身体を隠すようにした状態ですり鉢の底の家を観察していた。
やばそうなのがあらわれたらすぐに逃げられるように。